第07話:毛布の外は戦場(上)
コンテナ車両は半日ほど走った。
車両の中は、細長い一つの部屋のようになっていた。床も壁も厚い保護材で覆われ、寄りかかっても、寝転がっても痛くない程度にやわらかい。それでいて、重い装備のまま歩いても沈み込まない。長い移動のあいだ、子どもたちは好きな場所へ座り、疲れればそのまま床へ転がった。
中央には大きなテーブルと、その両側のベンチが床へ固定されている。壁の高い位置には横長の窓が並び、明るい空が切り取られたように見えた。水筒は班ごとにまとめて壁へ取り付けられ、任務バッグや毛布は足元や壁際へ思い思いに置かれている。
テーブルの向こうには、天井から床までネット状の仕切りが下がっていた。網越しに、実戦へ出る東十班の三人が見える。待機班の南一班、東二班、東十一班は、手前の広い区画で過ごしていた。
途中で一度止まって、また走り出した。
鶸は最初の一時間ほど窓の下に張り付いていたが、高い窓から見えるものは空や木と山ばかりだった。景色が変わらなくなると鶸は飽きて、毛布を丸めたものへ頭を乗せ、床に転がった。
「たいくつー」
「まだ着いてないだろ」
「だってー、なんもないじゃん」
「移動はそういうもんだろ」
「ボクも作戦に出たいー」
青藍は壁に寄りかかり、本を開いていた。顔を上げずに答える。
「今回は東十の番だろ」
「えー、でもボクの方が飛べるよ?」
「お前な」
「でもさー」
青藍は本を片手に持ったまま、もう片方の手で鶸の頭を軽くはたいた。乾いた音が一つ響く。鶸は「いたあ」と言いながら、毛布へ顔を埋めた。
ネットの仕切りの向こうから、くすくすと笑う声が聞こえた。
「ごめんなー」
青藍が向こう側の東十班へ声をかける。
「全然ですー」
東十班の晒柿が、我慢できずに声を上げて笑いながら答えた。
今回出動する三人は、移動中からほとんど話していなかった。仕切り越しに見える範囲では、浅縹が前腕固定ベルトを何度も留め直している。晒柿は足を組んで資料を開いていた。もう一人も、装備の留め具や金具を順に確かめていた。
まだ現地には着いていない。でもネット一枚隔てた向こう側は緊張感が強く、もう任務が始まっているようだった。
竜胆が、テーブルの反対側から深緋の隣へ回ってきた。毛布の端へ座り込み、膝を立てる。
「南一、最近どうよ」
「普通だよ」
「普通かー」
「うん」
「お前ら、普通って言うときが一番怖いんだよなあ」
「なんで?」
「何かあっても、コキアは普通って言いそうだから」
「そんなことないよ」
「あるだろ」
「ないよ」
竜胆は深緋の顔を少し覗き込んだ。深緋がムスッと見返すと、すぐに笑って、床に転がっている鶸に話しかける。
「ヒワは?」
「ボクはー、何かあったらちゃんと言うよ?」
「聞かなくても言うだろ」
「うん」
「ヒワ、聞いてない時も喋ってるから」
「確かにそうだな」
「ねー、ひどくない?」
床の上で毛布にぐるぐる巻きになった鶸から、苦情が飛んできた。
竜胆は笑いながら、そのまま深緋の隣へ横になろうとした。常盤が、中央のテーブルから顔を上げる。
「リンドウ、南一班の方まで広がるな」
「ちょっとだけ」
「自分の毛布へ戻れ」
「まだ毛布出してないからさ」
「じゃあ床に座ってろ」
「座ってるじゃん」
「今、寝ようとしただろ」
「ばれたかー」
竜胆は仕方なさそうに起き上がり、深緋の隣であぐらをかいた。
紅唐は既に東二班のスペースでうつ伏せになって転がっている。目は開いているのに、もう眠りかけているようにも見える。
「ベニトー、寝てる?」
鶸が聞いた。
「寝ない」
「いま目、つぶってたよ」
「考えてた」
「何を?」
「寝ようかなって」
「寝ること考えてたんじゃん」
鶸の笑い声の中、紅唐はもう一度目を閉じた。
「まだ、寝てない」
「トキワ、ベニトー寝てるよ」
「放っとけ」
常盤はテーブルに広げていた任務の資料を重ね、端をトントンと揃えた。その横には竜胆の資料も置かれたままになっている。
「リンドウ、これ見とけ」
「あとで見る」
「現地に着く前に見ろ」
「待機班の資料、短いし後で」
「短いなら今見ろ」
「トキワって、ずっとそういうこと言って疲れないか?」
「お前に言わなくて済めば疲れない」
深緋は思わずふふっと笑った。竜胆はまだ何か言いたそうな顔をしたが、しぶしぶ資料を受け取った。
しばらく、紙をめくる音だけが続いた。
東十一班の三人は、後方扉に近い場所へ固まって座っていた。小声で何か話している。一人は窓の外を見続け、あとの二人は膝を寄せて小声で話している。時々笑うが、竜胆や鶸の声が響くと、すぐにそちらを見る。
車内の班の位置が、少しずつ決まってきていた。
南一班はテーブルの片側と、その脇の床。東二班は向かい側。東十一班は入口の近く。ネットの向こうには東十班。半日経って、それぞれの班が自分たちの場所を定めていた。
鶸は床の上で両手を頭の下に組み、天井を見ている。
「セイラン」
「ん」
「現地着いたら、ボクら何するの」
「待つだけ」
「待つだけ?」
「少なくとも今日はな」
「えー」
青藍は本を開いていた。地誌ではなく、表紙の少し新しい本だった。厚さはそれほどない。文字の間に、小さな図や表が入っている。
「セイラン、その本、何書いてあるの」
鶸も気づいたらしい。床へ寝たまま、首だけ青藍の方へ向けた。
「集落の記録」
「集落?」
「人が住んでた場所」
「どこの?」
「南区」
鶸は一度起き上がった。青藍の膝の横へ寄り、開かれたページを覗く。
「今から行くとこ?」
「その辺りも載ってる」
「何が書いてあるの?」
「昔どこに集落があったか。そこでどう暮らしてたか」
「昔?」
「今の地区に分けられる前の記録だよ」
ページには、小さな家が並ぶ図と、細い道が描かれていた。今の地図で見る整った区画とは違い、道は曲がり、家の集まりもばらばらだった。
鶸は文字の列を少し見て、すぐに図を指差した。
「これ、家?」
「たぶん」
「たぶん?」
「凡例に書いてある」
「じゃあ家じゃん」
「そういうのを、読んで確かめてるんだよ」
青藍は鶸の手をどけて、ページをめくった。次のページには、別の集落の図が載っていた。
「そういうの、面白いの?」
資料を斜め読みしていた竜胆が顔を上げた。
「俺は面白いよ」
「字ばっかりじゃん」
「リンドウのよりは面白そう」
鶸は青藍の本を覗いたまま、横目で竜胆を見てニヤニヤと返した。
「比べるなよ。こっちは見ただけで眠くなる」
「見ただけで、まだ読んでないだろ」
常盤が横から言った。
「今から読むって」
竜胆は慌てて資料へ目を戻した。
鶸は青藍の本をもう少し覗いていたが、文字の多いページになると、また床へ戻っていった。
青藍は本を読む時、物語のように最初から順番に進めるわけではない。少し読んでは前へ戻り、地図を見て、また別のページを開く。深緋はその横顔を見ていた。青藍は何かを探しているのか、ただ気になったところを巡っているだけなのかわからなかった。
「セイラン、さっきから同じところ読んでる?」
深緋が聞いた。
「今読んでるあたり、似た地名が多いんだよ」
「似た地名?」
「たとえば、昔の集落名と今の地区区分が、うまく重ならないところがある」
「ふうん」
「まあ、古い本だからな」
青藍はそう言って、また前のページへ戻った。
深緋には、何がそんなに気になるのかよくわからなかった。けれど青藍は、わからないから気になって読むらしい。
中央のテーブルでは、常盤が竜胆の資料を指で示している。竜胆は嫌そうな顔をしながら、ようやく内容を読み始めた。紅唐は床にほっぺたをつけたまま、ぐっすり寝入っていた。
誰かが話し、誰かが本を読み、誰かが眠る。時々、小さな笑い声が起きた。
これから向かう先のことは、みんな知っていた。
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