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『僕×白紐帯の木乃伊』 3

     ●

 

 「…………」

 「…………」

 お互い、無言のまま目を見つめ合った。それは別にこれから始まるロマンチックシーンへの布石かと聞かれれば、そんなものでは全くない。ただ単純に、俺は驚いて、そして彼女も驚いていただけだった。

 見たことを。

 見られてしまったことを。

 「……あああああっ!」

 その時になってようやく、彼女は自分が見ていることを、自分が見られていることを脳で理解したみたいだった。

 あわてて包帯を元に戻して、またはじかれたように立ち上がり、そしてまた走った。

 俺はというと、正直な話、びっくりして動けなかった。

 あまりに見慣れていない光景は、本人がいなくなっても俺の目の前からずいぶん長い間消えることはなかった。やっと我に返って、彼女が走り去った方向を見た時には、誰もいなくなっていた。今度は転ばなかったみたいだ。

 その場には、俺と彼女の片方だけの靴が残されている。

 「なんと言うか……なんと言えばいいのか……なんとも言えんな」

 自分でもよく分からないことを口走っていると分かっているけど、とりあえず言ってみた。

 彼女の靴を使い彼女を探し出すという案も一応浮かんだには浮かんだけど、あの童話のちょっと残酷なシーンを思い出したらそんな気にもなれなくなって、結局分かりやすそうなところに置いておくことにした。そのうち自分で取りに来るだろう。それにもしかしたら俺にはもう会いたくないかもしれないし。

 しかし、あの包帯……包帯だからてっきり何か怪我でもしたのかと勝手に思っていたけど、そうではなかったみたいだ。

 見えなくなることを承知で、見られなくするためのもの。人にそれを見せたくないがために、包帯を巻いた。

 あれは彼女にとって、守るための、拒絶するためのものだった。

 「こりゃ確かに、覆面ライダーの対象だな」

 俺が想像していたよりも若干重そうな問題に首を突っ込ませた張本人は今もどこかで親切を働いているのだろうか。今度会ったら無条件で後ろから蹴り飛ばしてくれよう。

 「……やれやれ」

 色々考えたって今のままじゃなんにも分からない。とりあえず、今できることから始めよう。

 俺はさっき洗濯と乾燥の終了を知らせる電子音が鳴っていた洗濯機から誰かさんのパジャマを取り出して、校舎へと戻った。

 

 「おーい、持ってきたぞー」

 俺が保健室のドアを開けると、篠守先生がこっちに振り返って右手の指を口元に持って行って「しー」と制止をした。それで今の状況は簡単に説明できる。

 俺は声を潜めて先生に聞いた。

 「寝たんですか?」

 「ついさっきにね。なんだかだいぶ怒ってたわよ~」

 先生は何か含みのある言い方と笑い方をしている。

 「こいつに洗いに行かされたってのに、こいつに怒られてたんじゃ理不尽極まってますね」

 「女の子はそういうものなのよ」

 「ってことは先生もですか?」

 「あら? それは先生を女の子扱いしてくれているのかしら?」

 屈託ない笑顔だった。

 「あれ、嫌でしたか?」

 「どうかしら、どちらかというと大人の女性として扱ってもらった方がうれしいかな」

 「そうするにはちょっと幼すぎますよ」

 「あら? どこが」

 地雷がドーン。笑顔のまま先生の顔が固まった。最後の「どこが」の後には明らかに疑問符がついていなかった。つまり聞いてはいないのだ、求めてはいないのだ、もう遅いということなのだ。

 「……言っていいんですか?」

 しかし俺ももう後には引けない、ならば進むまで。

 「言うのは構わないわ、誰にだって発言の権利はある。ただその後の事までは誰も擁護してくれないわよ。例えば発言の後、突然あなたの首に注射針がたまたま刺さってしまう、とかね」

 と、先生はどこからか取り出した透明無色の液体入りの注射針をジャグリングの如く放り投げては受け止め、放り投げては受け止めている。蛍光灯の光を反射するその針は、年々細くなっていく現代医療では考えられないくらい太い。あれで刺されたらさぞ痛かろう。

 「……とても勉強になりました」

 「いえいえ、どういたしまして」

 何が恐ろしいかと聞かれれば、もちろん今の会話の内容であることは間違いないけれど、この会話の間の先生は一度もその笑顔を崩さなかった。いやいや、先生の笑顔はとてもチャーミングだ、とても二十代後半とは思えないくらいに。先生はどちらかと聞かれるまでもなく童顔だ。幼すぎるその顔は見ようによっては中学生に見えなくもない。事情を知らない人なら間城崎の方が年上と言われてもうなずけてしまうかもしれない。だから笑顔は怖くない、うん、怖くないよ……うん、この件についてはもう考えるのはやめておこう。先生にはいつまでも俺をお気に入りと言ってくれる先生でいてほしいし、俺もお気に入りのままでいたいから。

 「じゃあこれ、先生から渡しておいてもらえますか?」

 「それは構わないけど、良いの?」

 「良いも何も、それを洗ってこいとしか言われていませんよ、僕は。そのあとをどうするかは僕の意思次第です」

 「ふーん、ま、あなたがそういうなら、私は別にかまわないのだけれど」

 先生はパジャマを受け取ると、あいつのテリトリーに持って行ってハンガーにかけた。それを見届け、俺は保健室を後にした。

 「さて……そろそろ一時間目も後半戦に差し掛かっていることだろうか。そろそろ出席しておくとするかなあ~」

 目一杯背伸びをして、あくびが出た。眠い、どうにも寝た気がしない、頭もボーっとする、原因ははっきりしているけれど、どうしようもない。今すぐに猫型ロボットが現れてるならもちろん話は変わるが、こまでこの世界はファンタジーではないことは重々承知していますとも。でも念のためうちの引き出しには何もいれていない。準備だけなら万端だ。

 廊下の途中、ふと掲示板に目が留まる。新聞部の記事だ。右上には大きく「号外」の文字、その下の見出しは赤く角ばった太い文字で、これでもかと言う位でかでかと書かれていた。

 『白紐帯の木乃伊の恐怖ふたたび!?』

 どうやら今日掲示されたものらしい。読んでみると、どうやら四月上旬からぱったり目撃情報が無かったのが、昨日になってまた目撃されたらしい。しかも何人もその姿を見ているとか。ここにはその証言も載っている。

 『集まった証言によると、どうやら木乃伊は現在女子学生の姿をしており、背丈はおそらく一年生女子の平均、髪は胸のあたりまで、前髪も目をすっぽりと覆い隠す程であり、なによりその前髪の奥は、なんと、白い包帯によってぐるぐる巻きにされているとのことだ。にもかかわらずだ、その木乃伊は確固たる足取りで歩き、人によっては走っている姿さえ目撃しているとのことだ。もしかすると、現在の体は四月以降、依然原因不明のまま学校に現れないあの少女のものなのではないだろうか。そして、今回の出現は、その体にガタがきたことでまた新たな憑代を探すため。そうは考えられないだろうか……』云々。

 などなど、それはそれは面白おかしく書きつづられている。別に批判する気なんてないけれども、これじゃあまるでどこぞのやっすいゴシップ記事ではないか。ご丁寧にピンボケした写真まで掲載されている。こんな写真からでは到底これが木乃伊だとは言えまい。髪が長い人体模型がランニングしているところかもしれないだろうが。そもそもそんな元気に走り回るようじゃあ木乃伊としてまだ完成しちゃいないだろうて……

 「……おやぁ?」

 通り過ぎようとした足を止め、もう一度掲示板、新聞部の記事を見る。さっき読んでいた文字列を追い、引っかかったキーワードで目を留める。

 ここだ。

 『――なによりその前髪の奥は、なんと、白い包帯によってぐるぐる巻きにされているとのことだ――』

 「……おやぁ?」

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