12.辺境 その2
その夜、領主ガイルの館でもてなしの晩餐が行われた。
アルテミスは上座に座らされた。レオンもその横に座った。
部屋の中には松明が灯されていた。電気がないのだから仕方ない。
料理は、熊や鹿などの肉料理だった。
皿は木製か鉄製で、陶器のようなものはなかった。
ナイフやフォーク、スプーンといったものもなく、皆、手づかみで食べていた。
アルテミスは、その様子にちょっと驚いてレオンを見た。
すると、レオンはもう手づかみでむしゃむしゃ食べていた。
素朴な味だったが美味しかった。
「郷に入っては郷に従えだよ。手づかみも悪くないよ」
「わかるけど・・・」
もともとアルテミスはアンドロイドだから、食事をしてそれをエネルギーに変換することはできるが、
何も食べなくてもクラリス・ルナで充電すればそれで済む。
でも住民の手前何も食べないわけにもいかない。
アルテミスが手づかみで、恐るおそる肉にかぶりつく仕草を見て、レオンは吹き出しそうになった。
その晩餐の席で、領主ガイルから面白い話を聞いた。
「神聖なるラビオス山に異変が起きると、女神が現れて街を救う」
という言い伝えだった。
市民が困っていたところに異国見たこともない服装のアルテミスが現れ、巨大熊を倒したのだから、女神と思われたのだろう。アルテミスとレオンは何かできるならお手伝いをするつもりでいた。
領主ガイルは、
「女神アテナ様、一週間後、ラビオス山の神々に貢物を届ける日になります。できればご一緒していただきたいのですが・・・」
「いいですよ」
と、アルテミスは答えた。
翌朝、アルテミスが鍛冶屋に行きたいと言い出したので、レオンもいっしょに同行した。
鍛冶屋に着くと、古ぼけていまにもつぶれそうな店だった。
「女神さま、いらっしゃいませ。うちは鍋や皿を作っていて、女神様にお売りするようなものはおいてませんよ」
と店主が言った。鉄製の鍋や皿は一度手に入れるとなかなか壊れないので、商売も厳しいようだ。
「今日はこんなものを作ってほしくて、参りました」
店の主人にアルテミスは図面のようなもの書いた紙を見せて製作を注文した。
レオンが覗き込むと、それはナイフとフォークとスプーンの絵だった。
やはり手づかみが気になるらしい。
2時間くらいすると、主人がナイフなどを製作してきた。
「このスプーンは真ん中をもう少しへこませてちょうだい」
主人はおそらく何に使うかわかっていないのだろう。
レオンは、これは食事のときに料理を食べるときに手の代わりに使うものだと説明したが、主人は手づかみのほうが食べやすいのにと言って首をかしげていた。
「とりあえず、10セット作ってもらったわ。私とレオンの分と、あとは宿屋のおかみさんに渡しましょう。さらに10セットを領主のガイル様に届けるように頼んでおいたわ」
アルテミスは手づかみの晩餐がよほど嫌だったのかな。
宿屋に戻ると、おかみさんのエリーヌに向かって、アルテミスは、
「これを差し上げますわ」
と持っていたフォークやスプーンを手渡した。
「アテナさま、これは何ですか?」
エリーヌは不思議そうにそのフォークの形状を見つめた。
「これはお肉やお野菜を突き刺して食べる道具よ。こうやって食べれば手が汚れないでしょ」
「いいですね」
エリーヌは試しに、台所へ行き、にんじんに突き刺して食べてみた。
「食べやすいですね。これはいいわ」
レオンは女性の方が実利的だと思った。何事も新しいことは受け入れるまで時間がかかる。先ほどの鍛冶屋の店主もおそらく女神様のきまぐれぐらいに思ったんだろう。
しかし、エリーヌが吹聴したせいもあり、近所の主婦たちがこぞって鍛冶屋に押しかけて、エリーヌと同じものを作ってくれるように頼んだ。
おかげでナイフやフォーク、スプーンが瞬く間に広まった。
鍛冶屋はアルテミスにお礼を言いに来た。
「おかげ様で、商売繁盛になりました。女神様のおかげです」
そういうと、果物を差し出してお辞儀をして帰っていった。
ふふふ、アルテミスは笑った。
「この星の文化に少しだけお役に立ててうれしいわ」
「よかったな、女神様」
とレオンはアルテミスの頭を撫でた。
「レオンも何か住民に教えてあげたらいいのに」
「そうだなあ。手始めに弓矢でも教えるかな。先日の武器屋になかったから、遠方からの武器は役に立つはずだ」
レオンは武器屋へ行き、弓を作ってくれるように頼んだ。
作り方を説明すると、武器屋は一晩で5張を製作した。弦は麻を撚って作ってもらった。
5張はそれぞれ大きさが違った。1つは短弓程度の長さのものもあった。
矢は50本ほど製作してもらった。これも長さがばらばらだったが、仕方がない。
武器屋は気を利かせて矢を入れる弓袋も5袋用意していた。
レオンはそれを持ってアルテミスとともに領主ガイルのもとを訪れた。
「女神アテナ様、いらっしゃいませ」
「ガイルさま、こんにちわ」
「先日のフォークでしたっけ、なかなか具合がよくて、毎食使っております」
「お役に立ててよかったわ」
「今日は何を?」
「先日、貢物を届けるのに狂暴な動物が現れると聞いて、弓をお持ちしました」
「弓?」
領主ガイルは見たこともない武器を不思議そうに見た。
「どなたか兵士のかたはいらっしゃますか?レオンが・・・いえ、従者のジャンが使い方を教えます」
ガイルは、下僕に、
「ゼンダとリンガを呼んで来い」
ガイルとレオンたちは館の裏庭に移動した。そこは、広場のようになっていた。
「ここは兵士たちの訓練場です」
そこへ二人の兵士がやってきた。そのほかにも領主の館に詰めていた兵士も数人やってきた。
ゼンダと呼ばれた男は、筋肉をむき出しにした屈強な大男だった。レオンよりも一回り大きい。
「ゼンダは兵士の隊長をやっています。力では誰にも負けません」
レオンは握手をした。握り返してきた握力がなかなかのものだ。
「こちらはリンガ。女性ですが敏捷さは兵士の中でも一番です」
リンガは華奢な体つきをしていたが、確かにすばしっこい印象を受けた。
レオンは一番大きな弓を取ると、矢を合わせ引き絞った。
広場の奥にある一本の木に狙いを定めた。距離は30mくらいだろうか。
試射はしていないが、この距離でしかも動かない的だ。まあ当てるだけなら何とかなるだろ。
ビューンと矢が飛び、木に突き刺さった。
見ていた兵士たちから思わず、おおっという歓声が上がった。
レオンはゼンダに弓と矢を渡した。それから、構え方や狙い方などを教えた。
ゼンダが矢を放った。レオンと同じ木の根元に突き刺さった。いいセンスをしている。
「もっと練習をすればうまくなる」
レオンはゼンダにそう声をかけた。
次にリンガには一番小さい短弓を渡した。女性は大きな弓を引くには力が足りない。
「これは小さくて飛距離は短いが、速射ができる」
レオンは矢を3本持つと、先ほどより近い木を狙って、続けざまに3本の矢を放った。
どれも木に命中した。
リンガはレオンの真似をして、3本射た。1本は外れたが2本が命中した。
「なかなか筋がいい」
残った弓を他の兵士たちが奪い合いながら、さっそく弓の練習を始めた。
ゼンダが近寄ってきて、
「これなら遠くの獣を倒すことができます。ありがとうございます」
と頭を下げた。
レオンは、
「宿代をタダにしてもらっているから、これくらいはね」
と照れながら答えた。
こうして1週間、レオンとアルテミスはゆっくりとした休養になった。
昼は市場に出て、新しい知識や技術を住民に教えたりして住民と打ち解けた。
夜は、アルテミスの部屋の大きなベッドで二人抱き合って眠った。
そのころには、この星の布を巻いた服装を着ても様になっていた。
アルテミスは、色の違う布を縫い合わせて、おしゃれに着こなしていた。
すると、住民の女性たちが真似をするようになった。
「ファッションリーダーだな」
「いいんじゃない。個性が出て」
そういうレオンも従者らしくと言いながら、他の住人が着ないような黒い布を巻いたりしていた。




