16.潜入 その1
レオンは、カトリーヌ皇女の健康状態がある程度回復したことを確認すると、当初の目的の麻薬組織の壊滅を図るため、惑星アポスでの情報収集を行うことを決めた。
翌日、レオンはアポスに単独で潜入した。アルテミスにはカトリーヌ皇女の護衛を依頼してある。
クラリス・ルナから高速戦闘機のレディホークに乗り、約6時間かけて惑星アポスに到着し、帝都から離れた場所にひっそりと着陸した。もちろん不法侵入である。
レディホークから降りたレオンは、目立たないように、服装は黒の上下の作業服を着て、フード付きのグレーのマントを羽織り、フードで顔を隠した。
それから運送用のトラック型のエアカーも潜り込み、帝都の中心部を目指した。
アポスの帝都は一見華やかで、空には自家用のエアカーが飛び交っていた。高層のビルが立ち並び、窓ガラスに恒星の夕日が反射して、キラキラしていた。
レオンは、ショッピングモールがあるビルの裏に回った。裏通りは薄暗く、浮浪者のような人間を何人も見かけた。彼らにも縄張りがあるのか、レオンを胡散臭い視線でけん制してきた。レオンは実包のリボルバーを腰に下げていた。この銃をいつでも抜けるようにしながら、裏通りをさらに歩いた。
見つけた。麻薬の売人だ。スーツを着込んでネクタイを締めたサラリーマン風の男だった。すぐ横にいるみすぼらしい男から金を受け取り、麻薬を渡している。
レオンはみすぼらしい男がそそくさと立ち去ると、売人に近づいた。売人は警戒していた。
「何か用か?」
売人は探るような目つきをした。
「薬を売りたい」
「何のことだ?」
売人はとぼけた。
「天国に行く階段だ」
とレオンが言った。カシオペア星系の辺境で聞き出した売人の合言葉だ。
売人の表情が緩んだ。
「なあんだ、兄弟かい。どのくらいあるんだ」
「1㎏はある」
そういうと、レオンは紙に包んだ1gくらいの麻薬を渡した。レアメタルの運搬船から奪った中にあったものだ。売人はちょっとなめて頷いた。本物かどうかを確認したようだ。
「そりゃ、多いな。オレじゃ無理だ。付いて来い」
売人は、裏通りをスタスタ歩き出した。レオンはその後ろをついて行った。
しばらく歩くと、雑居ビルの地下に降りる階段があった。そこを降りて、扉を開けると少し広めのバーがあった。店内は薄暗く、客が7,8人酒を飲みながら談笑していた。店内を横切ると奥にまた扉があった。
売人が奥の机に偉そうに座っている男に声をかけた。
「ダニエルのアニキ、薬を売りたいという奴を連れてきた」
「知らない奴をここへ通すな、ボケ!」
そう言うと、ダニエルと呼ばれた男が顔を上げ、いきなりビーム銃をレオンに向けて構えた。
「フードをあげて顔を見せろ!銃をこの机の上に置け!」
レオンは言われた通りにした。レオンの顔は、アルテミスによる特殊メイクで、左の頬に大きな傷跡を施してあった、それを見てダニエルがひるんだ。
「警察じゃなさそうだな」
さらにレオンのリボルバーを見て驚いていた。
「こんな旧式の銃は久しぶりに見たな」
「オレの大切な相棒だ。後で必ず返してくれ」
ダニエルはふんと鼻で笑い、薬を見せろと言った。レオンは肩にかけていたバッグから、1㎏の麻薬を取り出した。
「いくらで買う?」
ダニエルは麻薬を確かめると、
「100万クレジットだな」
アルテミスから相場を聞いていた。150万から200万クレジットになるはずだ。レオンは麻薬をダニエルからもぎ取ると、
「この話はなかったことにしよう」
とレオンは言い放ち、立ち去ろうとした。
「待て。120万クレジットでどうだ?」
レオンは、麻薬をふたたびダニエルに放り投げると、
「いいだろう。ただし現金でくれ」
ダニエルが机の後ろにあった大きな金庫から現金を取り出し、机の上に置いた。レオンはそれをバッグにねじ込んだ。
ダニエルはニヤリと笑い、
「ダニエルだ」
と握手を求めてきた。
レオンは偽名で応えた。
「アランだ」
「これからも、薬が手に入ったらよろしく頼む」
それから、レオンがリボルバーを腰にしまいそこを出ようとした時、ダニエルが声をかけてきた。
「隣は俺の店だ。せっかくだから一杯ひっかけて行けよ。俺のおごりだ」
「わかった。せっかくだからお言葉に甘えて、一杯いただこう」
レオンは、カウンターに腰かけてウィスキーの水割りを注文した。
バーテンは無愛想に水割りを差し出した。
回りを見回すと、脛に傷がありそうな奴ばかりだ。おそらくダニエルの子飼いだろう。
そこへ若い女が声をかけてきた。スタイルがよく、胸元が大きく開いたワンピースを着ていた。
「隣に座っても?」
レオンは軽く頷いた。
「ありがとう。私はマリー。ついでに一杯おごってくださらない?」
「アランだ。どうぞ」
「マティーニを」
マリーはバーテンダーに注文すると、バッグからタバコを取り出すと口にくわえた。レオンはコートのポケットからライターを取り出し、火をつけてやった。
レオンはマリーを観察した。派手な格好をしているが、所作には崩れたところはない。水商売ではないだろう。どちらかと言えば固い職業、公務員とかなんだろう。脚を見ると内側が膨らんでいる。小型の銃かナイフが仕込んでありそうだ。警察か軍かもしれない。下手くそな潜入だ。
レオンは特殊工作員時代に何度もマフィアや麻薬組織に潜入捜査をしていた。
マリーはレオンに小声で話しかけた。
「ねぇ、奥の部屋から出てきたみたいだけど、奥には何があるの?」
「何にもないよ。奥は倉庫だ」
「でも、二人で入ったでしょ?」
「よく見てたな。あいつは空いた酒瓶を転がして遊んでるよ」
その時、バーテンダーが店内の男に目配せをした。
「噓でしょ。ねぇ、何があるか教えて」
男が二人近づいてきて、マリーの腕をつかんだ。
「何をするの!」
そのうちの一人がドスの聞いた声で、
「こそこそ嗅ぎまわって、何を企んでいる」
レオンはその男の腕をつかみ捻り上げた。
「痛!」
そのまま男を突き飛ばした。机にぶつかって大きな音を立てた。回りの男たちの視線が一斉にこちらに向けられた。
「いまこの女はオレのものだ。邪魔するな」
もう一人が銃を抜こうとしたが、レオンのリボルバーのほうが早かった。レオンは銃口をそいつの頭に押し付けた。
こういう奴等は自分より腕が立つと思えば、うかつに襲い掛かってはこない。
そこへダニエルが何事かと奥の部屋から現れた。レオンは手をあげ、気にするなと合図をした。
ダニエルは肩をすくめ、奥の部屋に戻っていった。
レオンは、カウンターに10万クレジットを置いた。そしてバーテンに、
「迷惑をかけた」
と言うと、マリーの腕をつかんでいっしょに店を出た。
店を出て裏通りを歩くと、マリーはレオンに腕を絡めてきた。
「ありがとう、助かったわ」
「下手くそな潜入捜査だな。もしかして、おまわりさんかい?」
「ばれちゃしょうがないわね。麻薬捜査官よ」
「オレを捕まえる?」
「いいえ、いまのところは。少なくともあいつらの仲間ではないことは確かね。でも犯罪に関与していたら捕まえるわ」
「おっかねえな」
「あの店は以前から麻薬の取引の疑いがあるの」
「それにしては危ないことを」
「近くにいい店があるの。飲みなおしましょ。私がおごるわ」
マリーは5分ほど歩いて、カウンターだけの小さなバーに入った。
二人は腰かけるとシェリー酒で乾杯した。
「あなたは何者?」
「しがない船の船長さ」
「まさかあ?たぶん同業ね。そういえば、まだ名前をうかがっていなかったわ」
レオンは頬の特殊メイクをはがしながら名乗った。
「キャプテン・ジョーカーだ」
マリーは吹き出した。
「伝説の死神がこんなところにいるわけないじゃない。でもいいわ、ねぇ、Mr.ジョーカー、あの奥の部屋で何があったの?」
「オレも情報交換がしたい。だが、その前に、マリーは第1皇子派?それとも第2皇子派?」
「おかしなことを聞くのね。私はどちらでもないわ。強いて言えば私は第6皇女カトリーヌ派よ」
「ほう」
「これはまだ公開されていないけど、カトリーヌ皇女はいま行方不明なの。麻薬組織に連れ去られたという情報もあるわ。だからいま必死で捜査しているの。助けてあげたいの」
「そんな情報をオレに話しても大丈夫なのか?」
「あなたは私の命の恩人だから。あのままあの店で捕まっていたら、間違いなく麻薬漬けにされていたわ」
「これはまだ公開されていないけど、カトリーヌ皇女は無事だよ」
「え⁉」
「キャプテン・ジョーカーが救出して保護してる」
マリーは大きき目を見開いた。
「それ本当の話?」
「本当の話だよ」
「あなた誰?」
「キャプテン・ジョーカーだよ」
「本当に、本物なのね」
マリーはそう言いながら、みるみるうちに涙がこぼれてきた。
「カトリーヌさまはご無事なのね。良かった!」
安心したのだろう。マリーはいきなり泣きだした。レオンはゆっくり背中をさすってやった。
マリーは、泣き止むとレオンを見て、
「そう言えば、あなたも指名手配だったわね」
「捕まえる?」
「カトリーヌ皇女を救出してくれたことに免除して、いまは捕まえないわ」




