月の裏
お題:タイトル固定『月の裏』
自分が運営しているコミュではありませんが、埋もれていたので。
この物語は、事実とフィクションを織り交ぜたものです。
「月って実は怖いものなんだ。知ってた?」
突然、クラスメイトの一人がそんなことを言った。
「は? 月は月だろ。それともあれか? 月の魔力的な話か?」
満月とか。
「違うよ。月にはある生き物が棲んでるんだ」
「はあ? だったらとっくに見つかって話題沸騰だろうよ。それに月は惑星じゃない」
「表面にいるんだよ。でも見えない。だから見つからないんだ」
自信満々に言っているけれど、これはきっとこいつの妄想だろう。
「宇宙で起こるあれやこれやの出来事。それはその生物の仕業さ。月の満ち欠けもね」
「いやいやいや、宇宙で起こるアレコレは置いておくとしてもだ、月の満ち欠けは関係ないだろ」
「違うよ。その生き物が食べたら月は欠ける。で、新月になったら少しずつ吐き出すんだ」
無茶だろ……。
「しかもその生き物には角があって、その角からはビームが出るんだよ」
「は?」
角?
ビーム?
ありえねえ。
「信じてないな?」
「当たり前だろ。大体、それが事実だとしてもだ、それを証明する証拠でもあるのかよ」
聞くと、そいつは大きなため息をついた。まるでぼくを馬鹿にしたようなため息だった。
「証拠証拠って、そんなものがないと信じられない? 大体、証拠があるなら今頃世界中の人がその存在を知ってるはずさ。でも知らない。なら、証拠はないとみるが論理的思考さ」
「論理的思考をする人間が、お前みたいな話をするとは思えないけどな」
「論理的と現実的は違うのさ。君は奇跡は信じないタイプだね」
「ああ。基本的に認めない。ただ、信じてもいいかと思うこともある」
「あっそう。じゃあ、今回も信じてみなよ。そうしないと、その生き物が襲ってくるぜ?」
「ばかばかしい。あるわけないだろ、そんなこと」
誇大妄想もいいところだ。
「あっそ」
残念そうにそいつが言って、その日は別れた。
夜。
なんとなくあいつが言っていたことを思い出して月を見上げる。今日の月は三日月だった。
「今は食べてる最中かはいている最中か」
心底どっちでもいい。
そんな生き物、いるわけがないのだから。
「ばかばかしいにもほどがあるな」
でも、僕はなにも知らなかった。
それだけの話だった。
息苦しさを感じて目をあけると、僕のベッドの上に大きなシカがいた。
「……………………」
シカ。
シカ。
シカ?
なんでこんなところに?
ていうか、なんでシカ?
シカは僕に気付くと、その角を僕に向けた。
僕はというと、怖さで体が竦んでいて声も出ない。
シカは僕に角を向けたまま微動だにしない。でも、確かな変化はあった。というのも、僕の顔の前から何か熱を感じたのだ。
『その生き物には角があって、その角からはビームが出るんだよ』
友達の言葉を思い出す。でも、それを言うならその生き物は月の生き物だろ? どうしてこんなところにいるんだよ。
ああ、でも襲ってくるとか何とか言ってたか。
っていうか、こいつどういう構造だよ。
シカはじっと上目づかいに僕を見つめてくる。
「…………信じるよ。こうして出てきたんだから、僕はお前の存在を全面的に信じるよ」
だから早くどっかに行ってくれ。
けれど、シカは動かず、じっと僕を見つめている。
僕としてもこれ以上かける言葉も見つからず黙っていた。やがて、シカが動き出し、ふつうにドアから出て行った。
「……………」
何だったんだ?
よくわからない。
翌日、昨夜あったことをそいつに話をした。
「え? 信じてなかったんじゃないの? どういう吹き回しさ」
「だから襲ってきた」
自分で言っていてあほらしくなってくる。
「へえ? でもぼくは見えない存在だって言ったのに。どうして見えたんだろうね?」
「知るかよ」
「見えるんだったら今頃発見されてるよね」
なんだこいつ、昨日信じてもらえなかったから、今度は僕を同じ目にあわせる気か?
「知らんつってんだろ」
「どこに棲んでるのかな?」
「知らねぇつってんだろ。普段見つからずに僕に見えたんなら、あれだ、月の裏側にでも棲んでんじゃねえの?」