4.特殊工作員
アルテミスによると、ソル星系第3惑星テラまで光速跳躍を使っても1週間ほどかかるとのことだった。
アルテミスは、
「スリープポッドでお眠りになりますか?」
と尋ねてきた。スリープポッドとは冷凍睡眠をする装置だ。眠っている間は歳をとらない。
「いや1週間だ。きみの綺麗な顔を見ながら起きているよ」
「まあ、お上手ですね」
操縦席に足を投げ出すと、レオンの脳裏には5年前のテラの衛星モワでの衝撃的な事件が蘇ってきた。
「レオン!早く行きなさい!あなたはこんなところで立ち止まっていい人じゃない!」
「しかし・・・」
「広大な宇宙で、あなたの助けを求めている人のために、あなたの正義を貫いて。行きなさい!」
そして、レオンの腕の中で、マリア・オーランドは息を引き取った。彼女はアルテミスの設計者であり、優秀な科学者だった。
レオンは10歳の時に両親を目の前で宙賊に殺された。そして、奴隷として売られた。
奴隷商のところへ連邦軍を名乗る2人の男がやってきて、レオンを買った。
「ご両親を殺されて悔しいだろう。我々と一緒に来たまえ。一緒に宙賊を退治しよう」
それからレオンは、厳しい訓練を受けた。レオンを指導したのはガートランドという特殊工作部隊の教官だった。レオンは特殊工作員として育てられた。
鋼のように強靭で柳のようにしなやかな肉体に鍛えられ、格闘技ではレオンの右に出るものはいなかった。
また、武器や爆弾、戦闘艦の操舵などありとあらゆる知識と技術を身に着けさせられた。
15歳になるとNo.6というコードネームを与えられ、宙賊を排除する任務を与えられた。
それから13年間、どんな作戦でも完璧にこなした。そして、出会った宙賊は皆殺しにする冷酷な殺人兵器となった。
今回は宙賊相手ではなく、マリア・オーランドという女性の科学者の護衛という毛色の違う任務だった。
マリア・オーランドは才媛で、連邦軍が極秘に開発していた新型艦の中枢のAIを開発する科学者だった。年齢は31歳でレオンより2つ年上だった。きれいなブロンドの髪と整った顔立ち、見事なプロポーションから、科学者というよりはモデルに間違われることが多かった。
工作員ということがばれないように、サポート技師としてクリストフという偽名で、テラの衛星であるモワの新型艦開発工場に着任していた。
モワには大型都市が3つあり、その1つのバーデンから20kmほど離れた場所にその工場はあった。工場では、研究者や作業員など約80名が新型艦開発のために働いていた。新型艦はEX-009という名前で極秘に建造されていた。
新型艦の設計図を見ると随所に最新の技術が盛り込まれていた。それはレオンにとっても、非常に学ぶことが多かった。シールドの仕組みや陽子エンジンの構造、AIによるシステムの管理など、今後の工作員の活動にも役立つことが多かった。
「クリストフ、あなたは飲み込みが早くて優秀な助手だわ。私の事務所で専属として働く気はない?」
マリア・オーランドは、レオンを高く評価してくれていた。
「ありがとうございます。私はまだまだ駆け出しですので、お役には立たないと思いますよ」
レオンはこういう技術的な仕事は嫌いではなかった。もし自分が工作員でなければ、この申し出を受けたかもしれないと思った。
マリア・オーランドはレオンに向かって、
「今日の仕事はそろそろ終わりにしない?」
「いいですよ」
「今日も家まで送ってくださるの?」
「もちろん、帰る方向は同じですし、あなたに何かあっては困りますからね」
レオンは護衛任務のために都市バーデンにあるマリア・オーランドの自宅のそばのマンションを借りていた。
その帰り道に強盗に出くわした。2人の暴漢が若い女性を襲うところだった。レオンは音もたてずに脱兎のごとく近寄り、一人を殴り倒した。もう一人が銃を取り出したが、しかし特殊工作員のレオンに敵うはずもなく、あっという間に取り押さえられた。
「へえー、クリストフ、あなた強いのねぇ」
マリア・オーランドは感心して言った。
「ちょっと私の家に寄っていかない?」
彼女がレオンに好意を寄せていることは、その態度で分かっていた。
レオンもまたマリア・オーランドを気に入っていた。
しかし、護衛対象に恋愛感情を持つわけにはいかない。
すると、マリア・オーランドが、
「あなた、工作員でしょ?」
「え?」
レオンは驚いて、目を見開いた。バレた?
「最初は新型艦の情報を盗みに来たスパイかと思ったわ。目つきは鋭いし、身のこなしも俊敏だったから。でも情報をいくら開示しても盗む気配はないから、もしかしたら私の護衛に来たのかなと思ったのよ」
マリア・オーランドは、自宅にレオンを招き入れた。
「ちょっと待ってて。いまコーヒーを淹れるわ」
レオンは部屋の中を見渡した。盗聴器のようなものはない。窓やドアもすべて二重ロックになっている。不審なものはなかった。
マリア・オーランドはコーヒーを持ってくると、
「あなたは、とても優秀で何でもできる人だわ。私の護衛なんかより、もっと困っている人を助ける仕事のほうが向いてると思うわよ」
「私はサポート技師ですよ」
「ほんと?」
「どういう意味ですか?」
「サポート技師の割には、私の専門のAIにはあまり詳しくはないわね。その代わり兵器や戦闘艦の知識がやたらと詳しい」
「そうですか…」
「私からみると、あなたは何か生き急いでいるように見えるわ。あなたはまったく本心を見せないから・・・」
マリア・オーランドはコーヒーを一口啜ると、
「あなたが好き。守ってあげたい」
レオンはそんなことを言われたのは初めてだった。そして、彼女が本気で言ってるのが伝わってきた。
レオンは、マリア・オーランドの前では素直になれる気がした。
マリア・オーランドは、レオンにしなだれかかってきた。
レオンはふーっと一息つくと、
「私は10歳のときに両親を目の前で宙賊に殺されました」
と告白した。
マリア・オーランドは頭をあげて、レオンを見つめた。
「そしてたくさんの宙賊を殺してきました」
「復讐がしたいの?」
レオンは黙った。いままで自分の過去を誰かに話したことはない。工作員としては失格だ。
「だめよ。あなたにも幸せになる権利はあるのよ。そんなことをしてもご両親は喜ばないわ」
マリア・オーランドはレオンを抱きしめると、唇を重ねてきた。
レオンもマリア・オーランドを強く抱きしめた。
新型艦の試運転を明後日に控えた夜、研究室にはマリア・オーランドとレオンが最後の調整を行っていた。
その時、研究室のドアが乱暴に開かれて、武装した5人の兵士が雪崩れ込んできた。
「あんたたち、何しにきたの!出ていきなさい!」
マリア・オーランドが叫んだ。レオンは彼女を自分の背に隠した。
5人のうちのリーダー格の男は、
「この工場は我々が制圧した。No.6、お前はここで死んでもらう。特殊部隊のエースも5丁の銃に囲まれては手もでないだろう。その女には新型艦を起動させる」
こいつらには特務工作員であることがばれている。自分ひとりなら逃げることはできるがマリア・オーランドを連れてとなると厳しいかもしれない。
「お前たちは誰だ!」
「このバッチが見えないかい?」
その男が胸につけていたのは、銀河連邦軍第三部隊の徽章だった。
連邦軍が連邦軍の工場を制圧する?何か変だ。
「連邦軍がなぜ?」
とレオンが怒りを押し殺した声を出した。
「この新型艦の秘密を知っているものは排除するようにという上からの指令だ。この新型艦は連邦軍の特殊な任務に就くそうだ。そのため、構造や性能を知っている人間はすべて処分することが決まった。隣の棟にいた技術者さんたちはすでに全員処分してきたところだ。残るのはおまえたちだけだ」
「ふざけるな!」
「No.6、お前は優秀すぎたんだよ。特殊部隊のガートランド大佐は、お前の能力が高すぎていつ裏切るかと心配してたぜ。だから今回処分が決まった。これを見てみろ」
「そんなはずは・・・」
そのリーダー格の男は1枚の紙を投げてよこした。その紙には、この工場の全員の処分とNo.6の抹殺の命令が書かれていた。そして、最後にガートランド大佐のサインがあった。
ガートランド大佐は、特務工作員のイロハを教えてくれた教官だ。鬼のように厳しい訓練だったが、それを乗り越えて特務工作員になった。ガートランド大佐はレオンを高く評価してくれていた。特殊部隊のエースとして、数々の任務を完璧に遂行してきたはずだった。その教官にこんな形で裏切られるなんて・・・
「恨むなら、ガートランド大佐を恨むんだな」
その時、マリア・オーランドが銃を構えて、
「私たちを殺したら、新型艦は動かないわよ」
と叫び、その男に向かって、銃を発射した。弾丸は男の顔をかすめた。
とたん、マリア・オーランドに向かって銃が乱射された。彼女は胸から腹部を真っ赤に染めて倒れた。
「馬鹿もの、殺すな!」
そのスキをついて、レオンは飛び上がり天井のパイプラインをつかんで、両足で2名の兵士の頭を蹴り上げ昏倒させた。そして腰から銃を抜くと残りの3名の頭を撃ち抜いた。さらに昏倒させた2名の頭も撃ち抜いた。
そして、マリア・オーランドに駆け寄ったが彼女はぐったりしていた。
「マリア!」
「クリストフ、あなたの本名は何?」
「レオン・・・いままで騙していてごめんなさい」
「レオン!新型艦に乗りなさい!」
「あなたもいっしょに!」
「無理よ、私は致命傷よ。レオン!早く行きなさい!あなたはこんなところで立ち止まっていい人じゃない!」
「しかし・・・」
「広大な宇宙で、あなたの助けを求めている人のために、あなたの正義を貫いて。行きなさい!あの船には私の魂がこめられているから・・・」
レオンの耳元で、マリア・オーランドはアルテミス起動のパスワードを囁いた。
そして、微笑を浮かべて息を引き取った。
レオンは泣きながら、マリア・オーランドの遺体を抱きしめ、それから宇宙葬用の棺桶に納めると、近くの丘に安置した。
それから新型艦に向かって走った。工作員になってから一度も感情を表に出したことはない。しかし、いまは激情がこみあげていた。組織に裏切られた怒り、マリア・オーランドを失った悲しみ、それらで自分を抑えきれなくなっていた。
新型艦に着くとハッチを開け中に入った。通路は薄暗く、ぶつかりそうだった。艦橋に到着すると、そこには1体のAIアンドロイドが待ち受けていた。そのアンドロイドが振り向くと、マリア・オーランドに生き写しだった。
「マリア!」
「私はアルテミスです。起動のパスワードをお願いします」
その表情、その声はアンドロイドではなく、生きた人間のものだった。
「マリア!」
「起動のパスワードをお願いします」
レオンはかすれた声でつぶやいた。
「『あなたを愛してる』」
マリア・オーランドの気持ちが伝わるパスワードだった。オレだって・・・
「パスワードを確認しました。クラリス・ルナ、起動します」
艦橋の照明が明るくなった。新型艦全体が静かな振動音を立てた。
レオンはアルテミスを抱きしめて泣いた。
「泣かなくていいですよ。これからは私、アルテミスがあなたを守ります」




