一人の時間
お題:タイトル固定『一人の時間』
内容固定『風邪』
一体何年ぶりのことか、熱で呆けた頭では思い出すことができない。頭元におかれたスポーツ飲料を飲んで、こまめな水分補給を心がける。今、彼の頭でできることといえば、結局、その程度の事だ。
彼。
空井薫は風邪をひいている。病院などの公共機関では女性と勘違いされることが悩みの、どこにでもいそうな少年である。そんな薫が病院に行くような気になるわけもなく、こうして診察も受けないままベッドにふしているわけであるのだが、どうも体調が芳しくない。時間がたつにつれ、どんどんと悪化しているような気になってくる。
今、家には薫一人しかいない。体調を崩しているとはいえ、一応中学生である。小学生や幼児ではあるまいし、親が看病をしているわけではない。とはいえ、今回に限って言えば、薫個人としては看病してほしいレベルの体調不良である。
「あー……」
口からもれる声も、力がない。朦朧とする意識の中、薫が考えているのは学校の事だ。授業の事、友達の事。薫は学校が好きであるという、保護者にとってはうれしい中学生である。勉強も嫌いというわけではない。そんな彼が、今日は学校を休んでいるのだ。
「みんな……」
会いたいと切に思う。が、こんな状態で学校に行くことなどかなわない。もし程度がもっと軽ければ、遅刻してでも登校するというのに、それすらできないのである。
今頃みんななにをしているのだろう。
授業時間なのかな
時計を見ることも億劫で、適当にそんな予想をしてみる。ちなみに、今は休み時間であり、薫の予想ははずれているのだが、そんなことはべつにどうでもいいことであろう。
重い体を起して食卓に向う。母が作り置きをしてくれているので、それを食べるのだ。が、あんな状態の薫に食欲などあるはずもなく、結局はスポーツ飲料の補充をするにとどまった。重症である。
一人の時間というものが、だんだんと退屈に感じられてきた。否。退屈さなど感じるほどの余裕もない。だからそれは錯覚というべき感覚なのだけど、そんな錯覚を覚える理由は明確だ。
一人。
そう、この一人の時間そのものが、そんな錯覚を覚えさせているのである。誰もいない感覚。自分の呼吸と、外から聞こえる風や鳥の声、そして時計の音。それら以外に耳に入るものはなく、見えるのは窓で切り抜かれた景色と、見慣れた部屋。
友人の笑い声はなく。
先生の怒声もなく。
ペンが机をたたく音も、チャイムも。
あらゆる喧騒がない。
薫はそんな静かな時間になれていない。
退屈というよりは寂しいのかもしれない、と、薫は思った。
ともあれ、そんな時間は長くは続かない。時間は流れるし、親だって帰ってくる。もしかしたら友達がお見舞いにきてくれるという可能性だって零ではない。
がしかし。現実は甘くなく、親が帰ってきただけで、友人のお見舞いはなかった。
たいてい、来ないものである。
「薫、体調どう?」
ただ。
母親が部屋に入ってきたときの安堵だけは、どうしようもないほどに実感したのだった。