第2話 定例会議という名の地獄
魔王城の最上階近くにある『四天王の間』
そこには、魔族を統べる最高幹部四名が集う円卓がある。
本来ならば、世界の覇権を争うための高度な戦略会議が行われる神聖な場所だ。
しかし、今の俺、序列第三位のヴェルトが感じているのは、神聖さなどではない。
圧倒的な『頭痛』だ。
「――というわけで、我々魔族軍の『コアコンピタンス』を活かし、人間どもの前哨基地に『コミット』すべきだと、俺様は思うわけですよ!」
円卓の対面で、唾を飛ばしながら熱弁を振るっているのは、筋骨隆々の赤鬼だ。
彼の名はヴォルグ。
先月、人間族の英雄に討たれた前任者に代わり、新たに四天王No.4の座についた新参者である。
「ヴォルグ、ちょっと待て」
「なんですかヴェルトさん。俺様の『イノベーション』あふれる作戦に異論でも?」
「お前、その横文字の意味わかって使ってるか?」
「もちろんです! 『とりあえず突っ込む』って意味でしょう!」
……やっぱりわかっていなかった。
こいつは「難しい言葉を使うと賢く見える」と勘違いしている一番タチの悪いタイプだ。
「ヴォルグ、お前の言う『コミット(突撃)』だがな、人間族が国境付近に築いている砦は、ただの囮だ。偵察部隊の報告によれば、中身は空っぽ。本命は伏兵による包囲網だぞ」
俺が冷静に指摘すると、ヴォルグはキョトンとした顔をした後、鼻を鳴らした。
「ハッ! 小賢しい! 伏兵ごとき、我が剛腕でまとめて吹き飛ばせば『ソリューション(解決)』です!」
「その剛腕を振るう前に、落とし穴に落ちて串刺しになったのが前任者だろうが!」
俺が声を荒げても、ヴォルグは「俺様は違う」と聞く耳を持たない。
ダメだ、話が通じない。
俺は助けを求めるように、他の二人を見た。
四天王No.1、ギガント。
身長三メートルを超える一つ目の巨人。魔族最強の武力を誇る生ける伝説。
彼は腕を組み、深く目を閉じて沈黙を守っている。さすがは筆頭、威厳がある――
「……グォォォ……ムニャ……肉……もっと肉を……」
寝ていた。
しかもヨダレが垂れている。この爺さん、会議開始五分で寝落ちしてやがる、くそっ。
俺は視線を横に向ける。
四天王No.2、リゼット。
妖艶な肢体を際どいドレスに包んだサキュバスだ。彼女なら少しは話がわかるはず。
「リゼット姉さん、どう思います? ヴォルグの暴走を止めてくださいよ」
リゼットは長く美しい爪にヤスリをかけながら、気だるげに答えた。
「んー? どっちでもいいわよぉ。あ、それよりヴェルトちゃん。私の領地の別荘、改築予算が下りないんだけど? エステも併設したいのに」
「却下しましたからね。軍事予算を個人の美容に使わないでください」
「ケチー。しわが増えたらヴェルトちゃんのせいだからね。責任とって抱いてくれる?」
「セクハラはやめてください。議事録に残しますよ」
……地獄だ。
脳筋の若手、寝ている老害、公私混同のサボり魔。
まともに仕事をしているのが俺しかいない。
「ええい、埒が明かん! ギガント様、起きてください! 出撃の許可を!」
業を煮やしたヴォルグが、バンッ! と円卓を叩いた。
その衝撃で、樹齢千年の巨木から切り出された最高級のテーブルに、ピキリと亀裂が入る。
「あ」
ヴォルグが間の抜けた声を出し、ギガントが「ハッ! 敵襲か!?」と目を覚まして暴れそうになり、リゼットが「キャッ、爪がズレたじゃない!」と悲鳴を上げる。
カオスだ。
混沌は魔族の代名詞だが、俺が求めているのは秩序なんだよ!
「……いい加減にしろ、お前ら」
俺の堪忍袋の緒が、プツンと音を立てて切れた。
俺は静かに指を鳴らす。
「《重力結界・局所展開》」
ズンッ!!!
瞬間、部屋の空気が鉛のように重くなった。
ただし、それは俺以外の三人の座席周辺だけに限定されたものだ。
「ぐ、ぐおおお!? 体が、動か、ねぇ!?」
「な、なにこれぇ!? 肌が垂れるぅ!」
「ぬぅ……ワシの金縛りよりも重い……」
ヴォルグが脂汗をかいて机に突っ伏し、リゼットが顔を押さえ、ギガントが椅子にめり込む。
俺は魔力制御を維持したまま、冷徹に言い放った。
「テーブルを叩くな。会議中に寝るな。爪を研ぐな。……これらは社会人としての最低限のマナーだ。わかったら返事をしろ」
「は、はいぃぃ!!」
三人の声が重なったのを確認し、俺は結界を解いた。
フゥ、と息を吐く。
今の重力魔法は、対象の質量を瞬間的に五十倍にする高等魔術だ。本来ならドラゴンすら圧死させる威力だが、手加減して「肩こりが酷くなる程度」に抑えておいた。
この繊細な魔力操作ができるのは、魔王様を除けば俺くらいだろう。
「……で、ヴォルグ。人間の砦の件だ」
俺は亀裂の入ったテーブルを《時間逆行》の魔法で一瞬で修復しながら言った。
ヴォルグは完全に萎縮し、涙目になっている。
「は、はい! ヴェルトさんの『アグリー(同意)』がない限り、動きません!」
「よろしい。……はぁ、仕方ない。俺が現地へ視察に行く」
「え? ヴェルトちゃんが?」
リゼットが驚いたように目を丸くした。
「ああ。お前らに任せると、囮に引っかかるか、無視して素通りするかの二択だからな。俺が直接行って、人間族の狙いを見極める」
本当は行きたくない。
デスクワークだけしていたい。
だが、現場を知らない上司の命令で部下が死ぬのは、前世のブラック企業で散々見てきた光景だ。
魔族の命も、俺にとっては貴重な労働力。無駄死にはさせない。
「会議は以上だ。解散!」
俺が宣言すると、三人は逃げるように部屋を出ていった。
残されたのは、誰もいない円卓と、静寂。
そして、俺の手元に残る「出張申請書(自分用)」だけだった。
「……さて、現地視察か。移動魔法用の座標登録、まだしてなかったな」
窓の外を見れば、今日も不吉な紫色の雲が広がっている。
魔族四天王No.3の仕事は、今日も山積みだ。
(続く)




