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『僕×白紐帯の木乃伊』 12

     ●

 

 翌日、いつも通り立花にたたき起こされた俺は、廊下で待ち受ける風深の目を巧みに掻い潜り保健室へと向かう……かと思いきや、すっと窓から差し込み優しく包み込む陽光に心惹かれるまま勝手に足が進み、気が付くと中庭のベンチの前に立っていた。

 大変なことに、もうそろそろ一時間目の授業が始まってしまう。こんなところで油を売っていては、大好きな授業に遅れてしまう……と頭では考えているはずなのに、身体は既にベンチに横たわっているこの状況はこれいかに。何か、俺の意志に関わらずこのベンチに横にならざるを得ない不思議な力が働いているとしか考えられない。その力にまんまと魅せられてしまった俺は、こうして為す術べなくされるがままになるしかないのだ。

 しかるに、これは不可抗力である。

 あぁ残念だ。こんなに勉強したいと言う情熱を抱いている日に限って、俺はなんてかわいそうな奴なのだろう。あとどれほど挫折を味わえば、救われる日がやって来ると言うのだ。

 だ……ダメだ、不思議な力によって今度はまぶたが閉じられようとしている。

 仕方がない……仕方がないんだ……

 「……………………………………………………………………………………おっふ」

 おいおい。

 薄目を開けると、暖かな陽光を遮る黒いシルエットが見えた。なんだか覚えのある状況ではあるが、細かなところで違いがある。そのなかでも特別何が違うって、今回はサンドウィッチを持っていないところだろう。あ、あと、包帯が顔ではなく首に巻かれているところか。

 「イエス、アイアムベンチ」

 俺は再び目を閉じた。

 「それはどう言う妄想ですか?」

 「……気にしないでくれ」

 「そうですか。先輩が言うならそうします。私は意外と旦那を立てるお嫁さんになれるかもしれませんね」

 「いやいやだから何の話だよ」

 「私と先輩の二年後の話しです」

 「具体的かつ近未来!?」

 「未来で待ってます」

 「行かないよ? 俺別に走っていかないよ?」

 「なるほど、先輩は追いかけられたい派ですか。かしこまりました。アイルビーバック」

 「殺しに来ちゃうのかよ!?」

 「アイルビーライトヒア」

 「ああ……胸が痛い……」

 「はぁ? 全く……おふざけが過ぎますよ、先輩」

 顔はそのまま、目だけを俺のいる下に向けることで、俺はかなり効果的な劣等感を感じさせられた。

 「どっちがだ! ……とにかく、さっさとそこから降りろ」

 「どうしてですか?」

 まるで言っていることの意味が分からない――そう言いたげな無表情だった。

 「そこが俺のお腹の上だからだ」

 「ついさっき『自分はベンチだ』と言ったばかりじゃないですか」

 「ちゃっかり気にしてんじゃねぇか! いいからさっさと降りろ!」

 「嫌です!」

 「何でそこだけ今までになく強情!?」

 「ベンチに座ろうがベンチに抱きつこうがベンチにちゅーしようが私の勝手です!」

 「後ろの二つはおかしいだろ!」

 それから強引に抱き着いて来ようとする北颪をどうにか抑え込み、二人並んで座る。

 「ちょっと、久しぶりの、学校なもので、やや、ふう……羽目を外しすぎました」

 「それってつまり、ベンチに平気で抱き付いてちゅーしちゃうのがお前の本性だってこと?」

 「はい?」

 「つまりそういうことでしょ? 羽目を外したって」

 「…………」

 「……流石にそれはどうかと――」

 「いやん、先輩ったら、妄言もほどほどにしないと人格破綻するまで全力でしばき倒しますよ?」

 「誤魔化す為の被害が無慈悲すぎる!」

 「ふう、いやあ、それにしても暑いですね……」

 「誤魔化す為の手段が無理やりすぎる……」

 なんて言う俺を無視して、手でパタパタと顔を扇いでいる。その顔――しばらく日に浴びていないようなちょっと病的な白い顔には、灰色の光が宿っている。大抵曖昧さを表現する色だと言うのに、それはとても明瞭で、決してくすんでいない、透明感のある灰色だった。そこでふと違和感を覚えたが、すぐにその正体に気が付いた。やたら目がよく見えると思ったら、どうやら髪の毛を切ったみたいなのだ。

 そんな俺の視線に気が付いたようで、無表情のままちょっと照れ隠しのように自分の前髪を触る。それが思いのほか可愛かったので、それ以上可愛くならないように、それ以上可愛くなって俺が照れてしまわないように、俺はあえて髪の事には触れなかった。

 「……久しぶりの学校って、昨日も来てただろうが」

 「来てはいました。ですが、こうしてちゃんと生徒として教室に入ったり、友達と……」

 そこまで言って、北颪の動きが急に止まった。

 「……どうした?」

 北颪はまるで、解決したと思っていた事件の真犯人たどり着いてしまった喜劇の名探偵役のような顔をして、言った。

 「友達が……いません」

 「え? ああ、そうか。入学してすぐ引きこもってたんだもんな。そりゃいないわな。はっはっは~」

 ――と、俺なりに茶化してみたわけだが、どうやら思いのほか深刻な悩みらしく、あと一歩前に踏み出したなら絶望という奈落まで真っ逆さまな崖に佇んでいるような無表情をしている。

 「おいおい、そんな悲観するなよ。……望みはある」

 「……望み?」

 「そうだ。お前は知らなかったのかもしれないけどな、お前が包帯を巻いた姿でこの学校を徘徊していたことでお前はいつしか学校の怪談四段目、『白紐帯の木乃伊』と呼ばれていたんだ」

 「まぁ、兄からある程度は聞いてはいましたけど……それが何か?」

 「まぁ聞け。でな、その『白紐帯の木乃伊』にまつわるエピソードに、入学してすぐ突如として姿を消してしまった女子生徒ってのが出てくるんだ。皆はその女子生徒はそのミイラに連れて行かれたと思っている。……実を言うと、それはお前のことだ」

 俺が聞いた話では、だが。恐らく広く伝播している話と相違ないはずだ。

 「はぁ……はぁ?」

 北颪はいまいち理解できなかったようで、曖昧な返事をした。

 「だから、お前なんだよ。その女子生徒ってのは」

 「意味が分かりません」

 「そのまんまだよ。で、何が言いたいかっていうとな、お前自身の知らない所で、お前の知名度ってのは案外高まっていたわけだ。つまり、皆お前のことを知ってくれている。そして今日、まさかその連れて行かれたと思っていた女子生徒が普通に登校してくるわけだ。皆驚くだろ? そして皆聞きたがるはずだ。『どうやって木乃伊から逃げてきたの?』と。そこでお前は一言いえばいい。『よく、覚えてないの』とな。これで皆と一気に打ち解ける事請負だぜ」

 何と言っても学校の怪談に振り回される俺たちだ。ちょうどいいくらいの演出だろう。

 「……なんだか、これから教室に向かうことがとても億劫になってきました」

 「まぁ騒がれるなんて最初だけだろ。しばらくの我慢だが、今までよりはいいだろう?」

 「……それも、そうですね」

 そう言うと、北颪は落胆からかすかな喜びを携えた無表情になった。

 「あと、先輩である俺から言えることは、焦ることなくしっかり相手と呼吸を合わせる事を念頭に置く、だな。お前は少し自分のペースを自重すべきだ」

 「私が他を顧みないと? はて、そうでしょうか? 兄とは平行線という前提のもとこれ以上ないほどしっかり呼吸が合っているのですが」

 「それが冗談でないなら、お前はこのまま家に直帰するべきだ。まだ荷が重すぎる」

 「もちろん冗談です。私にだって、自分が自己中心的思考で常時妄想現実混在傾向がある社会適応能力欠落者の汚された包帯美少女だと言うことくらい自覚しています」

 「誰もそこまで言ってないだろ……」

 「……え~ん」

 「自分で言って泣くなよな!」

 その時一時間目の予冷が鳴った。それと同時に北颪の体に力が入ったように見えた。

 「……そろそろ行かないといけませんね」

 「そうだな~むしろ、お前はもっと早く行って慣れておくべきだったと思うけどな――って、そう言えばお前なんでここにいるんだ?」

 「それは……」

 北颪は組んだ指をせわしなく動かしている。

 おやおや? これはもしかすると……もしかしちゃうのかな?

 「……もしかして、教室に行くの、びびってんのか?」

 それは図星だったようで、彼女の体がビクッと反応した後、指のせわしなさが増し、反論する声も上ずっていた。

 「はぁ? え? 何それ? 全然びびびってなんかないんだからね」

 「何で電波受信状況を説明してんだよ。つーか無表情でツンデレされてもただ怒ってるようにしか見えねぇよ……全く、そうならそうと素直に言えば――」

 すると北颪は急にぐっと顔を近づけてきた。

 「はい正直びびってます」

 「……え?」

 平淡な語気の割に目が輝いている。

 「はい正直びびってます」

 「あ……はい」

 「それで、何をしてくれるんですか?」

 北颪は、明らかに期待を込めた灰色の目をこちらに向けた。

 もちろん、俺は何も考えていなかった。

 目をそらし、顔をそらし、笑って誤魔化してみようかと思ったけど正直に言う。

 「え、いや……特には、ないけど?」

 「ちっ」

 「え、舌うち? まさか今舌打ちした?」

 「あ、すみません、気にしないでください。これは単なる癖なので先輩が思うようなものではありません。苛々した時とか先輩の甲斐性がない時につい出てしまうんです」

 「それはまんま舌うちの説明文じゃねぇのか!?」

 「ちなみに楽しい時や先輩の甲斐性が垣間見えた瞬間には手打ちをします」

 「めでたい意味だよね? そうだよね?」

 「体に刻みつけたいんです……ふふふ」

 「目が真剣だー!」

 なんて、北颪はおどけて見せているけれど、やはり緊張しているのだろう。何せ約半年ぶりの登校になるわけだしな。クラスメイトもほとんど初見と言っていいだろう。気分は転校生みたいなものか。ならば俺から何か助言ができるはず……なのだけれど、いかんせん俺自身、周りと打ち解けられているかと聞かれて「あたぼうよ」と答えると嘘になっちゃうからな。何も言えねぇ。

 元々、俺は何にも言えないんだ。

 ただ、そこにいるだけなんだから。

 「まぁ……あれだ。とりあえず当たって来い。それでもし砕けるようなら……最悪、俺を探してくれれば、いい」

 俺は、恥ずかしさのあまり北颪の顔をまともに見ることが出来ず、視点を代えた。

 「……はい、もちろんそのつもりです」

 上から見る限り、北颪は俺の顔を見ていることは分かるのだけれど、その顔がどんな表情なのかまでは分からなかった。一方俺は……何だろうな、恥ずかしさと共にあるこの感情は。満足感? みたいな。そんなものに浸っている自分がいた。

 ……はは、そうか。全く、自分のことながら今頃気が付くなんてどうかしている。

 最初、こいつに会った時、こいつからはとても異質な感じがした。もちろん、見た目も十分異質だった。それ以上にこいつの内面は色々欠けていて、まるでふらふらと、よりどころを探しているようで……つけこみやすいと俺は思った。だから、俺はこいつを拒絶した。俺のエゴに巻き込んじゃいけないと、俺のなけなしの良心が隅々からかき集めた一握りの善意をふるったのだ。しかし突如登場した覆面ライダーによってその善意も悉く塵芥となって消え失せたわけだが、それだけじゃない。俺が北颪にかまってしまった理由は、俺のものだった。

 強そうで、強がりなところを。

 いたくなさそうで、いたいところを。

 避けているようで、叫んでいるところを。

 離れているようで、離しているところを。

 恐がらせているようで、恐がっているところを。

 気付かれないように、一人傷付いているところを。

 その姿を、重ねてしまったからだった。

 やれやれ……つまり俺は、あの頃から一歩も進めていないと言う事か。でも、それを自覚できたことは、大きな前進の為の、小さな一歩目になるのかも、しれないね。

 「……その時は大声で先輩の名前を呼ぶのですぐ来てくださいね」

 俺は何も言わなかった。ただ、右手の指をVにして空に突き立てた。もちろん、左手は右肘に添えることを忘れずに。

 「何ですか、それ?」

 「……お約束だ」

 その言葉をどう受け取ったのかはわからないが、北颪は何も聞いてこなかった。

 ただ、笑っていた。

 誰にも分からないように、包帯の奥に隠して。

 「……なるほど、確かに見えないね」

 「はい?」

 「こっちの話しさ」

 視点を元に戻す。中庭から見える範囲ではもう生徒の姿は見えない。こいつも隣で俺のポーズを真似ている場合でなく、そろそろ行ないともっと行き辛くなってしまう。

 「おい、そろそろ――」

 「先輩、最後に一つだけ、お願いしてもいいですか」

 そう言って、北颪は立ち上がった。テーブルの上に載せていたカバンを持ち、深呼吸をした。

 「背中を、押してもらえますか」

 その視線は、俺ではなく、真っ直ぐ前を見据えている。

 「……お安い御用さ」

 半年もの準備期間を経てようやく始まる高校生活か。きっと色々あるだろうさ。それこそ今まで以上に不思議な事にも巻き込まれるかもしれないし、はたまた自分から巻き起こしてしまうかもしれない。頓挫もするし、挫折もするだろうさ。けどそれは、進んでいる証拠でもある。進んでいるからこそ得られる色で、人生は彩られていく。結局いつか死ぬからと、真っ白いキャンパスを見つめて斜に構えていたって、ちっとも楽しくないだろう。明るい色だろうが暗い色だろうが、笑いながら一切合財かき集めて余すとこなく塗りたくってやれ――なんて、柄にもないことを考えてしまうのは、きっと先輩と呼ばれ慣れていないからだろう。

 だから言わない。でも考えることくらいたまには許してほしい。こんな俺にだって、かっこつけたい時はあるのさ。

 さぁ、今日この場所この瞬間、踏み出す一歩からまた始まりだ。

 「行ってこい」

 「はい!」

 

『白紐帯の木乃伊』編はこれにて終了です。

元々ある程度書き溜めていたものを(私的に)良い機会でしたので投稿させていただきました。


2013/10/20 誤字修正

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