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四天王の中で俺だけが社畜。脳筋魔族たちの中間管理職になる ~部下達の知能指数が低すぎて、書類仕事が終わりません~  作者: 木村 蒼空


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第9話 他部署の敗戦処理ほど胃が痛むものはない

 西の防衛拠点、『赤土の砦』。

 海人族との外交交渉からトンボ帰りで空間転移テレポートしてきた俺の目に飛び込んできたのは、半壊した城壁と、阿鼻叫喚の地獄絵図だった。


「痛ぇぇぇ! 腕がぁぁ!」

「誰か! 回復薬ポーションを持ってこい!」


 砦の中庭には、負傷した魔族の兵士たちが所狭しと並べられていた。

 みな、斬撃や光属性魔法による酷い火傷を負っている。

 俺は血の匂いに顔をしかめながら、野戦病院と化した天幕へ足を踏み入れた。


「状況を報告しろ。ヴォルグはどこだ?」


 天幕の中で治療に当たっていた軍医が、青ざめた顔で俺を振り返り、部屋の奥のベッドを指差した。


「ヴェ、ヴェルト様! ヴォルグ様なら、あちらに……」


 俺は軍医が指し示したベッドに近づき、絶句した。

 そこにあったのは、巨大な『黒焦げの炭』だった。

 微かに呼吸に合わせてピクピクと動いているので、ギリギリ生きている生物なのだと判別できるレベルだ。


「……なんだこの特大のバーベキューは」

(マジで言ってるのか? つい先日、意気揚々と四天王に就任したばかりの赤鬼だぞ、これ)


「勇者の持つ『聖剣』の直撃を受けたそうです。凄まじい光の奔流だったと……」

「聖剣、ね」

(なるほど、対魔族特効のSランク武装か。防御力無視で固定ダメージを入れてくるチート武器だな。……にしても、避けろよそれくらい!)


「全治どのくらいだ?」

「魔族の再生力をもってしても、半年……いや、最低でも八ヶ月は集中治療室から出られません。実質的な戦線離脱です」


 俺は天を仰ぎ、深く、深くため息をついた。

 勇者が強いのは仕方ない。だが、司令官が真っ先に突っ込んでワンパンで沈む軍隊がどこにある。


「で、ヴォルグ軍の副官はどこだ。責任者を出せ」

「へい! 俺っす!」


 どたばたと駆け寄ってきたのは、豚の顔をしたオークの副官だった。

 鎧は泥だらけで、完全にパニック状態に陥っている。


「副官。お前の主人がアレだ。代わりに軍を立て直せ。まずは被害状況の把握だ。戦死者、負傷者、行方不明者の数。それから武器や兵糧の損耗率を算出して、至急俺のところに報告書を持っていけ」

「ほ、報告書っすか!? わかりやした!」


 オークの副官は慌てて羊皮紙の束を抱え、奥の机に向かった。

 よし。とりあえずこれで、最低限の事務処理は彼に丸投げできる。俺は俺で、勇者の現在位置の特定と、次の防衛ラインの構築を――


「ヴェルト様ぁぁ! できましたぁ!」

「……早すぎないか?」

(まだ五分も経ってないぞ。いくらなんでも適当すぎるだろ)


 嫌な予感を抱きながら、俺はオークから報告書を受け取った。

 そこには、太い炭の筆で、ダイナミックにこう書かれていた。

『死んだやつ:いっぱい』

『ケガしたやつ:めっちゃいっぱい』

『逃げたやつ:そこそこ』

『ごはん:もうない』


 ピキッ。

 俺のこめかみで、何かが切れる音がした。

「……」

(小学生の絵日記か! いや、絵すらないからそれ以下だ! これでどうやって補給物資の再発注をしろって言うんだ!)


「ど、どうっすか? 俺、頑張って文字書いたっす!」

「……副官。お前、足し算と引き算はできるか?」

「え? 指の数までなら完璧っすよ! ガハハ!」


 ……ダメだ。

 この軍は、終わっている。

 俺は無言で報告書を破り捨て、空中に放り投げた。


「ゴンブ」

「へ、へい! なんでしょうヴェルト様!」

 背後に控えていたゴンブが直立不動になる。

「俺の執務机と、大量の白紙の羊皮紙、インク壺をここに持ってこい」

「えっ、城からですか!?」

「そうだ。今すぐだ」


 俺は眼鏡を外し、目頭を強く揉んだ。

 結局、こうなるのだ。無能に仕事を任せれば、チェックと修正で自分の仕事が倍になる。

 ならば最初から、自分でやった方が早い。

 典型的な「仕事を抱え込む中間管理職の罠」にハマっている自覚はあるが、背に腹は代えられない。


「《解析眼アナライズ》・《魔力探知ソナー》・《並列思考マルチタスク》……フル起動」


 俺は魔力を空間全体に広げた。

 砦内にいる全兵士の生体反応、備蓄庫の質量、周囲の森に逃げ込んだ敗残兵の位置情報。

 それら膨大なデータを脳内で処理し、自動書記魔法で羊皮紙に猛スピードで書き込んでいく。


「な、なんだあれ……ペンが勝手に三本同時に動いてるぞ……!?」

「ヴェルト様から青いオーラが……! ま、魔人だ……仕事の魔人だ……!」


 周囲の兵士たちがドン引きしているが、知ったことか。

 俺はただ、このクソみたいな赤字決算(敗戦処理)を終わらせて、一秒でも早く寝たいだけなのだ。

 


 数時間後。

 完璧に整理された報告書と、再編成された部隊リストの束が机に積み上がった。

「……終わった」

 俺は背もたれに深く寄りかかり、天井を仰いだ。

 魔力はほとんど消費していないが、精神的疲労が半端ではない。


「お疲れ様っす、ヴェルト様……。コーヒー、淹れましたぜ」

 ゴンブが差し出した(今度は真水で作った)コーヒーを受け取り、一口飲む。

 五臓六腑に染み渡るカフェイン。

 だが、休んでいる暇はない。書類仕事は終わったが、肝心の『勇者』への対処が残っているのだ。


(さて、どうするか。前線のヴォルグ軍は半壊。俺はその後処理と兵站の立て直しで、ここ数日は身動きが取れない。勇者がこのまま進軍してくれば、魔王城まで一直線だ)


 俺が自ら出撃してあのチート聖剣をへし折ってやるのが一番確実なのだが、俺がデスクを離れれば、軍全体の補給ロジスティクスが完全に停止する。

 軍隊は腹が減っては戦えないのだ。


「仕方ない。……『アレ』を使うか」

 俺は、机の端に積んであった別の書類――『地方領主(侯爵・伯爵)からの出兵要請書』を手に取った。

 普段、「俺たちにも人間を狩らせろ」「ヴォルグばかり手柄を立ててズルい」と文句ばかり言ってくる、血の気の多い貴族連中からの手紙だ。


「ゴンブ。近隣の領主たちに伝令を飛ばせ。『勇者討伐の特権をくれてやる』と」


(どうせアイツらじゃ勝てないだろうが、俺が体制を立て直すための『時間稼ぎ』くらいにはなるだろう)


 俺の冷酷な、しかし極めて合理的な指示に、ゴンブは首を傾げながらも元気よく返事をした。


「へい! すぐ手配しやす!」


 こうして、魔界の誇る(頭の悪い)地方領主たちが、勇者パーティの経験値稼ぎの餌食になるための出陣命令が下されたのだった。


 すまない、名もなき領主たち。


 お前たちの犠牲(時間稼ぎ)は、俺の残業時間を減らすために決して無駄にはしない。

(続く)


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