15.静養
カトリーヌ皇女が語ったのは、アポス帝国の皇帝が高齢になったため、後継者の選定が始まっていた。次期皇帝として有力なのは、第1皇子のルドルフと第2皇子のギルバードだった。第3から第6は皇女で、カトリーヌ皇女は末子だった。
第1皇子のルドルフは頭が切れるタイプで、すでに宰相の地位にあったが、法律や税金に聡く、国民に厳しい法律と重い税金をかけていた。一方第2皇子のギルバードは武術を得意とし、国防軍の総司令官の地位にあった。宙賊を退治したり、治安を維持したりと帝国民からは人気があった。
第3から第5皇女までは、第1皇子のルドルフ側についていた。金銭的に皇室が潤うことが彼女たちの目的だった。一方第6皇女のカトリーヌは、第2皇子のギルバードを支持していた。彼のほうが帝国民を公平に扱うだろうと思ったからだ。
「私を攫い、麻薬漬けにしたのは、おそらく第1皇子のルドルフの息のかかったものたちです。ギルバードお兄様を孤立させるのが目的だと思われます」
「どのように攫われたのですか?」
「私が城を辞して、自宅に帰る車に乗り込むと、運転手も護衛も入れ替わっていて、そのまま連れ去られました。その後の記憶は定かではありませんが、暗い部屋に閉じ込められて毎日注射を打たれました。そして気が付くとあなたが目の前にいたのです」
「事情はわかりました。皇女様はまず、体調の回復を最優先に考えてください。このケアスでしばらく療養しましょう。その間にアポス帝国のことは調べておきます」
レオンはそう言うと、別荘の内部を調べた。
扉は木製で金属の鍵、窓も留め金、明かりは紐を引くタイプだった。これでは泥棒に入ってくれと言わんばかりのセキュリティだ。しかし立て直すわけにもいかない。
レオンは、まず家の外壁に簡易のシールドを張った。これで不審者の侵入は防げるが、ミサイルでも撃ち込まれればひとたまりもない。しばらくは、親子のふりをしてばれないようにするしかないな。
レオンは、クラリス・ルナから必要な機材と通信設備をエアカーに乗せて運んできた。そして、アポス帝国の動向をアルテミスに調べてもらった。その結果、後継者の指名は来月の帝国会議で皇帝自らが行うということが公表されていた。このアポスは民主主義ではなく、専制君主主義なので皇帝が選んだものが次期皇帝となる。レオンにとっては誰が皇帝になろうが、知ったことではない。
もともとアポスの麻薬組織をつぶすためにここにやってきたのだ。しかし、その麻薬組織が皇室とつながりがあるとやっかいだなと思った。
しばらく滞在するには、食料を調達する必要がある。
クラリス・ルナから持ってきたエアカーは、最高速度は時速500kmで、普通のエアカーの2倍のスピードが出る。また、防弾仕様になっていて、ビーム銃でも貫通することはない。
「アルテミス、食料の買い出しに行こう。皇女さまも御一緒に」
「親子のふりをするんでしょ。ふだんはカリンでいいです。私はおふたりをパパ、ママと呼びますから」
「了解です。では出かけましょう」
エアカーで20分くらいの場所に市場があった。
昼前だったが、意外に混雑していた。
新鮮な肉や野菜、鮮魚が並んでいた。
「クラリス・ルナの加工食とは違って、うまそうだな」
アルテミスは不安そうに、
「でも、こんな食材を調理したことないわ」
「おれが教えるから大丈夫だよ」
レオンはそう答えた。
皇女さまはそれらの食材を珍しそうにみていた。
「ふだん食べていたものじゃないの?」
「いえ、食べていたものだとは思うんだけど、調理される前の食材は初めて見るから」
「まあ、そうかもしれないな。お城じゃ毒見もされて、食べるころには料理は冷めてるだろうし・・・」
「温かいものなんかほとんど食べたことないわ」
「よし、今日はパパがおいしい鍋料理を作ってやるよ」
ケアスの別荘に着いて1週間が経った。
カトリーヌ皇女は、日に日に回復していた。禁断症状も治まり、アルテミスと庭でボールを投げたり、湖で小舟を漕いだりと運動もできるようになっていた。
カトリーヌ皇女にとっては、城での生活とはまるで違う自由な生活を満喫しているようだった。
釣りをして生きた魚を見るのも初めて、バーベキューをして熱々の食事をするのも初めてといった具合だ。
そして、パパ、ママと呼んでくれるので、まるで家族のように生活していた。
カトリーヌ皇女と相談をして、皇女が無事であることを第2皇子のギルバードに伝えようということになった。おそらく行方不明のままになっていて、心配しているはずだ。
そこで深夜、レオンとアルテミスはカトリーヌ皇女を連れて、クラリス・ルナに戻った。
クラリス・ルナの装置を使って、惑星アポスにいるギルバード皇子に連絡を取るためだ。
アルテミスに、正規ルートを通さずにギルバード皇子の寝室のモニターに直接つないでもらった。
ギルバード皇子は、ちょうどベッドに入ったところだった。
眠ろうとした時に、寝室のモニターが勝手に作動した。
レオンは髑髏の仮面をつけて、
「ギルバード殿下、突然失礼いたします。私はキャプテン・ジョーカー。いまカトリーヌ皇女をお預かりしています」
ギルバード皇子はベッドから飛び起きた。ギルバード皇子は国防軍の総司令官だ。キャプテン・ジョーカーという宙賊の名は聞き知っていた。
「キャプテン・ジョーカー、きさま、カトリーヌに何をした」
ギルバード皇子が画面越しのレオンを睨みつけた。
そこにカトリーヌ皇女が画面に現れた。
「ギルバードお兄様、キャプテン・ジョーカーは私を助けてくれました」
「カトリーヌ、何があった?」
「城から帰るところを攫われて、気が付いたら麻薬を打たれていました。それから密輸船に乗せられて、どこかに連れていかれるところをキャプテン・ジョーカーに助けてもらったのです。いまこの通り体調ももとに戻り、無事に暮らしています。キャプテン・ジョーカーのおかげです」
「いまどこにいる?」
「それは言えません。キャプテン・ジョーカーに迷惑がかかります」
ここでレオンはギルバード皇子に尋ねた。
「殿下は麻薬の取引がアポスで行われていることはご存じですか?」
「ああ、知っている。先日も密輸船を拿捕したところだ」
「殿下自身は麻薬に関係していないと?」
「当たり前だ。麻薬は帝国民を堕落させ、帝国を衰退させる。そのようなものは排除する」
「麻薬について、ルドルフ第1皇子が関わっている可能性は?」
「さすがにそれはないと思う。次期皇帝になるかもしれないものが麻薬に手を出すことはあるまい」
「わかりました。とりあえず、オレはアポスの麻薬組織をつぶすことを宣言しておきます」
「しかし、キャプテン・ジョーカー、きみは連邦警察から指名手配されているはず・・・」
「オレの心配は無用です。邪魔さえしなければ結構です」
「しかし、きさまを私が捕まえるかもしれないぞ」
「その時は、きちんと応戦させていただきます」
その言葉に、ギルバード皇子はぞくっとした。こいつは敵に回してはいけないと直感が囁いていた。
「カトリーヌ皇女をお返ししたいのですが・・・」
「いや、もう少し保護してもらえないか。いま後継者争いで皇室はピリピリしている。いま戻ってきても守ってやれないかもしれない」
「わかりました。では後継者指名が行われる来月までお預かりしましょう」
「カトリーヌ、本当に無事でよかった」
カトリーヌ皇女は、
「お兄様も無理をしないように」
「ルドルフが皇帝になっても構わないのだが、いまの宰相の仕事ぶりを見ていると、帝国民がかわいそうだ。私ならもっと住みやすい帝国を作りたい」
ギルバード皇子との会談が終わるとカトリーヌ皇女は泣いていた。
宙賊に攫われていた時の事を思い出したのかもしれない。アルテミスがそばで背中をさすっていた。




