第5話 厄介な敵は「身内」にあり
魔王城の地下深くに設けられた、薄暗い魔導実験室。
俺、ヴェルトはそこで、妖しく光る魔法陣と向き合っていた。
「……よし。条件式、修正完了。《敵対的熱源》を感知した場合、自動的に《追尾炎弾》を三連射。その後、三秒間の冷却を挟んで再スキャン……」
ブォン……。
魔法陣の上に浮かぶ小さな泥人形が、俺の言葉に合わせてキビキビと動き、仮想敵の標的を正確に撃ち抜いた。
「完璧だ」
俺は満足げに頷いた。
これは、俺が開発中の『自動迎撃システム』の試作品だ。
勇者が来ても、いちいち俺が出撃しなくて済むよう、国境線にこれを大量配置する計画である。
名付けて『無人防衛君一号』。
前世のプログラミング知識を魔法に応用した、魔界初の自律型兵器だ。
「す、すげぇっすヴェルト様! 人形が勝手に動いてる!」
横で見ていた部下のゴンブが、目を丸くして感動している。
ゴンブという名のこのゴブリンは、知能は低いが、俺への忠誠心と体力だけはある。最近は俺の荷物持ち兼、愚痴の聞き役だ。
「ゴンブ、これを量産して西の砦に埋めるぞ。そうすれば、俺たちは城でコーヒーを飲んでいるだけで勇者を撃退できる」
「へぇー! 楽して勝てるなんて、最高っすね!」
「そうだ。楽をするための努力は惜しまない。それが俺の流儀だ」
これで安眠の日々が守られる。
そう確信し、俺が伸びをした瞬間だった。
ウゥゥゥゥゥ――ッ!!
城内に、甲高い警報音が鳴り響いた。
敵襲を知らせるサイレンだ。
「なっ!? 勇者か!? まだ防衛君の量産が終わってないぞ!」
俺は慌てて実験室を飛び出した。
廊下を走ると、伝令のガーゴイルが飛んでくる。
「報告! 報告ぅ! 南の海岸領にて緊急事態発生! 領土が水没中! 領土が水没中!」
「水没だと? 人間族の水攻めか?」
「否! 海そのものが隆起しております! および、海人族の軍勢を確認! その数、およそ三千!」
海人族。
四種族の中で、最も魔族との関わりが薄い種族だ。
彼らは海を支配し、陸には干渉しない。不可侵の不文律があったはずだ。
「なぜだ? 人間族と同盟でも組んだか?」
「いえ、それが……現地のリゼット様より、救援要請が入っております!」
リゼット。四天王No.2のサキュバスだ。
嫌な予感がした。
背筋が凍るような、特大のトラブルの予感だ。
俺は急いで執務室に戻り、通信用の水晶玉を起動した。
「……繋げ。南の領主館だ」
ブツン、という音と共に、水晶玉に映像が浮かぶ。
映し出されたのは、優雅なドレスを着た美女、リゼットだった。
だが、その背景は悲惨だった。
豪華な家具がプカプカと浮き、窓の外には魚が泳いでいる。部屋の中まで海水が浸水しているのだ。
『あ、ヴェルトちゃーん? ヘルプ〜、お気に入りの絨毯が濡れちゃったぁ』
緊迫感ゼロの間延びした声。
俺はこめかみの血管が切れそうになるのを必死に抑えた。
「……リゼット姉さん。状況を説明してください。なぜ海人族が攻めてきたんですか」
『んーとねぇ、ちょっとお肌の手入れ用に『深海の泥』が欲しかったのよぉ。あれ、美容に最高じゃない?』
「はぁ。で?」
『だから部下に命じて、沖合の海底を爆破魔法で掘削させたの。ドカーンって』
「……」
『そしたらなんかぁ、そこが海人族のサンゴ礁……っていうか、団地? だったみたいでぇ。すっごい怒っちゃって、「陸を沈めるぞ!」って津波を起こしてきたのよぉ。心が狭いわよねぇ』
パリン。
俺の手の中で、持っていた羽ペンがへし折れた。
「……ふざけるなっ!!」
俺の怒声が執務室に響く。ゴンブがビクッと震えた。
「海底団地を爆破!? それはただのテロ行為ですよ! 向こうが怒るのは当たり前だ!」
『だってぇ、泥が欲しかったんだもーん。ねえヴェルトちゃん、なんとかしてよぉ。私の『魅了』は海人族には効きにくいのよぉ。あいつら魚くさいし』
「自業自得です! 自分で謝ってきなさい!」
『えー、やだ。あ、窓ガラス割れた。水が入ってきたー。キャー、冷たーい。……じゃ、あとよろしくねん♡』
プツン。
通信が切れた。
後に残されたのは、真っ暗になった水晶玉と、絶望的な顔をした俺だけだ。
「……ヴェ、ヴェルト様……?」
恐る恐る声をかけてくるゴンブ。
俺は深く、深く息を吐き出した。
頭の中で、計算が走る。
海人族三千。地の利は海。まともに戦えば、水際での防衛戦は魔族軍にとって極めて不利だ。
放置すれば南の領土は水没し、貴重な農地と港が失われる。
そして何より、この騒ぎを聞きつけた人間族や勇者が、「魔族と海人族が争っている好機」を見逃すはずがない。
「……行くぞ、ゴンブ」
「えっ、西の砦の『防衛君』の設置は?」
「中止だ。予算も資材も、すべて南の災害復旧に回す」
俺は机の上の書類――『対勇者防衛計画書』――を乱暴に引き出しに放り込んだ。
「勇者対策? 知るか! 今の俺の敵は、人間でも勇者でもない!」
俺は立ち上がり、虚空から愛用の杖を取り出した。
「話の通じないアホでバカな先輩だ!!」
こうして、俺の貴重な「業務改善時間」は藻屑と消え、代わりに理不尽な「尻拭い出張」が始まったのだった。
(続く)




