第10話 地方領主(貴族)たちは、経験値の塊でしかない
魔王城の一室、作戦指令本部。
俺、ヴェルトは、空中に展開された巨大な立体戦況図を見上げていた。
マップ上には、西の街道を進む青い光点(勇者パーティ)と、それを迎え撃つために集結した無数の赤い光点(魔族領主軍)が表示されている。
「……数だけ見れば、我々の圧勝だな」
俺は冷めたコーヒーを啜りながら呟いた。
勇者パーティはたったの四人。
対する魔族軍は、近隣の侯爵・伯爵たちが率いる混成部隊、総勢二千。
単純計算で五百倍の戦力差だ。
「へへっ! こりゃあ勇者もイチコロっすね! ヴェルト様の采配、完璧っす!」
横でゴンブがポップコーンを貪りながら楽観的な声を上げる。
だが、俺の表情は晴れない。
「ゴンブ。ビジネスでも戦争でも、勝敗を決めるのは『数』じゃない。『質』と『連携』だ」
俺はマップを指差した。
「見てみろ。この赤い点たちの動きを。……まるで、スーパーの特売に殺到するおばちゃん集団だ」
戦場の映像を、遠見の魔法でモニターに映し出す。
そこには、俺の予想通り――いや、予想を遥かに下回る地獄が広がっていた。
『我こそは爆炎の侯爵、イグニス! 勇者の首は我が手柄ぞぉぉ!』
先陣を切ったのは、全身から炎を噴き上げる派手な鎧の侯爵だ。
彼は部下の制止も聞かず、単騎で勇者に突っ込んでいく。
『抜け駆けはさせん! 氷結の伯爵、ブリザードが相手だ!』
すると、横から別の魔族――氷の魔法使いが割り込んできた。
二人は勇者を挟んで睨み合う……かと思いきや、互いに罵り合いを始めた。
『邪魔だブリザード! 俺の炎でお前ごと溶かすぞ!』
『ふん、お前の火力など知れている! 私の氷漬けにしてくれるわ!』
あろうことか、勇者を目の前にして、魔族同士で小競り合いを始めたのだ。
「……は?」
(おい。まて。嘘だろ? 敵は目の前だぞ? なんで社内政治(手柄争い)を最前線でやってるんだ!)
勇者パーティは呆気にとられていたが、すぐに聖女らしき女性が叫んだ。
『チャンスです勇者様! 敵は仲間割れしています!』
『よし! 魔法使い、範囲魔法でまとめて吹き飛ばせ!』
勇者側の連携は完璧だった。
聖女が防御結界を張り、魔法使いが広範囲の雷撃を放ち、勇者が聖剣で切り込む。
教科書通りの「タンク・ヒーラー・アタッカー」の連携だ。
対する魔族領主たちは――
『ぐわぁぁぁ! ブリザード、貴様なぜ避けなかった!』
『イグニス、お前が邪魔だから魔法が撃てんのだ!』
フレンドリーファイア(同士討ち)の嵐である。
イグニスの炎がブリザードの部下を焼き、ブリザードの氷がイグニスの足場を凍らせて転倒させる。
そこへ勇者の聖剣が一閃。
『ギャアァァァァ!』
二人の領主は、あっけなく吹き飛ばされ、星になった。
モニター越しに見ても、見事なホームランだった。
「……」
俺は無言でモニターの音声をミュートにした。
頭痛がする。
こめかみの血管がサンバを踊っている。
「ヴェ、ヴェルト様……。あいつら、負けちゃいましたね」
ゴンブが気まずそうにポップコーンを置く。
「負けたんじゃない。勝手に自滅したんだ」
その後も、戦況は目も当てられない惨状だった。
「我こそは!」と名乗りを上げる領主が現れては、連携の取れた勇者パーティに各個撃破されていく。
まるで、ベルトコンベアに乗せられた経験値が、次々と勇者の口元へ運ばれていくようだ。
「勇者のレベルが……上がっているな」
俺は《解析眼》で勇者のステータスを確認し、呻いた。
戦闘開始前はレベル35だった勇者が、今はレベル42まで上昇している。
魔族は個々の魔力が高いため、倒した時の経験値が美味いのだ。
皮肉なことに、俺が送り込んだ領主たちは、勇者を倒すどころか、彼らを強化するための「養分」になってしまった。
「ゴンブ、撤退命令を出せ。これ以上戦わせても、勇者を育てるだけだ」
「へい! でも、誰が時間を稼ぐんですか? このままだと明日にはここ(魔王城)へ来ちゃいますよ!」
「……わかっている」
俺は机の引き出しから、一枚の切り札(書類)を取り出した。
それは、先日俺が作成した『南海岸復旧費用・請求書』。
宛名は、四天王No.2、サキュバスのリゼット。
金額は、金貨八億枚。
一般魔族の年収の二千年分だ。
「毒を以て毒を制す、という言葉がある」
俺は邪悪な笑みを浮かべた。
勇者という理不尽な暴力には、こちらの理不尽な暴力をぶつけるしかない。
「ゴンブ。リゼット先輩を呼べ。……『借金をチャラにするチャンスをあげます』と伝えてな」
「ひぃっ! ヴェルト様の顔が魔王様より怖いです!」
こうして、無能な地方領主たちの屍を越えて、勇者は魔王城の目前まで迫った。
だが、そこで彼らを待ち受けるのは、レベルアップした勇者よりも遥かに恐ろしい――「金のために本気を出したサキュバス」だ。
さあ、勇者よ。
大人の事情(借金返済)という名の壁に、絶望するがいい。
(続く)




