『僕×白紐帯の木乃伊』 0
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この学校には、いわゆる『学校の怪談』と言うものが存在する。
いやまぁそんなのはさして珍しくはないし、映画にもアニメにも漫画にもなったりするし、大抵の学校にはあったりするものかもしれない。
けれど、驚くべきはこの学校におけるその確固たる存在だ。噂は噂だけれど、七十五日なんぞで消えてしまうほどやわなもんじゃない。それらはここの生徒ならほとんどが知っていることだし、また信じられている。
高校生にもなって何を幼稚なことを……と思うかもしれないが、あるものはあるのだから、広い度量で受け止めるべきだ――と、俺は自分に言い聞かせた。あいにくさほど広い度量は持ち合わせていなかったけれど、順応は割と得意分野だ。
……どうでもいいか。
さてこの話だが、よくよく聞いてみると、この学校の怪談には面白い特徴がある。
それは『怪談の階段』だ。
深夜零時、屋上へと続く階段を数えるとそれは昼間のそれより一段多くなっていて、その先は――というのは『階段の怪談』で、ちょっと違う。かく言う俺も間違えた。
つまりは階級、位、格差、序列等々。怪談の世界もなかなか世知辛い。
それは一段から始まり、最上位が七段となっている。それ以下も以上も存在しない、もし新しい怪談が生まれて階段に入ったなら、最下層の一段に位置していた怪談は欄外、通称『踊り場』行きとなる。数が七段なのは、たぶん『学校の七不思議』と混同しちゃったんじゃないかな。真相は神のみぞ知る。
そしてそれら怪談はその存在がある程度確立している上で、生徒間での伝播具合、影響力、信ぴょう性、怪談としての質諸々を新聞部が独自の取材で得た結果をもとに位付けされるらしい。簡単に言えば多くの生徒に知られていて、信じられていて、怖がられていれば、必然その階級は上になる、というシステムなのだ。
ちなみにそれが我らの学校の新聞部の名物かつ最大の仕事であり、その年の代の最上級生の引退試合ならぬ、引退仕事でもあるらしい。毎年上級生が部活動を引退し後を引き継いだ後輩たちは、片手間で学校側から要求されている定期刊行物を作りながら一年間せっせと取材やらなんやらをし、自分たちが部活動を引退する時に『怪談の階段』を発表し、花々しく受験勉強にシフトするとのこと。
……まぁ、それもどうでもいいか。
その『怪談の階段』の発表が五月の話、だから今年の位付けはもう発表されている。
ちなみに七段目は永久欠番だそうだ。なんでもこの学校の怪談の原点だかららしい。創造主であり不可侵にして絶対の存在。そんな七段目からの景色は、さぞかし素晴らしいものなんだろうさ。
だから実際にはそれより下の、六段から一段のみが毎年入れ替わったりするのだけれど、今年はなかなかその段位が大きく変動をしたのだという。
その中に一つ、今年度突如彗星の如く現れると既存の階段――もとい怪談を押しのけ、なんといきなり四段目を獲得してしまったどえらい強者がいらっしゃったそうな。
曰く、『白紐帯の木乃伊』。
それは日中にもかかわらず、生徒が授業を受けている学校内を堂々と闊歩している。姿はこの学校の女子用の制服を着ているが、顔はすべて――真っ白な包帯で覆われている、木乃伊。
包帯に隠された本当の顔を知る者はいない。ある人は顔の部品が全くない、いわゆるのっぺらぼうではないかと言い、またある人は目、鼻、口、皮膚、それらすべて腐り果ててドロドロと溶けてしまっていて、もはや目も当てられない、原形をとどめてすらいないほどに崩れているのだと言い、ある人は美少女だと言い、ある人は単に人には見せられないようなひどい顔と、様々。
しかしそのどれもが憶測であり、誰もその真相を知りはしない。
だが、その木乃伊が現れるようになった頃に、ある一人の女子学生が学校に姿を見せなくなったというのは、本当らしい。
その怪談の驚くべきポイントは、その目撃回数らしい。
四月から出てきたというのに、他の怪談に引け劣らないどころか、優に勝っている程らしい。徐々にではなく突如現れ、しかもそれほど目撃回数があれば、話題性は抜群だった。中々にセールスセンスのあるやつだと感心さえ覚える。
……俺の私見こそどうでもいいか。
さて、そんなとある日、実質その階段が四段目に君臨する契機となった事件が起こった。
目撃情報がちらほら現れ始めた四月下旬のある日、その手の話が好きなある女子生徒が真偽を確かめる半分面白半分で、その木乃伊の素顔を携帯電話の写真で取ってやると言い出した。
彼女は時々授業を抜け出しては校舎中を歩いて回り、その木乃伊を探していた。いろんな意味で信じがたい話だが、何より信じがたいのは、とうとうその女子生徒は校内を歩いていた木乃伊を見つけたらしいことだ。
木乃伊を見つけた女子生徒は、気付かれないように後ろからこっそり近づくと、包帯を後ろから取ったのだそうだ。
そしてすかさず、その顔を携帯電話のカメラ機能で取ろうとした。
その時――
「……ミィ……タァ……ナァァァァァァァァァァァァァァァ――――――――――――」
とても人とは思えない、それこそ獣の唸り声のように低く体の芯に響き揺さぶられる声だったそうだ。
その木乃伊の顔を見てしまった女子生徒はあまりの恐怖につんざくような悲鳴を上げた。その悲鳴を聞きつけた他の生徒がその場に駆けつけると、すでに木乃伊はどこにもおらず、廊下に横になっている女子生徒だけが残っていた。その女子生徒に駆け寄ろうとしたその時――その場の誰もが息をのんだ。
その顔には――包帯が何重にも巻かれていたのだ。
女子生徒は恐怖のあまりその場で気絶しており、あとで目を覚ました時に何を見たのか聞いても、一切何も覚えていなかった。もちろん携帯電話にも何も記録されていなかった。
『木乃伊撮りが木乃伊になった』――この話は瞬く間に生徒の間に伝わり、それ以降、生徒間ではこう言われている。
「もし木乃伊を見たら最後――自分もまた、木乃伊にされてしまう」