5.古代遺物 その1
「もうすぐテラですよ」
とアルテミスが声をかけた。テラのすぐそばに衛星モワが浮かんでいる。マリア・オーランドはいまでも眠っているはずだ。
「座標は、テラのどのあたりなんだ?」
「大きな大陸の東のはずれです。ジャポニカという地域になります」
レオンが生まれたのは大陸の西のユーロだったので、まったく知らない国だった。
もっとも生まれただけで、そこには親戚も知り合いも全くいない。
「ジャポニカ?」
「テラの中で唯一古代人の血を引いていると言われています」
「私の祖母もジャポニカの生まれだ。名前はケイコ・アマモリ。私が2歳の時に亡くなったので、祖母の記憶は全くないが・・・」
「そうでしたか。少し調べてみましょうか?」
「ありがとう。わかる範囲でいいよ」
テラへの着陸許可は、惑星全体を管理している組織はなく、それぞれの地域ごとに許可が必要だった。アルテミスはジャポニカの管理局に着陸を申請して許可された。
ジャポニカは島国で、着陸は沖合にある宙港だった。巡洋艦級の中型船が5隻も停留すると満杯になるような小さな宙港だった。
しかし、クラルス・ルナ以外は、あと1隻が停留しているだけだった。宇宙からの訪問はあまりないのかもしれない。
「アルテミスもいっしょに行くかい?」
「ご一緒してもよろしいですか?」
「もちろん」
「では着替えてきますので、少しお待ちください」
アルテミスは、おしゃれに気を遣う。ふだんの艦内ではパンツスーツが多いが、毎日着替えている。もちろん化粧もするし、レオンと食事をするときはこちらがどぎまぎするようなドレスを着ることもある。もっとも、彼女は食べなくても平気なのだが、ときどきおいしいとか辛いとか言うのだから、味覚の機能もあるようだ。
「お待たせしました」
ブラウスにカーディガン、フレアスカートの恰好は、まさにモデルのような恰好だった。
今回は、アラン・スコッティとその妻イザベルという偽造パスポートだった。
職業は冒険者となっている。
二人は無事に入国手続きを済ませ、ジャポニカの地を踏んだ。
「さて、座標はどっちかな?」
「ここから西へ600km行ったアマノミヤという村のようです」
「600kmか、レディホークなら10分だが、ここで飛ばすわけにもいかないな」
「リニアカーという乗り物で2時間くらいみたいです」
アルテミスはすでにジャポニカのネットワークに侵入していた。もと工作員としてはとても重宝している。いちいち調べなくても大量の情報を瞬時に得ることができる。
「じゃあ、そのリニアカーに乗って近くまで行こう。今日はホテルにでも宿泊して、明日座標の位置を確認しようか」
「わかりました。ホテルはスイートルームを予約しました」
「仕事が早いな」
「ありがとうございます」
そういうとアルテミスは、歩きながら腕を絡めてきた。これがアンドロイドなどとは誰も気が付かないだろう。
リニアカーは15両のトレインのような乗り物だった。動き始めてもほとんど揺れを感じない。
「この機関はどんなしくみなんだ?」
「電磁力で動いているようです」
「電磁力?」
「磁石が反発する力を利用して進むということですね」
「おもしろいなあ」
「そういえば、気が付きました?このジャポニカの人たちは、レオンと同じ黒目、黒髪ですよ」
言われて周りをみると、ほとんどがそうだった。
「レオンにも古代人の血が流れているかもしれませんね」
「古代人って何だ?」
「真偽のほどはわかりませんけど、ずっと昔このテラに別の惑星からきた集団が降り立ったのがジャポニカで、その子孫たちがテラの各地に散らばったという説です」
「どこの惑星から来たんだろう?」
「さあそこまではわかりません。宇宙が誕生して60億年くらい経っていますから、いつの時代かそんなことがあったのかもしれませんね」
ほぼ2時間で、アマノミヤに近いナノツという終着駅に到着すると、近辺にあった高級ホテルにチェックインした。
「スコッティご夫妻ですね。お待ちしていました」
ホテルの受付で、接待用のアンドロイドがぎこちない言葉で案内してくれた。このロボットは手足の動きもぎこちなかった。他のアンドロイドからみてもアルテミスは人間にみえるようだ。
「近くに夜景が見えるようなレストランがあるかい?ディナーを予約したいのだが・・・」
接待用のアンドロイドは、
「お任せください。後ほどご連絡いたします」
と返答すると、荷物を持って部屋まで案内してくれた。
スイートルームはホテルの最上階にあって、景色が一望できた。ちょうど恒星が地平線に沈むところで、空が茜色に染まっていた。
「うわあ、きれい!」
とアルテミスが窓に近寄って景色を眺めていた。
レオンはアルテミスに近寄って、
「きみはとてもアンドロイドには思えない。妙な気分になりそうだ」
「いいんですよ、私を抱いても。そうした機能もちゃんとありますから。でも子どもは産めませんけど・・・」
アルテミスはレオンに軽く口づけをした。レオンは少し照れながら、
「さあ、食事に行こう」
と腕を取った。
受付のアンドロイドが予約してくれたのは、夜景がみえるレストランではなく、川沿いのジャポニカ料理の店だった。アンドロイドは夜景の店が予約できずに恐縮していたが、夜景は部屋からみえるから大丈夫だと答えておいた。
ジャポニカ料理の店は、この地域の郷土料理を出す店で、個室に案内された。生の魚や鍋に入った肉など、宇宙では食べたことないものばかりだった。
「おいしかったわ。艦内での食事も少しアレンジしてみようかしら」
不思議な感じだった。こうしているとマリア・オーランドといるような気がしていた。
そのとき、隣の部屋から
「助けて!」
という叫び声が聞こえ、ひとりの女性がこちらの部屋に飛び込んできた。
その後ろから派手なシャツを着た柄の悪そうな男が二人入ってきて、女性を連れ出そうとした。
女性は、レオンに助けてほしいという目を向けた。
レオンは男たちに向かって、
「彼女、嫌がっているぜ」
「なんだと!お前には関係ないだろ!それとも代わりにそっちの美人の姉ちゃんが相手をしてくれるかい?」
アルテミスは、男たちにあかんべーをしながら、
「私も嫌よ。私は旦那様一筋だから」
「こいつ!」
男の一人がアルテミスにつかみかかった。それを見たレオンが防ごうとしたとき、それより早くアルテミスが男の腕をつかんでねじ伏せていた。
「私が欲しければ、私より強い男じゃないとね」
とアルテミスはニコッとした。
もう一人の男が、銃を取り出した。それを見たレオンはその男の首筋に手刀を喰らわせた。男は昏倒した。レオンは銃を拾い上げると弾倉を引き抜いて放り投げた。
「ありがとうございました」
聞くと、この店の女将さんだった。料理を提供しに行ったら、酒をつげと言われ、しかたなくつごうとするといきなり襲われたらしい。
「あのー、こいつらはヤクザなんです。食事の料金はいりませんから、早くお逃げください」
「やくざ?」
とレオンが尋ねると、アルテミスが、
「マフィアみたいなものです」
と解説した。
「なるほど、この男たちの組織はどこにあるのですか?」
と尋ねると、女将さんは
「川の向こうの大きなビルがヤクザの事務所になっています」
レオンは、男たちを縛り上げてから意識を戻させて、事務所に案内しろと言った。
「危ないことはおやめください」
と女将さんが止めたが、
「このままでは、また同じことをやりかねないので、懲らしめてきます。もちろん、殺したりはしませんから」
そう言うレオンを見てアルテミスは、レオンが本気になったら皆殺しにするかもと思い、そのヤクザに同情した。
川向うのビル全体がそのヤクザの事務所だった。
レオンとアルテミスは、事務所の入り口を開けると、先ほどの縛り上げた男たち二人を放り込んだ。
「なんだ!」
「どこのどいつだ!」
入り口から数人の男が飛び出してきた。
「責任者は?」
とレオンが尋ねると、
「何だ?夫婦でカチコミか?」
そう言うと、いきなりレオンに向かって、二人の男が殴りかかってきた。
その男たちの腕をつかみ、ふたりとも5mほど投げ飛ばした。特殊工作員に敵うはずがない。レオンは、殴ったり蹴ったりよりは、相手の力を利用して地面に叩きつける武術を得意としていた。この技は自分の力をほとんど使わないので、長時間戦闘するのに適していた。
さらに突っかかってきた男たちも、腕をつかみ地面に転がした。
一人の男がアルテミスに殴りかかったが、彼女は鳩尾に強烈なパンチを浴びせ、その男はうずくまった。
そこへ貫禄のある男が出てきた。
「何事だ!」
「親分、こいつらがカチコミに・・・」
レオンは親分と呼ばれた男に向かって、
「そこに縛って転がっているあんたの部下が、夫婦水入らずの食事を邪魔したので、お礼を言いに来ただけだ」
と、レオンが言った。
見ると、すでに6人の男が地面に転がっていた。
そのとき、親分と呼ばれた男の後ろにいた若い男が、銃を取り出しレオンを撃とうとした。それを見たレオンは、素早くビーム銃を抜いてそいつの手首を撃ち抜いた。
「やめろ!」
親分はレオンのビーム銃を見て、これはやばいと感じた。ジャポニカは銃の規制が厳しく、特にビーム銃は宇宙での対人戦に使われるもので、ここいらでは手に入れることはできない。そしてビーム銃はこのビルでさえ吹き飛ばす威力がある。敵う相手じゃない。
「すまない。部下のしつけがなっていなかった。あんたの食事の邪魔をしたことは詫びる。だが若いもんがこうやって転がされているので、この辺で手を打ってくれないか」
「物分かりのいい親分だ。向こう岸の料理屋で悪さをするなと教育してくれ」
翌朝、ホテルのスイートルームのベッドでレオンは目を覚ました。まだ早い時間だ。
昨日は久しぶりの対人戦で、少し興奮していたのかもしれない。昨晩はアルテミスに添い寝をしてもらった。一糸まとわぬ彼女の美しいプロポーションに、思わず抱きたい衝動にかられてしまいそうになった。
レオンが目を覚ますと、アルテミスも目を開けた。そして恥ずかしそうに掛け布団を胸まで引き上げた。
「アルテミスも眠るのか?」
「眠りはしません。でもあなたを起こさないようにずっと目をつむっていました」
「さあ、今日は座標のアマノミヤのところまで、探検だ。その前に朝食を食べたいな」
「着替えてきますね」
レオンもTシャツにスラックス、ジャケットという身軽な恰好に着替えた。
アルテミスは、化粧をしてTシャツにジーンズという恰好をして出てきた。すらりと伸びた脚が見事だ。
二人はホテルの朝食を食べに、ホテルの中のレストランに連れだって向かった。
レストランは眺望がよく、静かな音楽が流れていた。朝食は軽いもので、ちょうどいい量だった。食後のコーヒーがおいしかった。
「BGMが流れているのはいいですね。艦内でも試してみましょう」
そのとき、給仕をしていたロボットが、
「スコッティ夫妻に、お客様がロビーに来られています。お会いになりますか?」
お客様?きのうのヤクザかな?とりあえず会ってみるか。
二人は腕を組んで、ロビー階まで降りて行った。
そこには、昨晩のジャポニカ料理店の女将さんがいた。
「昨晩は、危ないところを助けていただきありがとうございました。一言お礼をと思い伺いました」 「いえいえ、大したことはないですよ」
「あれから、ヤクザの親分が詫びにきました。そしてうちの敷居は二度と跨がせないと約束してくれました。ふだんから粗野で乱暴な人たちでしたので、困っていたんです。ありがとうございました」
「それはよかった」
「わずかばかりですがお礼を・・・」
女将さんは風呂敷に包んだ札束を渡そうとしたが、レオンは断った。
お金ならその辺の大富豪よりも持っている。女将さんは困った顔をしていた。
「それなら、アマノミヤという村のことをご存じないですか?これから行こうと思うのですが、もし何か知っているようなら教えてほしいのですが・・・」
「アマノミヤ・・・天の宮ですね。ここから車で30分くらの辺鄙なところです。観光ですか?でもあそこは入れないと思いますよ」
「なぜ?」
「あそこは、古代の神様を祀っているところです。村人は警戒心が強くて、部外者は立ち入りができません」
「そうなんですね。ありがとうございます。まあ、近くまで行ってみますよ」




