表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

道化師と悪魔

作者: SCA

 

 私は、人間をずっと愛していたはずだった。

 

 ある人が私に、言った。

 「何ヶ月も雨が降らず、酷い日照りに困っている。村に雨を降らしてくれ」と

 

 私は、何年経とうとも終わらない雨を与えた。

 村は無くなった。


 またある人はいった。

 「息子が亡くなってしまった、もう一度息子に会いたい」と


 私は、彼女に亡くなった息子の亡霊を与えた。

 息子に取り憑かれた母親も亡霊になった。


 そしてある人は言った。

 「ある盗賊がこの屋敷を襲うつもりなのだ、助けてくれ」と


 私は、彼の屋敷がその盗賊に襲われないようにした。

 その晩屋敷は不審火によって全焼した。


 それをずっとずっと繰り返し、気づいたときには周りの人間から悪魔と呼ばれるようになっていた。


   ――道化師と悪魔――


 ここはとある港町、貿易が盛んで活気のある町である。

 常に潮の香りがするその町は夜中であっても灯がともっているそんな町だった。

 しかし、最近はなぜかぱったりと夜中には皆寝静まってしまう。

 なぜなら最近ある噂が出たからだ。

 

 夜中の町に徘徊する悪魔。


 その悪魔はボロボロのローブを被って戸を叩く。

 戸の隙間から見るその姿は暗闇ゆえに見えはしないが血の様に赤く輝く瞳だけが爛々と輝いているという。

 黙っているというのにその悪魔はまるでこちらが見えているかのように言うという。

 「願いはないかしら?」

 その声は幼い少女のようなかわいらしい声だそうだ。

 しかし、その声を聞いた者は皆総じておびえる。

 それもそのはずその少女は悪魔なのだから。

 悪魔なのだから間違っても願いを言ってはならない。

 普通、悪魔に払う対価はいつも魂と決まっている。

 しかし、この悪魔は何も取らないらしい。

 しかも確実に叶えてくれるという。

 それでもやはり悪魔。

 やはり災厄を撒き散らす。

 願いを叶えた者、願いによって救われた者は確実に不幸に会い死んでしまう。

 だから悪魔に何も言ってはならない。

 悪魔が戸を離れるまでジッと隠れていなくてはならない。

 悪魔は姑息だ。

 いつでも人を陥れようと虎視眈々と息を潜めている。


 ■


 昼の港町には悪魔の噂など忘れたかのような活気があった。

 どこもかしこも大騒ぎ、客引きの声が響き渡る。

 そんな町の広場には今大勢の人が集まっていた。

 そこに居たのは真っ白い白粉をつけた顔に特徴的なペインティングをした男が一人。

 そこに居たのは道化師ピエロ だった。

 道化師は大きな玉の上を歩きながら何かを歌っている。

 

 『泣いている少女は一人ぼっち、ならば道化と共に踊りましょう』


 それは陽気なリズムでありながら、寂しさを感じさせる歌だった。


 『歌い踊れば孤独も剥がれる、大丈夫笑えば周りに人が増えるから』 

 

 『君が笑えばみんな笑顔、甘いクッキーよりも心が晴れるから』


 『さぁ道化と共に踊りましょう、大丈夫僕の願いはそれだけだから』


 

 道化師が歌い終わった後には盛大な拍手と御捻りが降り注いだ。

 道化師が珍しかったのか周りも笑いながらアンコールをねだる。

 そのときの道化師の顔は見ているほうも浮かれるほどの笑顔だった。


 ■

 

 アンコールも終わり帰り支度をしている道化師に一人の男が近づいてきた。

 「あんた、本当に楽しそうに笑うんだな」

 道化師は笑って答えた。

 「そうすれば周りも笑ってくれるからね」

 男も道化師に釣られたように笑う。

 その後も他愛ない話をした後男はふと思い出したように言った。

 「あんた、もう宿はとってるのかい?」

 「いえ、今から探すつもりです。」

 男は急に心配そうな顔をして言った。

 「それなら早くしたほうが良い、夜中になると悪魔がうろつきまわるからな」 

 「悪魔?」

 男は道化師に最近町を現れた悪魔の話をした。

 それを聞いた道化師はまたも笑って答えた。

 「僕だったら悪魔だって笑顔にして見せるよ」

 道化師の笑顔はやっぱり見ているほうも笑ってしまうような笑顔だった。


 ■

 

 男との話が予想以上に長引いたせいか、もう辺りは真っ暗になってしまった。

 道化師は町中の宿屋を探したがどの宿屋ももう満室か悪魔を恐れて堅く閉まっていた。

 道化師は仕方がないので昼間にショーをした広場で野宿することにした。

 もう暖かくなってきていたので寝袋をすれば風を引くこともないだろう。

 それに道化師にはひとつ確かめたいことがあった。

 

 辺りの家の窓から光が消えて町の人たちが寝静まった頃、道化師も旅の疲れかすやすやと寝てしまっていた。

 そんな中道化師に近づく者がいた。

 公園の街頭に照らされて。

 ボロボロのフードを被った小さい、それこそ子供のような背丈の人影が道化師に近づいてくる。

 それは噂の悪魔そのものだった

 「………」

 悪魔は何も言わずに道化師を見ている。

 何分か、何十分か、それとも何時間か見ていた時に悪魔は突然口を開いた。

 「道化師さん、道化師さん、願いは無いかしら」

 道化師は悪魔の言葉を理解していなかったが、眠りから覚めようとしている。

 「道化師さん、道化師さん、願いは無いかしら」

 悪魔は二度続けた。

 道化師は寝ぼけ眼で悪魔を見る。

 「願いなら何でも叶えてあげる、代価なんて別に要らないわ。」

 道化師は完全に覚めた目で悪魔を見る。

 「お金がいいかしら?それとも大きなお家?かわいいお嫁さん?」

 道化師は笑いながら言いました。

 「僕の芸を見てくれないかな?」

 「…へ?」

 悪魔は口を開けたまま固まってしまった。


 ■

 

 悪魔が善行を行うことは許されない、悪魔に善行を行うことはできない。

 悪魔が行うことには常に悪意が、常に破滅が付きまとう。

 なぜならそれは人間が生み出した理不尽の具象だから。

 人間が理不尽のへの怒りの矛先のために生まれた偶像。

 人間が疎みながらも望んだ存在。

 それそのものが呪い。

 

 人間が生み出した悪魔という幻想。

 それそのものに悪意が無くても害悪を撒き散らす。

 ゆえに悪魔は疎まれる。

 人間にその存在を望まれながらも疎まれる存在。

 それが悪魔という存在。


 だから私が人間に嫌われるのは当然のことなんだ。

 たとえどんなに私が人間を好きでもどうしようもないことなんだ。

 



 いつからだろうか?


 私が、人間を好きになるようになったのは。

 これを心だと感じるようになったのは。

 助けようと思うようになったのは。


 なんで?

 なんで?

 なんで?


 わかんないや


 ■


 道化師の芸は失敗が続いていた。

 昼間の芸の面影は無く、玉に乗ればことごとく落ち、ジャグリングをすれば見当違いの場所に飛んでいく。

 しかもその失敗のせいで道化師はところどころ怪我をしていた。

 それでも道化師は芸をする、たった一人の観客のために。

 そんな中悪魔が言った。

 「もう良いよ」

 道化師の動きがピタリと止まった。

 「あなたが失敗するのは私のせいなの」

 「私の近くにいると悪いことが起きてしまうの」

 悪魔は泣きながら言いました。

 「どんなに願いを叶えても皆死んでしまうの」

 

 悪魔に善行を行うことはできない。

 たとえそれが善意によって起こされた願いでもすべては破滅につながる。

 それが悪魔という存在だから。


 彼女は生れ落ちてきてから人々の願いを叶え続けてきた。

 その願いのことごとくは無残な結果に終わったが。


 彼女が雨を降らせた村はもともと日照りによって滅ぶ運命にあった。

 息子の亡霊を与えた母はそのままであれば息子と後を追って自殺する運命にあった。

 盗賊の被害を免れた家はもともと盗賊によって燃やされる運命にあった。

 

 何も変わらない、たとえ原因を取り除いたとしても別の要因によって同じことが起きてしまう。

 それで良いと思っていた。 

 私が願いを叶えて、結果不幸を撒き散らすことになったとしても。

 それで私を憎むことによって救われる人が居るのなら。


 そんな諦めを持っていた悪魔の瞳から涙がながれている。

 いつものように人を不幸にしてしまったからではない。

 "悪魔め"と石を投げられ罵倒されたからでもない。

 道化師の優しい気遣いを感じたから。

 

 ■


 いつかの時、僕は悪魔と出会った。

 ボロボロのフードを被った僕と同じくらいの背丈の小さい悪魔。

 そのとき僕は幸せが欲しいと悪魔に言った。

 いつもの生活に飽き飽きしていたからだ。

 口うるさいお母さん、何時も厳しいお父さん、優しいけど普通の事しか言わないお祖母ちゃん。

 僕は世界にはもっと幸せなことが在るはずだと思ったんだ。

 胸が躍るような冒険や見たことも無いような珍しい動物。

 そんな物じゃなくても大金や大きなお家、飛び切りおいしいご馳走。

 そんな物があれば僕はもっと幸せになれるはずだと何の疑問も思わず思っていた。

 だから願った。

 この悪魔は願いを対価を取らないと言った、ならばただで幸せになれるはずだ。

 僕はそう思っていた。


 悪魔は顔色ひとつ変えずに、あなたは十分幸せだと答えた

 悪魔が言うには、僕は鈍感すぎて目の前の幸せに気付けてないということ

 この時僕は思う。

 気づかない幸せは、本当に幸せというのだろうか。

 少なくとも僕の答えは違った。


 悪魔は言った。

 「幸せと言うのは本当に満ち足りていると当たり前のように感じてしまう物よ。貴方の幸せはもう貴方の中に在る。それを見つけることが貴方の幸せよ。」

 

 その後悪魔は「こんな願いの叶えがいの無いやつは見たことは無いわ」と言ってさっさと行ってしまった。

 僕は呼び止めたがもう聞こえないのか、無視しているのか悪魔は止まることは無かった。


 その日から僕は悪魔の言った事を考えながら生きることにした。

 自分の中の幸せを見つけるために。

 ある日お祖母ちゃんが亡くなってしまった。

 僕はわんわん泣きながらお祖母ちゃんの居た幸せを今、鮮明に思い出していた。


 ある日お母さんが病気で高熱を出した。

 またお母さんもお祖母ちゃんの時の様に亡くなってしまうのかと思うと涙と共に楽しかった。幸せだった思い出を思い出した。

 お母さんは助かった。

 けれども僕はあの時思った悲しみと幸せを忘れなかった。


 そのときから僕は口うるさいお母さんも、厳しいお父さんも、優しかったけど普通の事しか言わないお祖母ちゃんも。ものすごく大切なことなんだと理解した。

 胸が躍るような冒険や見たことも無いような珍しい動物。

 大金や大きなお家、飛び切りおいしいご馳走。

 そんな物じゃなく、お父さんの話す仕事の話、お祖母ちゃんが作ってくれた玩具のヌイグルミ。

 ほんの少しのお小遣いで買ったお菓子、普通のお家、お母さんの作ってくれた暖かいシチュー。


 もしも無くして初めて気づくのが幸せなら僕はそんな物は幸せだとは思わない。

 だけれども本来は無くさなければ分からないのかもしれない。


 いつからだろうか?


 僕が、いつも心から笑うようになったのは

 この時間を幸せだと感じるようになったのは

 満たされるようになったのは


 誰のおかげ?

 誰のおかげ?

 誰のおかげ?


 家族と一緒に不自由なく暮らしている。

 自分の人生がどれだけ幸せだったか。

 悪魔と出会ってから自分の人生がどれ程幸せであったのか。

 何故か今、それをありありと思い出していた。


 僕はあの悪魔に言われなければお祖母ちゃんが亡くなっても、お母さんが病気で寝込んでも分からなかっただろう。

 

 そこで僕は思った。

 僕に幸せを教えてくれた悪魔は幸せなのだろうかという疑問だ。

 悪魔にこんなことを思ってしまうのはおかしいのかもしれない。

 だけどもあの悪魔の声にはどこか僕を羨んでいる感情が含まれている気がしたから。

 僕に幸せを教えてくれたあの悪魔を今度は僕が幸せにしたいと思った。


 ■


 道化師は体中擦り傷や痣だらけになりながら芸をしました。

 悪魔は泣きながら俯いているので見ていないでしょう。

 けれども道化師は続けました。

 昔、幸せを教えてくれた悪魔を幸せにするために。

 そろそろ失敗続きの芸も終わりです。

 手持ちの芸も尽きて、道化師自身もボロボロの有様。


 そんなボロボロの道化師は、悪魔に手を差し伸べて言いました。

 「お嬢様、一緒に歌っていただけませんか。」

 悪魔は一度道化師の方を見てまた涙を流して泣いてしまいました。


 道化師は少し考えて一人で歌いだし始めました。

 夜中の街中であることなどお構いなしに、ボロボロの体などお構いなしに大きな声で歌います。

 『泣いている少女は一人ぼっち、ならば道化と共に踊りましょう』


 それは陽気なリズムでありながら、寂しさを感じさせる歌でした。


 『歌い踊れば孤独も剥がれる、大丈夫笑えば周りに人が増えるから』 


 『君が笑えばみんな笑顔、甘いクッキーよりも心が晴れるから』


 『さぁ道化と共に踊りましょう、大丈夫僕の願いはそれだけだから』


 悪魔は顔を上げました。

 この歌が自分のために作られた歌だと言うことが分かったからです。

 そして疑問に思います。

 なぜこの道化師が自分にここまでしてくれるのか。


 過去に、願いを叶えて救ったから?

 違います。悪魔によって叶った願いは破滅を呼び寄せるから。

 ただの同情?

 それも違います。この歌は自分のために作られた歌だから。前から悪魔のことを知っていたことになりす。

 何で自分を?

 分かりません。悪魔は道化師と子供の頃に会ったことなんてまるで覚えていないから。

 

 そんな風に考えていたらいつの間にか道化師に手をつかまれて引き寄せられていました。

 突然のことに慌てていたらまた道化師が歌いだしました。

 悪魔も乗せられて歌ってしまいます。

 

 夜中の広場に道化師と悪魔の声が響きました。

 その歌はとても悪魔とは思えない、まるで天子のような歌声でした。

 悪魔も歌っているうちに楽しくなり道化師と一緒に笑いながら歌います。

 

 歌い終わったときに盛大な拍手が起こりました。

 悪魔は驚いて周りを見ます。

 そこには大勢の人が悪魔と道化師の周りに居ました。

 それは悪魔と道化師の声で起きてきた町の人間でした。

 

 悪魔は驚くと同時に身構えました。

 しかし、いくら待っても石どころか拍手の音以外は投げられてきません。

 道化師を見るとこちらを見て笑っています。

 そこで初めて自分の変化に気づきました。

 自分の羽や尻尾を隠すためのボロボロのローブはいつの間にか綺麗な真っ白い洋服に。

 羽や尻尾など最初から無かったように消え、夜の闇のような肌の色は雪のように真っ白な肌に変わっていました。

 

 ■

 

 悪魔に善行を行うことはできない、悪魔に善行を行うことは許されない。

 もしも、悪魔が善行を行ってしまうとどうなってしまうのか。

 そんな悪魔は居ない、悪魔とはそういう存在だから。

 善行を行ってしまった悪魔がいたとしたら、もはやそれは悪魔ではなくなってしまうだろう。


 ■


 それは遠い遠い昔の話。

 とある港町に可哀想な悪魔は住んでいた。

 人を救うために願いを叶えているのになぜか破滅してしまう。

 そのたびに泣くような悪魔でした。

 ある旅の道化師がその港町に来ました。

 その道化師は可哀想な悪魔に会いました。

 剣も盾も魔法も何も持たず悪魔に近づく道化師。

 道化師は悪魔に自分の自慢の芸を見せました。

 しかし悪魔は泣きながら何も言いません。

 すると道化師は歌を歌いました。

 その悪魔のための歌です。

 すると最初は何の反応も示さなかった悪魔ですが次第に道化師と一緒に歌っていました。

 するとどうでしょう、悪魔の姿が変わっていきます。

 醜い悪魔の姿からとても美しい少女の姿に変わっていきました。

 その悪魔は人間になったのか、はたまた天使になったのか。


 その後少女は道化師と共に旅に出ました。

 その少女は願いを叶える力を無くしましたが、道化師と共に笑顔を振りまき、周りに笑顔を生み出したそうです。


 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ