『僕×白紐帯の木乃伊』 7
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包帯少女はさっきと同じようにベンチに座って俺を待っていた。時間的にはもう五時間目が始まっている。
……しかしよくよく考えれば、覆面ライダーと言い、包帯少女と言い、何で授業中に出歩いているのだろう? いや、出歩けるのであろうか?
授業中に出歩く人間は限られている。この学校にはおよそ不良と呼べるような人間はいないので、授業をドロップアウトする可能性があるのは、授業を受ける必要のない生徒、授業を受けなくても平気な生徒、あとは俺を含めた例外の生徒。
例外はとっても数が限られているから、あと二択。しかし実は授業を受ける必要のない生徒っていうのはこの学校には間城崎しかいないのだ。
ということは、残される可能性はただ一つ――とっても、頭の出来が良い人たち、ということになってしまう。
なんと言うことだろうか、こんな結果が信じられるだろうか、こんな不条理がまかり通っていいのだろうか。
とりあえず、俺は包帯少女の頭をはたいた。
「……痛いです」
叩かれたところをさすりながら嬉しそうに彼女は言った。
「誰が嬉しそうな顔をしているのでしょうか」
「包帯で見えないから、俺なりに推測してみたんだ」
「自分勝手な妄想を私に押し付けないでください」
ぷい、と包帯少女はそっぽを向いてしまった、客観的には。だからそのそっぽを向いたところに俺がいるのは別に俺が悪いわけじゃない。
「なぁ、ちょっと話、聞いてくれるか?」
さっそく問題に取り掛かろうと、俺は包帯少女の横に座った。前に比べると少しは和らいだと言っても、わずかに身構えられるのは……やっぱりちょっとショックだった。
「俺、お前の目のこと、あれから自分なりにいろいろ考えてみたんだ。調べられることは調べたし。たぶん俺が出来得る精一杯をしたと思ってる」
「……そうだったんですか」
俺のいつにもなく真剣な態度が伝わったのだろう、(たぶん)神妙な面持ちで話を聞く包帯少女。俺も今更これから言うことに対して若干の緊張をしている。本心を言ってしまうと、迷いすらある。
果たしてこれを彼女に伝えるべきなのか?
この事実を知って彼女は自分を保つことが出来るのか?
しかしここまで来て伝えないという選択はもうないだろう。もう無関係じゃないんだ。俺はもう、知ってしまったんだから。
気を引き締めた。俺がこんなんじゃいけない。しっかりしろ。
大きく息を吸って、吐いた。
「これから言うことを、落ち着いて聞いてほしい。たぶんお前には衝撃的な話だろうが、心の準備は大丈夫か」
「……ちょっと待ってください」
そう言うと包帯少女は立ち上がり全身を使って大きく三回深呼吸をして「よし」と小さな声で呟いた。
「……お願いします」
と、包帯少女は椅子に座りなおり、丁度俺がいる位置と真逆に向かって言った。
俺は特に突っ込む必要もないかと思ったので、そのまま言うことにした。
「……お前のその目、実は――魔眼、なんだ」
「…………………………………………………」
包帯少女は何も言えなくなってしまった。そりゃそうだろう。まさか自分の目がそんなファンタジーになっていると誰が思うだろうか。俺だって信じたくない。しかし現実は現実、受け止められるられないに関わらず、俺たちの意思など気にもせず、そこに存在しているのだ。
だがしかし、できることならそれが嘘だと思いたい。誰かにそうだと言ってほしい。
そう思って何が悪い?
そんな彼女を誰が責められる?
誰にもそんなことできないんだ!
なら、俺は、俺には彼女とともにその現実に直面するしかないじゃないか!
彼女を支えてあげられるのは俺だけなんだ!
……なんて、俺はちょっと漫画の主人公気分を味わってみた。これは何気に気持ちが良いもんだ。
俺が自分の行為に悦に浸っていると、突然彼女が立ち上がった。俺に背を向けたまま数歩前に歩いた。
そして立ち止まった。
振り返って言い放った。
「アホですか」
曖昧ではなく、疑問ではなく、断言。俺がアホであることを一切疑っていない口調で言い放った。俺はそんなこと言ってしまう彼女の心情を察し、努めて優しく声をかけた。
「分かる、いや、分かってあげたい。俺だって自分がそんなことになったら自暴自棄にもなってしまうさ。でも、でもな、それでもお前はその事実を受け止めるしかないんだ。拒否することなんてできないんだ。そんなの……あまりにも切なすぎるじゃないか」
俺は、まだ余韻に浸っていたのだ。
「アホですか」
もう一度、同じ声の大きさ、同じ抑揚、同じテンポで言い放った。
「アホですか」
「……おいおい、さすがに言い過ぎだろう。一体何だ? 何が気にくわないんだ?」
すると包帯少女は確固たる足取りで俺の方へと歩いてくると、俺の頭を――斜め四十五度から叩いた。
「あいてっ!? いきなり何するんだよー」
「いや……叩けば治るかと思って」
家電か。
「そんなの団塊世代の幻想だ。ぶち壊してやりたいところだが残念それは管轄外だ」
「どう言う妄想ですか?」
「……気にしないで」
「それでは、あなたアホですね」
「まだ言い足りないか! しかも今度はとうとう断定しやがった!」
「では違うと?」
と、絶対に自分が言っていることは間違っていないと言わんばかりの顔でこちらを見ている、たぶん。
「……ちが、う」
「メチャメチャ言い淀んでいるではありませんか。――第一、そんなこと本気で信じているんですか?」
「そんなことって?」
俺は聞き返した。
すると包帯少女はそれを言うのが恥ずかしいみたいで、言いにくそうに唇をきゅっ、と噛んでから、小さい声で言った。
「……魔眼、ですよ」
「はっ、まさか。何? 魔眼? 冗談に決まってるだろ。おたく一体何歳だよ?」
「なぁ!?」
「それをまじめに受け取りやがって……ノリが悪いぞ?」
「……やりたい放題ですね」
「おいおいなんて発言しているんだお前は……やっぱりスケベだな。そのほっぺの柔らかさは伊達じゃないってことか、この変態包帯め」
「そういうノリは中学校で卒業してください」
「……お前はいろいろなものを中学校に置いてきているんだな」
「それはもちろんです。だって私は高校生ですから」
胸を張ってそんなことを言う彼女。高校生と中学生の違いなんてそんなにありゃしないのに。そりゃ俺だって中学生の時は「高校生って大人だな~」と思ったこともあったよ。でも実際俺自身が高校生になっても、ちっとも大人になった気なんてしない。今でもまだ中学生の延長線上にいるような気さえする。
「そうだな、中学生と違って高校生はレンタルビデオ店の文字通り一線を越えて、選ばれた人間しか踏み込むことのできない領域に入れるようなになるもんな」
「まだ入れませんし、入りたくもありません。と言うかあなたは女性に向かってそういう発言をすることに抵抗はないのですか?」
「そりゃまぁ、全く知らない相手にこんなことを話したりはしないさ。……俺はちゃんと相手を選んでるんだ」
「え?」
俺の言葉に、包帯少女が何やら期待を込めた熱い視線を包帯の向こう側から向けているような気がした。
「俺がこんな話をするのは、お前だからだよ」
「……それって……」
「ちゃんと、お前なら良いと思ったから、こんな話をしてるんだ」
「……なら、別に……良いです」
「でもお前がそこまで嫌そうなら、俺もおこんな話は自重しないといけないな」
「あ、いや、別に嫌ってわけじゃ……」
「お? お前もやっぱり好きなの?」
「まぁ、多少は……」
「かっかっか~やっぱりスケベじゃねーか。やーい変態包帯少女~」
「な……お、乙女の純情なめんなっ!」
「ごっ――」
彼女は腰を落とし、しっかりと体重を乗せ的確に俺の心臓を右のこぶしで打ち抜いた。その瞬間俺はあらゆる動きを、それこそ呼吸までも封じられた。
「これは兄が、もしもの時のためにと教えてくれました、昨日。あと親指を目にさすパンチも」
と言って、握りこぶしから親指だけを立てる。
「……それはつまり、俺が君に手を出すと、そう思われていたということで間違いないね?」
「はい、おそらく」
もう……泣いてもいいですか? 助けを求める相手用の護身術を伝授するこの理不尽に。
「よし、分かった、もういい、もういいよ、こんなことさっさと終わらせよ、ね、その方がうれしいでしょ、お互いに、な、俺もういやだよなんなんだよお前ら兄妹怖すぎるよ」
「私にとってはあなたが何よりも怖いです」
「もういい、さっさと終わらせよう。早期解決イコール即刻解放。さ、はい、どうぞ!」
手をパチン、と叩いて彼女に向けた。
「……は?」
「『……は?』じゃない。問題の解決にはまず、その問題を知らなきゃどうしようもないだろうが。で、何を隠してるの? 隠してたんじゃ始まらないよ、包み隠さずはいどうぞ!」
「…………」
包帯少女のかたくなる。防御力が上がった。俺のモチベーションがガクッと下がった。
「はいはい、黙っていちゃ始まんないよ。俺に言ってないことあるでしょ。ほら言ってみなさい。ほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらぁ」
俺は俺なりにその閉ざされた扉を紳士的に開こうとした。まぁ、早く終わらせたいがために若干の強引さがあったかもしれないけれど。
少し間をおいて、彼女は言った。
「……実は私、あなたに一目惚れしたみたいなんです」
「はいはい御馳走様。で、他には?」
おざなりな対応にカチンと来たのか、グーで殴られた。忘れず親指を目の中に突っ込んできた。えぐい。
しかしこんなことで俺は怒ったりしないさ。それこそ事態を無意味に引き延ばす結果になってしまう。寛容さとは大人の必需品さ。
それからしばらく間をおいて、彼女は言った。
「……実は私――いや、私の目は、ここにはないんです」