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解答状

 その後どうなったかというと、四方木はとある部屋に閉じ込められた。その部屋とは、寝室のある廊下の一番奥にある倉庫である。通路の先。その倉庫は、内側から鍵を操作出来ない。ドア以外の出入り口もない。外からはマスターキーを使うことが出来るので、四方木を幽閉するにはもってこいの場所だった。四方木はまったく臆する様子もなく、部屋へ幽閉されることを受け入れた。四方木が、平川に部屋に入れられる一瞬、秋野と四方木の目があった。四方木は頭を下げていた。





「秋野さんになんて言っていいのか、わからないですね。どうしたら、この現状で声をかけられるのか」




 刀利が呟いた。四方木が幽閉された今、応接室に人が集まっている。加羅、刀利、平川、秋野、七雄、白井、権田、滝瀬、道間夫妻。


 刀利は悲しんでいた。悲しいと、ただ思った。


 復讐。それに、正当性を感じたから。悪だと断ずることが出来なかったから。




「刀利君、悲しいけど危機は去ったんだ。もう殺人者に怯える必要はなくなった」




 平川が言った。




「はい。でも、なんか、やりきれないですね」




「いかなる事情があるにしても殺人は殺人だ」




「そう、ですね」




 刀利は俯いてしまった。これからの秋野の孤独を思うと胸が痛んだ。


 どうやって生きていくのだろう。リッキーがいるから、良いのか。心境を想像した。




「悲しい事件でしたが、犯人が捕まったということは、全員で同じ場所にいる必要はないということですよね?」




 黒いサングラスの白井がいった。




「そうですね。犯人はもう殺人を犯す事はできません。安全だと思います」




 平川は頷いた。




「……みなさん、寝室をお使いになってください」




 秋野は心ここにあらずといった様子で皆に話しかけた。




「秋野さん、無理をしないで」




 刀利が秋野の手を取った。刀利の手は冷たい。だが、秋野の手はもっと冷たかった。


 そう、全てを凍てつかせる吹雪のように。




「大丈夫です。四方木が警察に捕まる時は、大丈夫ではないかもしれませんが……。それでも館の主として、みなさんを導く義務があります。外はまだ悪天候です。どうかお休みになってください。権田さん、滝瀬さん、皆さんに何か、食べ物か飲み物を作ってあげてください」




 コック達の方を向く秋野。コックの権田は頷き、滝瀬は悲しげな表情をしていた。




「四方木さん、相談してくれればよかったのにな」




 滝瀬が呟いた。




「過ぎたことを悔やんでも始まらん。みなさんに食事をお出しするぞ、滝瀬。厨房に行くんだ」




 ジャージの権田はそう言うと、厨房に向けて歩いていった。滝瀬も無言で後に続いた。




 結局、それぞれの人間が自室、つまり白良島の寝室に行くことになった。一人一部屋の寝室もあれば、二人が入れる寝室もある。二人用の寝室は道間夫妻が使うことになった。




 そして、加羅と刀利が寝室にいた。加羅の寝室である。一人用の部屋だが二人で集合している。部屋の中にはベッドと、簡素な机と大きな椅子がある。窓にはカーテンがかかっている。その椅子に加羅は座っていた。刀利は立っている。




「アキラさんが北央七瀬さんを殺したのなら、今回の事件は誰が正しいんでしょうね」




 幽閉されている四方木の姿を想像しながら、刀利が呟いた。表情は暗め。




「復讐も正しいのかもしれない。しかし、方法がダメだ。殺してはいけない。生きて罪を償わせないといけない。その理を越えてはいけない」




 加羅が呟いた。そして、何か考えている様子だ。どこか上の空。




「加羅さん、どうかしましたか?」




「少し思ったんだが。北央七瀬が死んだ時、島の住民にはアリバイがあったはずだよな、と思っていた」




「そうですね。それだと、四方木さんの自白と矛盾しますね。アキラさんには北央七瀬さん、いや、神楽七瀬さんですか。神楽七瀬さんを殺せなかった?」




「そうなる。証言が正しければな。……管制室にもう一回行きたいところだな。部屋の中はパッと見ただけで、詳しくは調査していない。たしか、船の出入りを表示するモニターがあったはず。それに気になる点がもう一つある。俺の思い過ごしでなければ」




「気になる点?」




「確か、光っているモニターの近くに椅子が一台あった」




「それが?」




「四方木さんは、アキラさんを後ろから刺したと言っていた。椅子には高い背もたれがあったから、映画を見ていたアキラさんを背後からナイフで刺すのは、不可能じゃないか?」




「あ」




 刀利はこくこくと頷いた。完全に見落としていた。頷いて続ける。




「つまり、どういうことなんですか?」




「四方木さんが何かのために嘘をついている」




「なんのために?」




「わからない。そして……今あるマスターキーは、秋野さんが一つ。平川が四方木さんから回収したのが一つ。アキラさんの持っていた行方不明のマスターキーが一つ。リッキーさんのが一つ。何かが……何かが気になる。平川に、管制室のドアを開けてもらえるように頼もう。事件は一応解決したという筋書きなのだから……調査のためだと言えば、平川は貸してくれるはずだ。今頃煙草でも吸ってるだろう」



 加羅と刀利は寝室を出て、全員の寝室に繋がっている廊下に出た。相変わらず細長い廊下だ。闇に吸い込まれそうな。


 加羅は廊下の全体を見てみた。一つだけ、開きっぱなしのドアが見えた。たしか、七雄の寝室のドアだっただろうか。


 何故開いているのかと加羅は思いながらも、それを無視して平川に会うために応接室へ向かった。応接室へと繋がる青いドアを目指す。この時点でドアが開いていることの重要性には気づいていない。




 加羅と刀利は、少し安心した気持ちだった。悲惨な事件であったが、犯人から狙われる可能性はなくなったのだから。


 応接室へ出ると、相変わらずの広いスペースに、秋野と平川、白井と道間夫人の姿が見えた。それぞれ離れた場所で、みんな一人でいる。平川は、予想通り喫煙スペースにいるようだ。


 加羅と刀利は平川に向けて一直線に向かった。平川はそれに気づき、二人に手を振った。煙草を吸っている平川。加羅の言った通りであった。




「平川、用事がある」




 軽く話しかけ、同じく煙草を取り出す加羅。




「……悲惨な事件だったな。どうした?」




「四方木さんから回収したマスターキーを貸してほしい」




「……どうしてだ?調査でもするのか?事件は解決したぞ」




「気になることは調べておきたい。警察もまだ来ないしな」




「……まあ、わかったよ。お前なら安心して貸せるからな」




 平川はそう言うと、ポケットから銀色の鍵を取り出した。四方木の所持していたマスターキーだ。それを加羅に手渡した。




「平川さん、ありがとうございます。一緒に調査しますか?」




 刀利は笑顔になった。




「いや、僕はやめておくよ。犯人が捕まったとはいえ、それでも不安という気持ちになった人もいるはずだ。刑事として、出来るだけこの応接室にいるつもりだ」




「なるほど。優しいですね」




「優しいのかなぁ」




 平川は苦笑した。




「お前は昔から優しかったよ」




 加羅は煙を吐き出しながら言った。





 加羅と刀利は平川の元から離れ、応接室の黒いドアへと向かった。管制室に繋がっているドアだ。そのドアを開き、廊下を歩いた。白い廊下。窓ガラスからは外の景色が見え、まだ悪天候は続いている。その外の音が、ガラスに叩きつける雨の音が不吉だった。




「事件は解決しましたけど、なんだか怖いですね」




 刀利は加羅に出来るだけくっついて歩いている。少し、怖いのだ。そして、そばに居たい。




「殺される危険性は無くなったんだ。安全圏だろう」




「そうですね。でも、やっぱり怖いです。甘えているんじゃなくて。私達、大丈夫ですよね?」




「大丈夫だ」




 加羅が言葉をかけた。安心させるように。


そして、管制室の扉の前まで来た。刀利は加羅にくっついていた。


 銀色のマスターキーを加羅がポケットから取り出し、鍵を開けようとした。だが、その前に、加羅は扉の施錠状態を調べた。そこで、予想外の事象に遭遇した。


 鍵がかかっていない。




「鍵が開いているぞ」




 加羅は呟いた。




「え?たしか、現場保存のために施錠しましたよね?たしかというか、確実に」




「おかしい。どういうことなんだろうな」




 確実に、現場保存のために施錠しておいた扉。


加羅は思い切って扉を開けた。マスターキーを使う必要はなくなっていた。


 扉を開けると、部屋の中の様子が見渡せた。パッと目につくモニターが、最初に見た時と同じように、チカチカと光っている。部屋は薄暗く、電気を付けなければ全体像がよく見渡せないので、電気をつけた。




「えっ?」




 刀利が目を見開いた。加羅も同じく驚いた。


 部屋の中に、アキラの姿が無かったのだ。アキラの姿も無ければ血の跡もない。完全に消失している。




「どういうこと」




 刀利は部屋全体を見渡した。危機感。椅子がある。確かに、加羅の言った通り高い背もたれがあり、そこにアキラが座っていれば後ろから刺すのは不可能だっただろう。




「加羅さん、どういう状況なんでしょうか?」




 刀利がまくし立てる。部屋に、怪しい物は見えない。それが逆に怖い。管制室は何事もなかったかのような雰囲気なのだ。まるで事件などなかったかのように。




「意味不明だが……実現不可能じゃない。この状況を作るのは不可能じゃない」




 加羅は頭を高速で回転させていた。落ち着いている。目の前にナイフを持った人物でもいれば慌てたかもしれないが、今は、管制室には加羅と刀利しかいないのだ。




「というと?」




「誰かがアキラさんの死体を担いで持ち去った」




「そう、ですよね。しかし、持ち去る必要が思いつきません。血痕も消えています。わざわざ掃除して、死体を担ぎ出したんですか?なんのために?」




「なにか、どうしても持ち去る必要があったんだと思う。しかしそうなるとわからない事がある」




「なんですか?」




 刀利は気づかない。加羅にヒントを求める。




「遺体を持ち去ったことを、万が一にでも知られないために、入り口の扉は施錠するはずだ。誰かが勝手に管制室に入る可能性がある。俺たちが入ろうとしたように。しかし、扉の鍵は開いていた」




「確かに、扉の鍵は掛かっていなかったのですから、謎ですね。もしかすると、死体を持ち去った人物は慌てていて、急いで遺体を担いで管制室から廊下へと出ていった。これなら整合性が取れるのでは?」




 刀利は腕を組んで考えている。




「なるほどな。そうかもしれない。しかし、いつやったのか。それが問題だな。その考えなら応接室に出なければいけない。当然、応接室にいる人間にアキラさんの遺体を担いでいる所を目撃されれば、必ず面倒なことになる。いや、それで終わりだ」




「いつやったのか、ですか……。たしかに、隙はなさそうですね」




「仮に。仮に、俺と刀利と平川以外の人物が口裏を合わせていたとする。だが、それだとしても無理だ。俺達三人の動きは不確定。俺達に発見されるリスクを取るとは思えない」




「博打を打つわけにもいきませんしね。うーん、わからない」




 刀利は両目を瞑った。可能性。可能性。あらゆる常識を疑って。捨てなければならないもの。先入観。




「いつやったのかも重要だし、何故やったのかも重要だな」




 加羅は視点を変えたようだった。




「そうですね。遺体をずっと持っているわけにもいかないでしょうし、海に投げ捨てるかどこかの部屋に隠すかしか……」




「今すぐに、平川に報告にいったほうがいいかもしれないな」




「部屋を調べてからでもいいんじゃ?」




「悪意のある人物が館の中にいる可能性がある。つまり、みんな危ない。警戒すべきだ」




「わかりました」




 刀利は頷いた。確かにその通り。状況に馴染めなかったが、少し寒気がした。恐怖からの寒気だ。悪寒。悪意のような。


 加羅が管制室から廊下に出た。刀利も続き、加羅が扉を閉じた。念の為、平川から貰ったマスターキーで扉を施錠した。間違いなく。



 白い廊下を歩いて、応接室への扉を加羅が開くと、すぐ目の前に平川の顔が見えた。これには加羅も驚いた。




「平川、厄介なことになった」




 加羅が先に喋った。




「二人共無事か?」




 平川はふう、とため息をついた。その言葉は加羅と刀利にとっては不思議だった。無事か、という言葉に、何故?と浮かぶ。




「落ち着いて聞いてほしいんだが、七雄さんが殺された」




 平川の言葉。


 静寂。




「え?いや、え?どうして七雄さんが?殺された?」




 刀利は動揺した。犯人は捕まったのではなかったのか。驚愕の連続だった。先ほどの管制室といい。




「七雄さんの部屋で倒れているのが見つかったんだ。凄い顔色だった……外傷は無かった。とにかく一緒に来てくれ」




「わかった。だが、一つこちらからも報告しておくことがある」




 加羅は第二の事件に、危機感を感じていた。




「なんだ?」




「アキラさんの死体が無くなった」




「無くなった?」




「死体が綺麗さっぱり管制室から消えている。血痕も無い。理由はわからない」




「……なんなんだ?一体……」




 平川は額に手を当てた。





 七雄の部屋に、加羅と刀利と平川が移動した。七雄の寝室の茶色のドアは開いていた。加羅は、そういえば寝室の一ヶ所のドアが開いていたな、とぼんやり思い出した。あの開いていたドアが、七雄の部屋のドアだったのだろうか。誰かが七雄の部屋を訪ねていたのだろうか?




 七雄の部屋の中には既に、白井を筆頭に、コックの権田と滝瀬がいた。合計三人である。


 部屋の中央でうつ伏せで倒れている七雄。もう息をしていない。横顔が見え、その顔は酷く苦しみ、白い絨毯に沈んでいた。


 死体の側に座り込んでいた白井が、加羅達に気づき立ち上がった。




「死因はわかりましたか?」




 平川が白井に尋ねた。白井は医療従事者だ。その知恵を平川は借りていたのだ。




「外傷が無いのと……この苦しんだ表情。おそらく毒殺でしょう。警察が来れば検査ですぐに判明すると思います。私だけではなんとも……」




 白井が淡々といった。淡々としながらも、その顔は悲しそうに見えた。




「毒殺」




 コックの権田が息を呑む。




「権田さん、滝瀬さん、七雄さんに何か持っていきましたか?」




 加羅が、二人に尋ねた。毒殺となると毒の侵入経路は限られる。当然、コック達に質問を投げる。




「私達は毒なんて入れてませんよ!冗談じゃない!」




 権田は顔を真っ赤にしている。




「サンドイッチとソーダを、俺が七雄さんに持っていきました」




 滝瀬は権田の代わりに言うかのように、状況を説明した。慌てていない。冷静である。その言葉の信憑性を表すかのように確かに、半分まで食べたサンドイッチと、半分まで減ったソーダが、白い皿に乗って左手の丸テーブルに置かれている。




「滝瀬!疑われているんだぞ!お前は平気なのか!」




「疑われているというより、状況確認がしたいだけなんだと思いますよ。毒なんて、誰にだって入れられる機会があるんだから。別に、俺たちが一番混入させやすいってだけ」




 滝瀬は淡々としている。表情が変わらない。そして、正確な思考だ。




「その通りです。お二人を疑っているわけではありません。……今回の事件で、殺人の恐怖はまだ我々を支配していることがわかりました。悪意のある人物が館内にいるのです。一度状況を整理するため、安全を確保するため、全員で集まって情報を共有したほうがいいと思います」




 加羅は自分の考えを話した。




「なんで、ただの客の一人の考えに付き合わなきゃいけないんですか!」




 権田はまだ興奮している。




「いや、僕も加羅と同じ意見です。確かに犯人は捕まったように思えました。しかし、確実に悪意を持った人間がいる。全員で集まるべきです」




 刑事たる平川が助け舟を出した。今部屋にいるのは、加羅、刀利、平川、白井、権田、滝瀬だけだ。七雄はもう死んでいる。




「わかった、わかりましたよ。刑事さんが言うならね。しかし、私は人を呼びに行って殺されるなんて御免だ。応接室で待たせてもらいますよ」




 権田は顔を逸してしまった。


 疑心暗鬼。暗い雰囲気が空間に付着している。




「それで結構です。平川、手分けして人を探そう。俺は遊戯室を調べてくる。お前は寝室のドアを、一つずつノックして中に人がいないか調べてくれ。くれぐれも気をつけてな。これだけの数の寝室だ。犯人が潜んでいるかもしれない」




「わかった。お前も気をつけてくれ」




 平川は力強く頷いた。




「犯人探しなら、手伝いましょうか?」




 意外にも、金髪の滝瀬が口を出した。協力的だ。




「ありがとうございます。しかし、大丈夫です。滝瀬さんは権田さんと一緒に、応接室に居てください」




「まあ、そう言うなら」




 滝瀬は簡単に言葉を受け止め、応接室の方に歩いていってしまった。権田も慌てて後を追いかけた。


 取り残された加羅達。白井は、既に七雄の生存を諦めていた。




「……私も応接室で待たせて頂いていいですか?ああ……」




 嘆くような声の白井。少し疲れているように思える声。怯えているようにも見える。




「勿論です。安全な所にいてください」




「ありがとうございます」




 白井は頭を下げ、部屋から出ていった。




「俺は調査をする。最早、警察が来る来ないの次元じゃない。急がないと、また新たな被害が出てしまうかもしれない」




「加羅さん、私は?」




 刀利が不安そうに呟いた。




「お前は応接室にいるんだ。安全だからな」




「でも、加羅さん一人じゃ心配です」




「お前が付いてくる方が心配だ」




「私なら大丈夫です。二人いたほうが、客観的に事象を観測出来ます。私、加羅さんの役に立ちたいんです!」




 刀利は譲らなかった。加羅はやれやれと肩を竦めた。




「わかった。ただし、危険だと思ったらすぐに逃げるんだぞ」




「はい!」




 勢いよく答える刀利。少しでも加羅の役に立ちたかった刀利。





 加羅と刀利は平川と別れ、遊戯室へと向かった。応接室を通り、赤いドアへ。道間夫妻と秋野の姿をまだ確認していなかったので周りを見ていたが、応接室には権田と滝瀬、白井しかいなかった。寝室にいる可能性が高い。遊戯室に人がいるとは思えなかった。つまりが一応の調査である。秋野を呼びに行く選択肢もあったが。


 遊戯室の赤いドアの前に、加羅と刀利が立った。加羅がそのままドアをノックしてみた。


 静寂。


 返事はない。


 当たり前のこと。少し、怖い。




「開けるぞ」




「はい」




 息を呑む刀利。


 加羅が赤いドアを慎重に開いた。部屋の中は薄暗い。入って右手に、ライトの白いボタンがあった。加羅はそれを押した。


 部屋が明るくなった。上の蛍光灯が光っている。なので、中の様子がよく見渡せる。壁は淡いクリーム色。ビリヤード台。スロットマシンのような物。酒類も見えた。棚にたくさん酒が並んでいる。茶色い棚である。全自動の麻雀機なども置かれていた。どれも遊戯室の設備のようだ。入ってきたドアの反対側に、ドアがあった。館の入り口に繋がっていると説明された気がする。はるか昔のことに思えた。




「誰もいませんね。良かったのか悪かったのか……秋野さんと道間夫妻は、寝室にいるのでしょうね」




 刀利は、部屋の中央に置かれている緑色の椅子に近づいた。二脚ある。まず、加羅がその椅子に座った。それに習うように、刀利も椅子に座る。




「そうだな……。少し、話をしようか」




「話ですか?平川さんと合流は?」




「色々な事が起こりすぎた。二人で話をしよう。まとまっていないと、平川にも話しづらい」




「わかりました。ええと、もの凄いシンプルですけど、館の中に殺人犯がいるという状況ですよね」




「間違いない」




「館の人物をまとめれば、ある程度絞れてきそうな気がします。館の中の人間……被害者のアキラさんと、七雄さんは除外するとして、秋野さん、四方木さん、白井さん、権田さん、滝瀬さん、道間夫妻ですね。七分の一の確率で、犯人なんですね……」




「それでは足りない。俺と刀利と平川を足して十分の一の確率になる」




「私達も入れるんですか?」




「客観的に判断するためだ」




「了解です」




 呑み込みが早い刀利。




「これまで、三つの事件が起きた。一つ目がアキラさんの死。二つ目がアキラさんの遺体が無くなったこと。三つ目が七雄さんが殺されたこと。一つ目の事件はそこまで複雑ではなかった。四方木さんが自白して全てが終わった。四方木さんの供述に不可解な点はあるが、物理的に実現可能な犯行だった。二つ目の事件だが、これは飛ばす。最大の謎だからだ。軽く見積もっても一番難しい。三つ目の事件の話をしよう。七雄さんの死。あれは、部屋にあったサンドイッチとソーダに毒を入れるか、あるいはその二つはダミーで、別の方法で毒を盛ったと考えられる。これも実現可能な犯行だ。しかし、飛ばした二つ目の事件がわからない。アキラさんの遺体が消えたこと。これが、実現可能のようで、不可能なんだ。別に、死体がいなくなった所で被害者が増えるわけでもないが、それでもひっかかる。遺体を消す方法が思いつかない」




「確かにそうですね。となれば、遺体が消えた謎は忘れたほうがいいかもしれませんね。七雄さんを殺した人物を突き止める方向のほうがいい。だって、また新しい被害者が出るかもしれないんですから」




 刀利は当たり前のようにいった。的を得ている。




「まあ、その通りだな。鋭い。そう、次の事件だけは防がないといけないな。七雄さんがどうやって殺されたか?」




「一番殺人犯に近いのは、権田さんと滝瀬さんですよね。七雄さんにサンドイッチとソーダを持っていったのは滝瀬さん。厨房で毒を仕込む機会があったはずです。それに、毒を盛ったんだ!と疑われていても、コックは二人いる。権田さんと滝瀬さん、どちらがやったのか断定することは出来ない。こういう、計算済みでしょうか?」




「もし、あの二人のうちの一人が犯人ならそうだろうな」




 加羅は刀利の推理を評価した。理にかなっている。




「容疑者は四人」




 続けて加羅が指を四本立てた。




「四人ですか?」




「権田さんと滝瀬さん以外に犯人がいたとしよう。その人物をエックスとする。容疑者は、権田さん、滝瀬さん、エックス、七雄さんの四人だ」




「七雄さん?ええと、自殺ってことですか?」




「そう。四方木さんに協力した七雄さんが、罪の意識に囚われて自殺した可能性。捨てきれるとは言い切れない。すべての可能性。七雄さんが四方木さんに協力しなければ、四方木さんがアキラさんを殺すこともなかった。捕まることもなかった。最も、まだ四方木さんは警察に捕まってはいないが」




 加羅は自分の推理を披露していった。しかし、七雄の自殺というのはあくまで可能性の話だと加羅は思っている。死とは難しく、簡単に死ねるものではないとわかっている。




「うーん、そういうものなんですかね?人間ってそんな簡単に死ねますか?」




「その通り。可能性の話だ。しかし、エックスにしろ、コックにしろ、厄介だな。何故かと言えば、毒を持っているのだから、警察が来るまで気をつけなければならない。刀利は出来る限り俺の傍にいてくれ」




「傍に居てくれ、ですか……?」




「傍にいてくれれば必ず守る」




「加羅さん……」




 刀利は顔を少し赤くして俯いた。殺人が起きているのに不謹慎だが、やっぱり頼りになるなぁと思う刀利だった。頼りになる大人。それが加羅なのである。彼女にとって。




「か、加羅さん、皆で情報共有しないといけないですね。戻りましょうか?応接室に」




「そうしよう。……帰り道は、反対側のドアを通ってみるか。入り口へと繋がっているはずだ」




 加羅は遊戯室の奥、加羅達が入ってきたドアの正面にあたる扉を見た。その扉は、館の入り口へと向かう三本の廊下に繋がっているはずだ。遊戯室から入り口まで廊下を歩いて、中央の廊下から応接室に戻ろうと加羅は考えた。


 加羅が、まっすぐ遊戯室の目的の扉へと向かう。辺りを見回しながら後ろをついていく刀利。


 すぐに扉の前にたどり着き、扉を開けた。鍵は、かかっていなかった。白い廊下が二人の視界に映った。違和感はあった。違和感どころではない。




 廊下が見え、目の前の廊下の地面に、血塗れの女が、一人転がっていたのだから。


「わっ!?」




 刀利が後ずさる。加羅は、咄嗟に刀利を庇おうと前に出た。脊髄反射である。手を刀利の前に出した。女は動かない。苦悶の表情を浮かべて、仰向けに転がっている。




「刀利、後ろに下がるんだ。犯人が近くにいるかもしれない」




 加羅は努めて冷静に振る舞った。内心は動揺していたが、刀利を守らなければならない。




「なんなんですか?」




 刀利は涙目になっている。加羅の手を握っている。




「調査して前に進もうとすれば、すぐに次の事件が起こるな。しかし、倒れているだけかもしれない。生きているかもしれない」




 加羅は廊下の先を見た。カーブして、入り口付近まで近づいている廊下。女以外の人影は見えない。


 倒れているのが誰なのかを確かめようとした加羅。女に近づいていく。




「加羅さん、戻ってきて」




 刀利は恐怖で動けない。




「刀利はそこを動くな」




 加羅が女の様子を確かめた。苦しそうに死んでいる。息をしていない。加羅は少し疲れの溜息をついた。顔に見覚えがある。道間夫人だ。残酷にも、刺殺されているように見受けられた。それを確認した後、加羅は刀利のもとに戻った。




「加羅さん、怖い」




「大丈夫だ、俺が守る。死んでいたのは道間夫人だ。もう一回遊戯室に戻って、そこから応接室へ行きみんなと合流しよう。この廊下を進むのは危険だ」




「はい」




 刀利は震えている。無理もない。


 二人は死体を背にして、遊戯室に戻った。遊戯室には誰もいない。早足で遊戯室を駆け抜け、応接室への扉を開いた。




 急いで応接室へと帰ってきた、いや、逃げ込んできた加羅達。


 遊戯室で加羅と刀利が推理をしていた時間のせいか、既に人が応接室に集まっている。時間が経過していたらしい。


 平川、秋野、白井、権田、滝瀬、道間。平川は寝室から皆を見つけるのに成功したらしい。 その六人の所に加羅と刀利は小走りで向かった。秋野がいる。




「加羅、何か収穫はあったか?こちらは寝室から人を呼んだんだが、道間夫人だけがいないんだ。見なかったか?」




 平川が尋ねた。煙草は吸っていないようだ。


 加羅はちらりと道間の方を見た。話すかどうか迷った。残酷な現実。しかし、いつかは言わなければならない。加羅は話すことに決めた。




「道間夫人が、遊戯室から入り口まで向かう廊下で殺されていた」




「えっ?」




 道間が気の抜けたような声を出した。




「バカな。妻が死ぬはずがない」




「残酷ですが、苦悶の表情で倒れていました。もう息がなかった。助かりませんでした。なんといってよいのか……」




「そんなはずはない!」




 話しを聞いた道間は、遊戯室に向けて走り出そうとした。それを、平川が肩を掴んで止めた。




「道間さん、少し我慢してください。加羅の話が本当なら、新たな犠牲者を出すわけにはいきません。そうだよな、加羅?」




「その通りだ。まずは情報の共有」




 加羅は頷いた。




「しかし、しかしだ!そんなことは信じられない!」




 道間はあくまでも遊戯室に向かおうとしている。




「賢いあなたならわかるはずです、道間さん。今動くのは危険だと」




 加羅が柔らかい口調で話した。落ち着かせなければならない。


 そんな中、凍ったような表情の秋野が、ゆっくりと口を開いた。




「誰がやったのかを調べなくてはいけないわけですね?そして、そのためには、いつやったのかを調べなくてはいけないわけですね?廊下で亡くなっていたということは、殺人現場に犯人が向かったことは事実であると考えます。人を殺すには誰にも見られてはいけない。一人一人のアリバイを証明していって、そこから推理するしかないわけですよね?容疑者は少ないですしね。館の中の誰か。そして、七雄さんを殺したのと同一人物なのか」




 秋野が小さめの声でいった。加羅はそれを、少女の冷静さではないと評価した。的は得ている。だがしかし、異質だ。




「誰が?いつ?それらも重要ですが、何故かも重要です。七雄さんに毒を盛ったというのは、計画的犯行のように思えます。しかし、道間夫人は……道間さんの前なので言葉は選びましたが、突発的犯行だったのではないでしょうか。殺す場所も、廊下とはなかなか奇妙です。見られたくない何かを道間夫人に発見されてしまったのかもしれません」




 加羅は辺りを見回した。




「第一の事件は、四方木さんが犯人でした。なので、次の事件を考えてみましょう。色々とあったんですが……七雄さんが毒を盛られた事件です。七雄さんの部屋には食べかけのサンドイッチとソーダがあった。これは間違いなく事実です。問題は、その中に毒が仕込まれていたのかどうか」




「毒など入っているわけがない!そんな隙はなかったはずです」




 権田が抗議した。




「権田さん、しっかり。まあ、怪しいというのはわかります。厨房には権田さんと俺しかいなかったんだから」




 滝瀬の方は素直に認めた。客観的に怪しいのは明らかだが、あくまで滝瀬はいつも通りである。




「でも、俺達がやったんじゃないっていう証明は出来ますよ」




 肩を竦める滝瀬。




「どうやって?」




 刀利は驚いた。そんな方法があるのだろうかと。




「俺が、あの残りのサンドイッチとソーダを食べてしまうこと。権田さんは毒なんて絶対盛らないしね。安心して食べれますよ」




「滝瀬……信頼してくれるのか」




 権田も驚いている。




「まあ、権田さんは小心者ですしね。殺人なんて出来っこないですよ」




 滝瀬は笑った。照れ隠しだろうか。




「お話はわかりました。しかし滝瀬さん、間違ってもサンドイッチとソーダを腹に入れないでください。万が一ですが死んでしまう可能性がある」




 加羅は考えながら喋った。ここまで言い切られると、食事に毒が入っていたとは思えない。




「でも、食べないと信じてもらえないんでしょ?」




「いえ、覚悟は伝わりました。食事に毒は入っていない方向で考えましょう。食事に毒が盛られたのでなければ、可能性は一つです。直接、毒の入った薬のようなものを飲まされた。この場合、渡すときは明らかに怪しい。七雄さんがそれを口にするかどうか。例えば、睡眠薬の類……。飲むとしても、七雄さんが信頼していた人物の可能性が高いです」




「信頼している人物でも、例えば錠剤のようなもの……そんな謎の物体を飲んでくださいと言われて、素直に飲むでしょうか?」




 刀利が首を傾げた。




「必ずしも、錠剤である必要はない。例えばチョコレートでもいい。軽く口に入るものならたやすく飲ませられる」




「なるほど。容疑者は、加羅さん、私、平川さん、秋野さん、白井さん、道間さん、六人ですね。かなり絞られている気がします」




「容疑者の数が足りない」




「え、またですか?」




「権田さんと滝瀬さんが入っていない」




「二人は無罪の方向で考えるんじゃ?」




「食事に毒が入ってなかったからといって、毒を直接渡していないとは限らない。食事に加えて、なにか別の物を食べさせた可能性はある」




「なるほど。安全圏に見せかけて殺したってことね」




 滝瀬は顎に手を当てている。派手な金髪に似合わず考え込んでいる。納得しているようにも見える。




「加羅さん、どうすればいいのですか?」




 道間がそわそわとしている。徐々に現状を飲み込み、指針を求めている。




「奥さんの死体は見ないほうが良いです。残酷です。もう寝室でさえ安全とは言い切れません。徹夜してでも、全員でこの応接室にいるべきだと思います」




「賛同です。加羅さんの言う通りだと思います。刑事さんだっていますしね。全員で集まっている限り、これ以上の犠牲者は出ないはずです。全員で揃えば……」




 秋野の発言は歯切れが悪かった。




「秋野さん、何かあるのですか?」




 加羅はニコチンの不足している状態で、秋野に尋ねた。




「あ、ええ……全員と言いましたけど、全員揃うのは不可能ではないかと思いました」




「何故?」




「四方木は幽閉されていて部屋から出れません。だから、全員揃うのは不可能です」




 その一言で辺りは静寂に包まれた。




「……そうだ。四方木さんだ!四方木さんがやったんじゃないのか!?」




 権田が叫ぶ。




「四方木さんは閉じ込められていますよ。落ち着いてください」




 平川はなだめるようにいった。




「わからないじゃないか。倉庫に入れられただけだ。あの扉は外側からなら鍵で開けられるって話じゃないか。そうだ、四方木さんは動けないと見せかけて、四方木さんを誰かが中から出したんだ。そして、四方木さんが単独行動で七雄さんを殺した。そして道間夫人も。四方木さんは今も館内をうろついているんだ。第二、第三の犯行を行うために」




「権田さん、それはないと思う。四方木さんが動き回っていたら、どこかで誰かに見つかったら、四方木さんから見たら終わりだ。見られるだけでアウトなんだから」




 滝瀬は否定的だった。




「いや、それが殺人の動機になる。私の妻が、四方木さんの姿を見たんだ。だから殺した。四方木さんが動き回っていたらおかしな話になる。口封じだ。それしか考えられない」




 道間は合点がいった、というように頷いている。




「誰かが四方木さんを部屋から出したとして……。そうなれば、マスターキーを持った人間が疑われる。共犯者なのだから、リスクが大きい。しかし四方木さんが動いているという可能性はあります。実は、この館内に悪意を持った人物がいるという証拠を俺は持っているんです」




 加羅は頭を回転させるためにコーヒーを飲みたかった。頭の使いどころだ。




「加羅さん」




 刀利が早口で加羅を呼んだ。




「どうした?」




「その証拠、言わないほうがいいと思います」




 咄嗟の判断だった。証拠とは、アキラの死体が無くなったことだったが、刀利はそれを全員に知らせないほうが良いと思ったのだ。




「こんな時に隠し事?言っちゃいけないことなわけ?」




 滝瀬がため息をついた。




「すみません」




 刀利が頭を下げた。




「全員がずっと集まっている、というのは確かに正確だと思いますけど、もし我々以外の脅威がある……つまり第三者の存在です。警察には任せておけません。悪天候がいつ良くなるかもわからないし……少しでも、謎を解き明かしたい所ですね」




 話をずっと黙って聞いていた白井が、口を開いた。




「僕が捜査します。その間、皆さんは一ヶ所に集まっていてください。僕なら犯人に遅れは取りません。刑事ですからね」




 平川は内ポケットにしまってある拳銃をちらつかせた。




「いや、俺も行こう。不意打ちされるということもあり得る。二つのグループで分かれれば良い。捜査組と待機組」




 加羅は一人一人を順番に見た。




「私もついていきます!この目で見た情報もあるので。少しは怖いですけど、これ以上被害者は出したくないです。窓の外を通った人影……」




 刀利はついてくる覚悟のようだ。彼女の頭は強い味方になる。




「じゃあ、僕と加羅と刀利君が捜査組で、秋野さん、権田さん、滝瀬さん、白井さん、道間さんが待機組にしましょう。皆さん、絶対に応接室から出ないように。応接室組のリーダーは、そうですね……滝瀬さんにお願いします」




 平川は滝瀬の方を見た。




「え、俺?」




「あなたが一番冷静に見えます。男ですしね」




「ふーん。まあ、了解。権田さんより偉くなっちゃったな」




「お前の料理の腕じゃあ、俺には遠く及ばんぞ」




 権田は腕組している。




「決まりましたね。では、捜査に行ってきます」




「平川、どこを捜査するんだ?」




「加羅の見た情報を直接見ておきたいが、お前はどこに行けばいいと考える?」




「俺なら?そうだな……四方木さんのいる倉庫だな。もし鍵が空いているようなことがあれば危険だ。四方木さんが脱出していたら問題だ。真っ先に調べるべきじゃないのかな」




 その時、加羅はちらりと秋野の顔を見た。彼女は四方木をどう思っているだろうか。




「じゃあ、倉庫に行きましょうよ。寝室の廊下の一番奥ですよね。まさかこんな事になるなんて、思いませんでした」




 刀利は頷いてみせた。




「ああ、行こう。それでは皆さん、くれぐれも全員一緒にいてください」




 加羅の言葉に、待機組の面々は頷いた。



 平川が先頭に立ちに刀利、後ろに加羅という陣形で、室のある廊下を歩いている三人。




「久しぶりに、三人で情報を共有出来る機会が出来たな」




 加羅の言葉。平川へのものだ。




「ああ、そうだな。意外と……三人だけになる機会は少なかったな」




「死体を消した人物と、七雄さんを殺した人物と、道間夫人を殺した犯人は、同一人物だと思うか?」




「同一人物なんじゃないか?悪意を感じる」




 平川は、倉庫のドアを視界に確認しながら言った。




「同一人物説か。同一人物じゃなくて、俺には思う所がある……複数の悪意、つまりチームを組んでいると思うんだ。犯人達は」




「チームって、今の僕達みたいな?」




「そう。四方木さんも、七雄さんと組んでいたと言っていた。誰かと誰かが協力しあって、殺人事件を引き起こした」




「理由は?」




「それなんだが、多分、俺の仮説では納得してもらえないだろうな」




「聞かせてもらいたいな、加羅」




「悪天候になったからだ」




 加羅の言葉。




「え?」




 平川と刀利が同時に同じ反応をした。当然疑問である。




「なんで、悪天候が理由になるんですか?いや、ああ……警察が来れなくなったから、正確には警察が来るのが遅れるから、ここぞとばかりに犯行を組み立て、実行しようとしたということですか?まさか、そんな」




「前から胸のうちにそんな空想を抱いていて、たまたま実行する機会が、今日この日に突然訪れた。どうだ?」




 加羅がそう言っている間にも、倉庫のドアは前方二メートル先に迫っていた。扉は閉じている。




「面白い推理だな。だが、後で続きを聞かせてくれ。今は倉庫だ」




 平川が銃を抜いた。倉庫のドアは灰色。その灰色から、今にも何か異質なものが飛び出してきそうで、刀利は息を呑んだ。


 ドアの前に平川が立つ。やや後ろに加羅と刀利。




「加羅、ドアを開けてくれないか?僕が突入する」




「わかった」




 加羅は平川に対して頷き、ドアの近くへ寄った。




「刀利は離れていろ」




 そう言うと、加羅は灰色のドアのドアノブに手をかけた。鍵がかかっているのか、いないのか、判明するはずだ。そっとドアノブを回す。ほんの少しだけドアを引っ張ってみる。


 開いている。鍵が開いている。




「鍵が開いているぞ」




 事象を整理しようとする加羅。


 四方木さんが逃げ出した?


 躊躇い。だが、ドアノブを引っ張ってドアを開けた。


 平川が中の様子を見る。倉庫は薄暗い。誰かが襲ってくる気配はない。


 そして、倉庫の中に倒れ込んでいる人物が見えた。




「誰か倒れている」




 平川が加羅と刀利に聞こえる声で言った。


 突入する平川。銃を構えている。平川の後に加羅と刀利も続いた。


 倒れている人物に血がついている。その姿には三人とも見覚えがあった。




「四方木さんだ」




 倒れている四方木に近づく加羅と平川。加羅が脈を測った。もう死んでいる。呼吸が無い。


 そして、周りを素早く見渡す二人。刀利も倉庫に入ってきた。部屋の中には四方木の死体以外、誰の姿も見えない。倉庫には置かれている荷物、ダンボールなどがたくさん置いてある。




「なんで四方木さんが亡くなっているんだ?」




 平川が誰にでもなく言った。




「わからない。わからないが、マスターキーを持っている者の犯行であることは間違いない。そうでなければ倉庫の扉は開けられない。今、マスターキーを持っているのは、俺と、秋野さんと、アキラさんから鍵を奪ったエックスと、リッキーさんだけだ」




 加羅は呟いた。




「秋野さんはともかく、リッキーさんは除外してもいいですよね。だって島にいないんですから」




 刀利は自説を述べた。犯人を特定しなければならない。




「いや、リッキーさんも除外出来ない。船で本陸に戻ったように見せかけて、白良島に戻ってきた可能性がある。そうか……もしかしたら……アキラさんの遺体を消したのは、意味があったのかもしれない」




「意味とは?」




「死体が消えれば、自然に視線はそこに集まる。モニターに気づかないくらいにな。船着き場の出入りを調べるカメラの映像に、リッキーさんが島に戻ってきている姿が映っているのかもしれない。いわば脅しのトリック」




「なるほど。だとすると、危ないですね。リッキーさんでも油断出来ない」




 刀利が切り返した。




「そうだな。可能性の一つでしかないが、頭に入れておく必要はある」




「それもそうなんですが、リッキーさんはすっかりいい人だと思っていましたから、リッキーさんがもしエックスだとすると、救援が来ない可能性があるのでは?」




 刀利の意見。秋野はリッキーが助けに来ると言っていたが、リッキーが黒ではどうしようもない。




「警察には僕が連絡したから大丈夫だ」




 平川が優しい声でいった。落ち着く声色だった。




「平川さんの連絡なら、こんな惨劇でも信じてもらえるでしょうね。その言葉、少し安心しました」




 刀利はため息をついた。目まぐるしい事件の連続だ。




 その時、バタンと音がした。


 加羅と刀利、平川が倉庫のドアを見た。音のした方向だったからだ。


 ドアが閉まっている。部屋が暗くなっていた。


 そして扉の鍵が閉まる音がした。


 咄嗟に、加羅は扉に駆け出していた。ドアノブを握る。押す。しかしドアはびくともしない。外側から鍵をかけられたのだ。




「加羅、開かないのか!?」




 平川が後に続いた。




「開かない。外から鍵がかかってる。完全に閉じ込められた」




 悔やむように呟く加羅。見通しが甘かった。倉庫の扉は内側に鍵穴がないのだ。したがって、鍵がかけられてしまった今、部屋から出る方法はないのだ。




「……どうしますか?部屋から出る手段、ないですよね」




 刀利が冷静に状況を分析している。恐怖心を持ちながらも、どこかそれを冷静に俯瞰している彼女が喋っている。死体と一緒の部屋。しかも暗い。恐怖心に支配されてしまってもおかしくないだろう。だが刀利は強い。




「館の人々の電話の番号を聞いておくべきだった」




 加羅はスマートフォンを取り出している。電波は良好。




「完全に閉じ込められたな。外に出れるチャンスがあるとすれば、マスターキーを持った誰かが、外から扉を開けてくれるしかない」




 平川は現状を言葉にした。




「私達が閉じ込められたことは、今は、外から私達を閉じ込めた人しか知らないでしょうし、扉が開いたら殺人犯と対峙することになるんですかね。こうなると、応接室のみなさんが心配ですね。刑事の平川さんが動けない。部屋からも出れない。出来ること、ないですよね?どうしますか?」




 刀利は加羅の方を向いて喋っている。


 加羅は考えていた。閉ざされた扉。マスターキー。扉以外に倉庫から出る手段はないのか。加羅には一つだけ考えがあった。殺人犯がまたやってくる前に、倉庫から抜け出す方法が。




「殺人犯が来る前に、この倉庫を出ることが出来るかも知れない。しかし、重要な選択を迫られることになる。一回のミスが命取りになるかもしれない」




 加羅が言った。刀利と平川は驚いている。




「どうやって出るんですか?ええと、待ってください。考えます」




 刀利は頭を回転させた。犯人が帰ってくるまでに、部屋から抜け出す方法があるだろうか?扉以外の所から脱出するのだろうか。いや、不可能だ。壁をすり抜けられる幽霊でもない限り。扉のピッキングなども不可能だ。そんな鍵穴もないし、そもそも、そんな技術を持った人間がいない。警察に連絡しても到着はまだだ。間に合わない。館の人間に連絡を取れればよいが、誰も番号を知らない。誰も知らないのだから救援は呼べない。


 そこまで考えて刀利は閃いた。




「あ!四方木さんの携帯電話ですね?」




「その通り」




 加羅は頷いた。前に、四方木が加羅に通話履歴を見せていた。リッキーの番号は確実に載っている。




「じゃあ、連絡すればいいんじゃないか?四方木さんなら、館の人物と連絡を取り合っているはずだ。少なくとも、秋野さんの番号くらいはあるだろう。死人の携帯電話を借りるのも、申し訳ないけど」




 そう言いながら、平川は四方木の死体の側に寄った。体を調べると、四方木は確かに携帯電話を持っているようだった。




「待て、平川。そうする前に、推理しなければならない。間違った人物に電話をかければ、俺たちは殺されてしまうかもしれないんだ。犯人に電話してしまえば、俺たちを障害とみなして始末しに来るかもしれない」




 加羅は煙草を取り出していた。携帯灰皿も持っている。こんな所で吸ってはいけないが、頭をフル回転させるための処置だった。そして、周りを落ち着かせる間を得るため。




「間違った人物、電話をかけてはいけない推理しなければならないのですね?」




 刀利は疑問を呈した。




「そう。犯人に電話してしまえば、他の人物に連絡されることを恐れ、俺たちを消しにくるかもしれない。平川、四方木さんの電話を貸してくれ」




 煙を吐き出す加羅。平川は言われた通りに、四方木の死体の内ポケットから取り出した携帯電話を、加羅に渡した。煙草を持つ手と反対の手で受け取る加羅。


 加羅は電話の通話履歴を確認した。その間、静寂が辺りを包んでいた。平川も同じく煙草を吸い始めていた。




「どうやら、電話をかけられるのは、秋野さん、七雄さん、リッキーさん、権田さん、アキラさん。五人だな」




「七雄さんは亡くなられてしまいましたね。アキラさんも除外してもいいんじゃ?」




「アキラさんに電話をかけるのは論外だな。論外だよな、平川?」




 加羅は煙草を吸っている平川を見つめながらいった。




「……そうか。そうか……ああ、論外だよ」




 平川はどこか納得したような表情で肯定した。刀利の目にはそれが少し不思議に映った。何を納得しているのだろう?




「残り三人ですね。秋野さんとリッキーさんはマスターキーを持っていて、権田さんはマスターキーを持っていない。滝瀬さんとは通話履歴がないんですね」




 刀利は考えている。




「事実はその通りだな。しかし、リッキーさんは除外する。リッキーさんが白なら、今は本陸にいるはず。電話が繋がっても助けに来るのに時間がかかる。もし館の近くにリッキーさんがいるなら、それは黒だ。犯人に電話してもしょうがない。どの道意味が無いのだから、リッキーさんに電話はかけられない」




「じゃあ、秋野さんか権田さんですね」




「そうだな」




 加羅は煙草を揉み消した。




「マスターキーを持っているし、女の子だし、秋野さんに電話すべきでは?こっちは三人です。平川さんもいますし、殺されるようなことは……」




 刀利は自分の発言に違和感を抱きながらも喋った。


 秋野か。


 権田か。


 どちらが正解か。




「秋野さんか、権田さんが、仮に犯人だったとする。しかしその場合、二人には大きな差がある」




 加羅は静かにいった。




「加羅さん、差とは?」




 説明を求める刀利。自分の頭の回転が少し遅くなっている気がした。




「秋野さんと権田さん、いずれもアリバイ証明出来た、一緒にいた人物がいる。執事の四方木さんと、コックの滝瀬さんだ。四方木さんは罪を犯した。滝瀬さんは今のところはだが、罪を犯していない。秋野さんと権田さんのアリバイを証明する場合、信憑性が高いのは権田さん達、コック組だ。秋野さんは、四方木さんが捕まってからは一人で行動していたようだし、秋野さんと権田さん、どちらが怪しいかといえば、秋野さんになる。というより、秋野さんが怪しいというよりは、権田さんが怪しくないということだ。俺たち三人を殺す実力がないから、倉庫の中に閉じ込めたという可能性もある。閉じ込めるだけなら、女の子でも出来る」




「……なるほど。腑に落ちました。それで、権田さんに連絡するとして、なんて言うんですか?倉庫に閉じ込められたから、マスターキーで開けてくださいって言うのですか?権田さんは鍵を持っていないから、秋野さんに貸してもらって来てください、という感じに?」




「そうなるな。しかし、電話を受ける側の事を考えると不気味だろうな。なにせ、死んだ四方木さんの携帯から電話が来るんだから」




「もしかしたら権田さん、電話に出ないかもしれませんね」




「その場合は、次の手を考えないといけないな」




 加羅と刀利の会話。平川は吸っていた煙草を揉み消した。




「加羅、犯人が仮にこの部屋に突入してくるかもしれないが、犯人の目星はついているのか?」




 平川が尋ねた。




「アキラさんが殺された事件は、仮に四方木さんの言うことを信じるとしよう。七雄さんを毒殺した犯人もわからない。道間夫人を殺した人間もわからない。わからないことだらけだよ。ただ、可能性を排除していって、アキラさんの死体が無くなった事件はわかった。わかってしまった。平川、お前にはわかるか?」




 加羅が低いトーンで語る。刀利は驚いていた。刀利の推理よりも、加羅の推理ははるかに進んでいるようだ。


 一瞬だけ沈黙があった。平川は考え込んでいる。




「わかる。ただ、刀利君の前では言えない」




「……そうだな。わかるか。もう一服したら、電話を権田さんにかけよう」


 加羅はそう言うと、二本目の煙草に火をつけた。同じく平川も二本目の煙草に火をつけた。刀利は、自分だけ置いていかれているような印象を持った。




 マスターキーの現在の所持者は、元々持っていた秋野、平川から受け取った加羅、リッキー、そして、加羅の言う所のエックス。加羅がマスターキーを持っていても、外側からしか使えないのだから意味がない。静かに待つしか無い。




 加羅は平川と相談していた。ドアが開いた瞬間、犯人が襲いかかってきた時の対処。二人の指示で、刀利は一番後ろに下がった。 暗い部屋の中、二つの煙草の明るさがかすかに灯っていた。刀利は置いていかれている気がしたが、自分の頭で考えてみようと思った。そして、もし犯人が襲ってきた時にどう行動するか、考え始めた。




 その時。


 コンコン。


 ドアを叩く音。小さな音。


 緊迫した雰囲気が、倉庫に響く。


 ドンドン。


 ドアを再び叩く音、さっきより強い。


 刀利はすかさず、加羅の側に寄った。




「返事しますか?」




 怯えながら、小声で加羅の手を掴んだ。


 ドンドン。


 ドアを叩く音。大きな音。閉じ込められている三人。返事をするべきか加羅は考えた。自分が上手く立ち回らなければならない。このまま無視する選択肢が、最初に浮かんだ。しかし、加羅はそれをすぐに取り消した。このドアを叩いているのが犯人であれば、鍵を使って扉を開けられる。しかし、それをしてこない。マスターキーを持っていない誰かが、加羅達を呼びに来ている可能性があった。ここで返事をしなければ、おそらくドアを叩いている人物は去ってしまう。つまり脱出が遠のくことになる。




 答えるか。


 答えないか。


 決断。


 加羅は、倉庫のドアに近づいた。刀利の手は離さず、ドアをドンドンと叩き返した。




「加羅です!閉じ込められました!」




 その声と共に、ドアを叩く音は止んだ。




「加羅さんか!滝瀬です!」




 ドアの向こうから、コックの滝瀬の大声が聞こえた。滝瀬が最初に名乗らなかったのは、部屋の中の何かを警戒していたのかもしれない。




「滝瀬さん!扉を開けられますか?」




 返事をする加羅。




「扉?無理です!マスターキーがない!」




「借りてくることは出来ませんか!」




「秋野さんに!?」




「お願いします!しかし、くれぐれもお気をつけて!」




 加羅が叫ぶ。そして再び静かになった。まだ刀利は加羅と手を繋いでいる。




「大丈夫だ。安心しろ」




「少し怖いです。大丈夫なんでしょうか?」




「滝瀬さんを信じるしかない」




「電話は、どうしますか?」




「権田さんに電話するのは、一旦保留にしよう。滝瀬さんが倉庫にやってきた。おそらく、何かが応接室であったんだ。だから滝瀬さんが来た。……部屋の外の状況が見えない。刑事を呼ばないといけない事態になったのかもしれない。また殺人が起きたのかもしれない」




「それはもう、完全に犯人のペースですね」




「ああ、犯人のペースだ」




 加羅の言葉を最後に、部屋は静寂に包まれた。滝瀬に全てを任せるしかない。四方木の死体が静かに、不気味に横たわっていた。




 静寂。静寂。滝瀬を倉庫で待つ加羅達。




 滝瀬がドアを離れて、加羅達はしばらく待った。


 時間が過ぎ、加羅が耳をすませると、廊下を走る音のような物音が聞こえる。近づいてくる。


 扉に張り付き、耳を使っていた加羅は、平川に目配せした。銃を取り出す平川。走る音はドアの手前で止まった。続けて、ドアを叩く音。ドアが開いた瞬間を加羅は警戒している。




「加羅さん!大丈夫ですか!?」




 外から響いてきたのは、秋野の声だった。




「加羅です!今、一人ですか!?開けてください!」




「滝瀬さんと一緒です!」




 その秋野の声の後、扉の鍵が開く音がした。ガチャリと。加羅達は扉から距離を取った。


 勢いよく扉が開いた。廊下の光が倉庫の中へと入った。入ってきたのは秋野と滝瀬。二人共、武器は持っていない。平川が銃を構えていたので秋野と滝瀬は驚いた。加羅はその様子を冷静に観察していた。




「平川、大丈夫だ」




 銃を下げろ、の意である。平川は頷き銃を下げた。




「みなさんご無事ですね。よかった……。あの、四方木は?」




 秋野が安心した表情で軽く微笑んだ。ホッとしたように。そして、当然気になる質問を加羅達に飛ばした。




 咄嗟に、刀利は四方木の死体と秋野の間に移動した。見せたくなかったのだ。四方木が死んだらどれだけ秋野が悲しむか。事実としていつかは知ることになるのだが、考えるより速く体が動いていた。残酷さは罪だ。隠してあげたかった。




「あの、四方木は?倉庫にいるはずでは?」




 秋野が再び尋ねた。加羅は深呼吸をした。伝えなければならない。




「正直に言います。四方木さんは、殺されました」




 加羅の言葉で、秋野はピタリと静止した。動かない。言葉を発さない。しかし、何かのスイッチが切り替わったのか、動き始めた。




「四方木が死ぬはずありません!そんなはずはありません!」




 秋野は泣いている。そして、秋野の視界の隅に映ってしまった四方木の死体。秋野は刀利の横を抜けて、四方木の亡骸のそばにしゃがみこんだ。




「どうして?どうしてこんなに酷いことをするのですか?私が四方木にどれだけ助けられてきたか!何故?人を殺すのが楽しいの?四方木はずっと私の側に居てくれた!大切な家族なのに!四方木がいなくなって私はどうすればいいの?許せない!許せないわ!何の権利があって?人を殺すなどと!絶対に許さない!」




 大声で言う秋野を、加羅と刀利、平川と滝瀬が見ていた。かける言葉がない。




「加羅さん!犯人を見つけましょう!必ず!必ず……四方木……」




 秋野は叫びながら泣いている。がっくりと膝をついたまま、下を向いて泣いている。


 その姿を見ている加羅は、もっと自分の思考が行き届いていればと後悔を感じた。


 加羅は意を決した。


犯人、そして犯人を助けた人物と向き合う時が来たのだ。




「秋野さん、四方木さんの無念は必ず晴らします」




 加羅は秋野に近寄り、肩を優しく叩いた。そして平川の方を見た。


 少しの間があった。


 決別の間が。




「人を殺すのは正義なのか?平川冬彦」



 倉庫を静寂が包んだ。今倉庫にいるのは、加羅、刀利、平川、秋野、滝瀬。


 平川に向けられた言葉を最後に、誰も喋らない。




「どういう質問だ?いや……」




 平川は、わからないな、という表情で答えた。




「死体が消えた事件が教えてくれた。お前は犯人の共犯者だ」




 加羅は煙草を吸わずに指摘した。両手が動かせるように。




「なんで僕が共犯なんだ?俺は刑事だぞ?」




「刑事がどうかは関係ない。少なくとも、四方木さんとお前は犯人に協力した。お前と四方木さんが犯人に協力していなければ、死体が消えた事件は解決しない。可能性のある道だけを選んで進んでいけば、お前は共犯者で間違いない」




「……共犯というが、じゃあ犯人は誰なんだ?わかっているのか?」




 問う平川。


 加羅は少し間を空けていった。




「犯人はアキラさんだ」




 倉庫にいる者が驚いていた様子を見せた。喋っている加羅と、言葉を受けている平川以外は。




「アキラさん?遺体は移動させたんじゃないんですか?亡くなる前に全ての犯行を行ったのですか?不可能です」




 刀利は反論した。まだ、頭が加羅の推理についていっていない。




「アキラさんは死んだように見せかけられただけだ。アキラさんが倒れているのが発見させるのが、俺たちを騙すのが目的だったんだ。不可能を消去していけば、最後に可能性だけが残る。アキラさんの遺体が無くなった事件で、犯人たちは隙を突かれた。アキラさんが死んでいたと仮定しよう。唯一の出口は廊下へと続く扉だ。そして応接室を通らなければならない。それを発見されれば、当然怪しまれる。犯人としては取りたくない行動だろう。遺体を背負っている姿を発見されればただでは済まない。応接室という空間が、あそこから遺体を消すのを不可能にしている。だが、思い出してほしい。管制室から応接室へ出るタイミングが一度だけあった。館の人間が全員同じ場所に集まっている時間が」




「あ、四方木さんが自白した時ですね?」




「そう。全員が応接室の二階に集まっていた。あの時だけ、応接室には誰もいなかった。しかし逆に、同じ場所に全員が集まっているのだから、誰も遺体を運び出せないはずだ。選択肢は一つしかない。アキラさんが自分の足で立って管制室から平然と出ていった。それで終わり。いや、始まりか」




 加羅は淡々と語る。胸の内では若干の心配が燻っていたが。




「ギミックは理解しました。しかし、アキラさんは管制室で殺されていたはずです。それは、私達が確認したことじゃないですか?確かに死んでいたはずです」




 刀利は腑に落ちた表情と共に、最もな疑問を述べた。




「死体を確かめたのは誰だった?平川と四方木さんだ。その二人以外、誰もアキラさんの死を確認していない。それに、四方木さんの供述は不可解だった。背もたれのある椅子に座っているアキラさんを、後ろから刺し殺すことは出来ない。俺たちは思い込んでいただけ。平川と四方木さんがアキラさんの死を偽造した。倒れている人物を見れば、誰でも動揺する。先に知っていた平川は真っ先にアキラさんの死体、いや、アキラさんに向かっていって生死を確かめるフリをした」




「平川さんがそんなことをするとは、どうしても思えません」




 刀利は小さな声でいった。平川の方を見る。平川はどこか遠くを見るような目をしている。




「そう。俺もそう思った。しかし、推理するうちにどうしてもその壁に直撃する。全ての事象が、平川が共犯者であることを示していた。信じたくはない。平川、認めるか?この悪天候が終われば助けが来る。調査も始まる。犯人が暴かれるのは時間の問題だ。お前が一番よくわかっているはずだ、平川。警察は甘くない」




 加羅は平川に煙草を差し出した。平川がそれを受け取り口に加えた。加羅が火をつけてやった。煙草を吸い、煙を吐き出す平川。


 決別の煙草。




「もう騙すのは心労になるな。……認めるよ。アキラさんの死を偽造した」




「どうしてなんですか!?なんのために!?」




 刀利は信じられないと言うかのように叫んだ。




「事件を起こす必要があったから。つまり、注目を集めたかった」




 平川は、遠くを見るような目で煙草を吸っている。




「事件が起きれば警察が来る、当然ニュースになる、そういうことか?」




 加羅は友人との別れを感じつつも言った。




「そう。北央七瀬の事件を解決する必要が、どうしてもあったんだ。警察の調べでは、事件性が無いと判断された。だが、僕にはそれがどうしても認められなかった。北央七瀬の、僕の最愛の彼女の死が事故だと判断されるのが許せなかった。北央七瀬は、僕の恋人だ。しかし、死体を偽造したことで問題が発生してしまった。最初は、死体を偽造して、それで終わりのはずだった。しかし連続殺人が起こってしまった。僕は殺人者も同然だ」




「お前は北央七瀬と交際していて、連続殺人は犯人の暴走ということか?」




「そう。七瀬は優しい子だった」




「そうか……。四方木さんの自供は正しいのか?」




「正しくない。四方木さんは、僕に協力してくれただけだ。アキラさんが七瀬を殺したというのは正しくない。正しければとっくに捕まっている。正しいのは、七瀬は確かに秋野さんの姉だったということ。神楽七瀬。それで間違いない。島で妹の秋野さんと暮らそうとしたというのは間違いじゃない。仕事も捨てるつもりだったと聞いた。しかし、七瀬は殺されてしまった」




 平川は煙を吐き出した。不幸を噛み締めながら。




「四方木さんが殺されたのも、七雄さんが殺されたのも、道間夫人が殺されたのも、お前は関わっていないんだな?」




 加羅は、少し違和感を覚えていた。




「ああ。僕も戸惑った。アキラさんが暴走するとは思わなかったんだ」




 うなだれる平川。




「犯行の計画を知っていたのは誰だ?」




「僕と、四方木さんと七雄さん。そしてアキラさんだ」




「アキラさんの死体を偽造して、殺人事件に見せかけて警察を呼ぶ。そして、調査をしてもらうという方向性だったんだな?」




「そうだ」




「殺すつもりはなかったということは……アキラさんの暴走とも取れるが、いや、それでも……」




 加羅の頭の中はぐるぐると回っていた。平川の言葉を信じるならば何かおかしい。死体を偽造してアイドルの死亡事件を掘り下げる。殺人をする必要はない。


 アキラは確かに館内を自由に歩き回れるし、見られてはいけないというリスクはあるが、人を殺すだろうか?いや、マスターキーを持っていたのだ。いつだって、自由に……。マスターキー。そこで加羅は気がついた。寒気を覚えた。




「平川さんの言葉を信じるべきだと思います。誰も信じなくても私は信じます」




 刀利は涙目になっている。平川はしてはいけないことをしてしまったのだ。それが、とても悲しくて、涙が止まらなかった。良くしてくれたのに。


 秋野と滝瀬は沈黙している。事情の整理をするかのように。


 加羅は考えていた。馬鹿げていた。一番しなければいけないことをしていなかったからだ。




「真っ先にしなければならないことがあった」




 加羅は倉庫の開いた扉から外に出ようとした。




「なんですか、それは?」




 涙を拭く刀利。




「管制室のモニターの映像を調べないといけない。平川、この犯行の計画を知っているのはさっきの通りか?」




 加羅が平川に問いかけた。必要な情報を集めなければならない。




「僕と四方木さんと七雄さん。そしてアキラさんだ」




「アキラさんとは連絡が取れるよな?」




「連絡先は知っている。しかし、電話をかけても、メールを送っても、返事がないんだ」




 平川の言葉。加羅はそれに反応した。違和感。何かが違う。どこかが崩れている。歯車がカタカタいっている。




「四方木さんと七雄さんは、何故殺されてしまったと思う?」




「何故?いや、わからないな……秋野さんと親しい、そして計画を知っていたということくらいしか共通点がない」




「北央七瀬の事件を解明しようとしたから殺された、というのが正しいと思う。仮にそうだとすると、平川、お前も危ないし勿論アキラさんも狙われる。アキラさんから携帯の返事はないんだろ?」




「ない。まさか、アキラさんが殺されたとでもいうのか?偽造ではなく、本当に殺されてしまったと?」




「可能性はある。俺はアキラさんが犯人だと断じたが、間違っていたのかもしれない。誰もアキラさんを目撃していない。誰かが発見してもおかしくないはずだ」




「誰か犯人なんだ?」




「自由に館の中を動けるマスターキーを持っていて、姿を消している人間」




 加羅は秋野の方を向いた。秋野は、四方木の死にうちのめされていたような顔をしていた。


「秋野さん、いや、神楽秋野さん。あなたが仮に死んだとします。その時あなたがご両親から受け継いだ莫大な遺産は、誰か相続する権利を得るのですか?」




「え……遺産、ですか?すみません、少し、ショックを受けています。すぐ立ち直りますから……しかし、答えないといけませんね。私の財産は、四方木に相続されることになっています。書類も作りました。しかし、四方木は、こんな……」




「四方木さん以外には相続者はいないのですか?」




「私に姉がいることなど知らなかったので、お世話になっている方に相続されるようにしています」




「誰ですか?」




「コックさんに、ほんの少しだけ。あとはお世話になった七雄さんと、館で事務作業をしてくださるアキラさんと、いつも尽くしてくれるリッキー。それらに資産は向かいます」




 秋野はそこまで言って息を飲んだ。何かに気がついたように。




「明らかにアキラさんとリッキーさんが怪しいじゃん」




 真っ先に切り出した滝瀬。財産目当て、と非難するかのように。




「リッキーさんはそのことを知っていますか?」




 加羅が尋ねる。廊下をちらりと見ながら。犯人が来たら男として皆を守らねばならない。




「ええ、知っています。直接お話しましたので」




 秋野は動揺している様子だった。大好きな人の死。陰謀の話。




「しかし可能性が多すぎます。アキラさんが生きていて、犯行に及んだ可能性は捨てきれないですよね。一つ一つの事件をまとめていくしかないんですか?」




 刀利は怒りにも似た感情を覚えていた。




「そうだな。わかりやすいところから行くと、七雄さんが毒を盛られた事件。権田さんが犯人なら、素直にサンドイッチとソーダに毒を入れたと考えられる。疑いの目が向けられても、コックは二人いるから、もう一人がやったんだと言い逃れが出来る。あの食事に毒が入っていないか調べて毒が出れば、権田さんは怪しいだろう」




 加羅は頷いた。




「僕はもう犯罪に加担する気持ちはない。僕が間違っていた。いかなる罰も受けよう。加羅、みんなと合流した方がいいんじゃないのか?ここで話をしていても話は進まない。それに、僕達を倉庫に閉じ込めた犯人は確実に悪意を持っている。その悪意が館の中をうろついているのだから、すぐに皆と合流すべきだと思う」




 平川はもう諦めたようだ。その顔はどこか悲しくて、届かない。




「その通りだな。みなさん、応接室に行きましょう」




 加羅は頷いた。そして倉庫を先頭を切って出ていった。




 倉庫を出て、寝室のある廊下を歩く加羅達。廊下に人影は見えない。


 途中、七雄の寝室を確かめた。サンドイッチとソーダは相変わらずそこにあった。毒が入ってないか確かめる方法はない。食べてみる以外は。とても食べるわけにはいかないが。



 廊下の終着点の真逆。加羅達は、応接室への扉にたどり着いた。加羅は躊躇なく応接室への扉を開いた。


 応接室の中の風景が視界に映る。


 幸いなことに、応接室で惨劇は起きていなかったようだ。権田と道間、白井がいた。三人とも加羅達の方へ駆け寄ってきた。




「滝瀬!遅いぞ!」




 権田が怒っている。いや、心配しているのかもしれない。




「色々あったんで」




 滝瀬の表情は暗い。そしてそのまま彼が、倉庫に加羅達が閉じ込められていたことを説明した。


 みんな驚いた表情をした。そして、自分たちは応接室から出ていないと次々に言った。




「皆さんのアリバイは完璧。じゃあ、やっぱり私達以外に館をうろついている人物がいるわけですね。問題なのは、それがアキラさんなのか、リッキーさんなのか。ですよね、加羅さん?」




 刀利は首を傾げながら、加羅の方を向いた。




「その通りだ。そして、現状を調べる方法は一つだけ。管制室のモニターをチェックすることだ。リッキーさんが白良島にいるかどうか、それでわかる」




「アキラさんとリッキーさんが、同時にうろついている可能性は?」




「あり得る話だな。というより、あり得ない話では無いか……。ここまで来ると。まあ、とりあえずは管制室のチェックだ。考えていても始まらない。思考が全てを解決するとは限らない。みなさん、全員で管制室に行きましょう。分断するのも、孤立するのも危険な状態です。状況は皆さんにもわかっているはずです」




 加羅は皆を見回した。




「管制室に行けば、全てがわかるのですか?」




 苦しそうな表情の秋野。




「わかります。少なくとも犯人が。我々はつきとめなくてはならない。秋野さん、絶対に我々から離れないでください。殺人犯の狙いはあなたなのだから」




「私、ですか?」




「そう考えるしかありません。いくら遺産の相続先となる人物を殺しても、神楽秋野さん、あなたが死ななければ全てが始まらない」




「そんな……じゃあ、どうして私を殺さないのですか?真っ先に殺すつもりはずでは?」




 秋野は呟いた。


 その言葉を聞いて、推理を披露していた加羅は、その通りだと思った。遺産目当てなら、神楽秋野の死は絶対に超えなければならない壁のはず。それに、秋野はマスターキーを持っている。秋野さえ殺せば、小細工などしなくてもマスターキーを簡単に入手出来たのだ。秋野を始末出来て、一石二鳥という言葉が正しいかもしれない。それに、秋野は少女。殺すことはたやすいはずだ。四方木がいる間は無理だっただろうが、四方木が倉庫に幽閉されてから殺すことは出来たはずだ。


 何か、ひっかかる。動機。遺産目当てではないのか?




「加羅さん、とりあえず管制室に行きましょうよ。事実の確認は迅速に行うべきだと思います」




 刀利が言った。起こったことが多すぎた。少しずつ事象を解明していかなければならない。刀利は事実の確認を優先したがっている。そして、それは間違いではない。




「そうだな。よし、皆で管制室に行きましょう。平川、いざという時は頼む」




 加羅は過ちを犯した平川にいった。平川は罪を犯した。それでも加羅にとって大切な友人だったのだ。悲しい決別はしたが。煙草で。


 加羅達は管制室に向けて歩きだした。何が待ち受けているのかはわからない。




 応接室から管制室へと向かう廊下に加羅達は出た。誰も喋らない。只々、緊張だけが辺りを包んでいる。


 そして、廊下から管制室へ。管制室の鍵は掛かっていた。加羅が出る時に、閉めておいたからだ。そのままと言える。


 管制室の中は、相変わらず暗い中にモニターだけが明るく、電気は消えていた。加羅が電灯のスイッチを入れた。すると、一瞬で部屋が明るくなった。


 管制室の中の様子。綺麗な部屋だ。アキラの姿も見られない。誰も居ない。綺麗さっぱり痕跡が消えている。




「モニターをチェックします。秋野さん、操作方法はわかりますか?」




 加羅が秋野にいった。加羅が一人でも動かせそうだったが、知っている人物がいるのであれば聞いたほうが早いと思ったのだ。加羅はそこまで機械音痴ではない。




「ええ、少しならわかります。ええと……何をチェックすればいいのですか?」




「俺、刀利、平川、七雄さん、白井さん、リッキーさんが船から降りた以前の映像を、再生してください。コック組が到着した所から」




「リッキーさん……力石といったか。彼は私と妻を降ろしてから、本陸に向かいましたよ」




 道間が口にした。道間の送迎の仕事が終わり、役目を終えて本陸に戻ったということか。




「映像を再生します。早送りで」




 聞こえなかったかのように、秋野がモニターの前の端末を操作している。皆、その様子を息を呑んで見守っていた。


 モニターに画像が表示された。映像が、モニターに流れていく。一つの船が、白良島に着いている。コック組だった。権田と滝瀬、リッキーの姿が見えた。権田と滝瀬を船から降ろし、リッキーは船に引き返し、船を発進させたようだ。違和感はない。


 映像は進む。また船がやってきた。加羅達が訪れたときだ。加羅、刀利、平川、七雄、白井の姿が見えた。リッキーは、再び船に乗り込んでいる。道間夫妻を迎えに行くためだろう。加羅はその場にいたので、映像に違和感は抱かなかった。


 そして、三回目。船が白良島に着いた。道間夫妻が船から降り、リッキーの姿も見えた。リッキーは再び船に乗り込み、船は白良島から去っていった。船着き場には一台の無人の船。




 問題なのはこれ以降だ。これ以降、船が白良島に戻ってくることがあれば、リッキーはかなり怪しくなる。


 秋野は、固唾を飲んでモニターを見守っているようだった。


 どうか……。




 映像は流れていった。悪天候。現在時刻まで早送りで再生して、結局、船は白良島にやってこなかった。


 秋野はそこで何故か泣き始めてしまった。




「よかった。よかった。リッキーは犯人ではないのです。本当によかった……。そうですよね?来ていないのだから」




「良かったですね、秋野さん」


 


 刀利が秋野の肩に手を置いた。四方木を失い、きっと茫然自失だったのだろうと。


 加羅は無言だった。状況は、リッキーの潔白を証明している。ただ、何かひっかかる。


 ひっかかることなど、ないはずだ。逆に言えば、それがひっかかる。残るアキラが犯人で間違いないはずだ。白良島に道間夫妻がやってきた後、船はやってこなかった。




 船が、来なかった?


 では……?




「加羅さん、アキラさんを捕まえれば事件解決ですね。襲われないように気をつけないといけませんが」




 刀利はまだ泣いている秋野を軽く抱きしめながらいった。刀利の方が大人だ。


 アキラを除く皆が集まっている。こうしていれば脅威はないはずだ。




「加羅さん?」




「俺は可能性を追求するあまり、大事な点を見落としていた」




「事件は終わったのでは?」




「モニターを目の前にして、始めて気がついたんだ。リッキーさんが黒なら納得がいく。しかし、映像では船が来ていない。リッキーさんは本陸に帰ってしまった。状況を見れば白だ」




「つまりアキラさんが黒なのでは?」




「想像の余地がある。アキラさんの側になって考えてみてくれ。どうやって、白良島から本陸に帰るんだ?逃げずにこの島にいれば捕まってしまうのに。次にこの島に来る船は、救援の船。警察だぞ。そうなれば、もう逃げ場など無い。警察の捜査力の前に屈するに決まっている」




「あ……」




「平川も、アキラさんに連絡がつかないと言っていたよな?アキラさんはもう、本陸に帰らない気なのかもしれない。そうなると、どんな行動に出るかわからない。自暴自棄の行動に出てもおかしくない。あるいは、もう動けないとかな」




 雷が鳴った。


 雷。吹く強い風。




「少しずつ、要点を整理していかなければなりません。一番近い事件だと、俺たちが倉庫に閉じ込められた事件。俺と刀利と平川の、三人が倉庫に閉じ込められました。倉庫のドアを施錠するにはマスターキーが必要です。そして、マスターキーの持ち主。秋野さん、謎の人物、おそらくはアキラさんでしょう。そして俺。三人です。秋野さん、今マスターキーを持っていますか?」




 加羅の質問に、秋野は慌ててマスターキーを取り出した。




「これです。この、銀色の鍵。館内の全ての鍵を開けることが出来ます。例外があるとすれば……玄関のスライド式のドアくらいですかね」




 皆に見えるように、鍵を掲げる秋野。




「俺たちが倉庫に閉じ込められたとき、秋野さんは応接室にいたんですよね?」




「いましたよ。間違いない」




 滝瀬が秋野のアリバイを証明するように証言した。




「わかりました。となると、外から鍵をかけられるのは謎の人物だけです。しかし、館の中の住人全員に今回はアリバイがあります。可能性としては、館内をうろついている謎の人物が倉庫に鍵をかけた。それしかない」




「何故、鍵を掛けて閉じ込めるような真似をした?何故、直接殺しに来なかったんだ?」




 平川が言った。道間夫人が殺されていたように、加羅達が殺されていてもおかしくない。




「刑事である平川に勝てないと判断したのかもしれない。あるいは、閉じ込めることで何かメリットがあるか」




 加羅は考えている。




「しかし、何故殺しに来なかったのかはわかっても、なんのために倉庫に閉じ込めたのかはわからないですね」




 刀利が口を挟んだ。刀利も考えている。




「俺たちがいなくなると、好都合だったんだろう。刑事を含む三人を閉じ込めて、また新たな犯罪を起こすつもりだったのかもしれない。まあ、滝瀬さんが助けに来てくれたが。しかし滝瀬さん、どうして俺たちを倉庫まで呼びに来たのですか?」




 滝瀬の方を加羅は向いた。最もな質問である。




「権田さんが、やっぱり刑事さん達がいないと不安だって。じゃあ自分で呼びに行けば、って言ったんですけど、お前が行けって。まあ、止む無しって感じですね。俺は不安じゃなかったですけど」




 滝瀬は呆れたような口調でいった。




「それは……権田さん、ファインプレーです。助かりました」




 権田に頭を下げる加羅。




「ファインプレーなのか……?たまたま運が良かっただけじゃん」




 滝瀬は不満そうにしている。権田は満足そうだ。ニコニコしている。


 加羅は、慎重に推理を進めた。マスターキーの現在の持ち主。神楽秋野。加羅。謎の人物。


 そんな時、黙っていた白井がなにかに気がついたかのように、窓の外を見ながら口を開いた。彼女は少し、疲弊しているようにも見える。




「あの……天気が良くなっていませんか?」




 白井の言葉。その言葉に釣られるように、全員が窓の方を見た。外は、激しく吹く風と雨が、少し弱くなっているように感じられた。




「本当だ!よし!これならそのうち助けが来る!」




 道間が笑顔を見せた。


 皆の緊張が少し解けたように思われた。警察と合流すれば、確実に安全だ。自白した平川は、しっかりと警察に救助の連絡を出していた。




「……結局、平川さんが捕まることになるんですね」




 刀利は俯いた。今、確実に捕まるのは平川だ。事件に加担した者。謎の人物が残っているとしても。




「すまない」




 平川は、刀利の信頼を裏切ってしまったことを悔やんだ。




「少しでも、相談してくれれば……ごめんなさい」




 刀利は涙を流した。首を横に振る。


 どうして相談してくれなかったのか。


 平川は、たった一人で恋人の死を抱え込んでいた。


 友人?笑わせる。刀利はそう思った。平川に何もしてあげられなかったではないか。


 少しでも力になれていてあげたなら。こんな事にはならなかったのかもしれないのに。


 刀利は後悔していた。加羅もまた、そうだろう。




「警察が来るまで、なんとか凌ぎましょう」




 加羅が皆を元気づけるようにそう言った。感情を殺しているように思える。



 そして数刻後、加羅は応接室で煙草を吸っていた。皆の緊張は徐々になくなり、みんな応接室に集まっている。平川もまた、煙草を吸っている。加羅と、最後の別れを惜しむかのように。天候は徐々に良くなり、流れは良いように見えた。




「お前と煙草を吸うのも、これが最後か」




 加羅が煙を吐き出した。平川の方をちらりと見た。




「そうだな。謝って済む問題じゃないが、すまなかった。罪は償う」




 俯く平川。




「謝るな。平川、もう安全だと思うか?」




「そこは……怪しいと思う。確実に犯人は暴走している。みんなの緊張は解け始めているとはいえ、油断は出来ない」




「犯人が襲ってきたら、一緒に戦ってくれるのか?」




 加羅が煙草を持ちながら、平川にいった。




「ああ。もう新たな犠牲者は出させない」




「助かるよ。……平川、俺は一つ試みを実行してみようと思う」




「何をするんだ?」




「尋問」





 千乃時加羅は、館の人物に尋問を行うことにした。応接室に全員が集まり、その中から一人ずつ、応接室の隅で加羅と一対一で話をするという形式。


 刑事の平川は応接室で目を光らせており、また、全員応接室に出揃っているので隙がない。犯人も襲ってこれないだろう。今までの加羅のアドバイスの正確さから、全員がそれを承諾した。




【少女・神楽秋野の証言】


 四方木が亡くなったのが悲しい。


 アキラには、四方木ほどの恩義は感じていない。


 加羅達が倉庫に閉じ込められた時、応接室に待機していた。


 怪しい動きをした人物はいなかったと思うし、また、加羅達を呼びに行った滝瀬以外は、誰も応接室から出ていっていない。


 応接室にいた人はアリバイが完璧であると思う。


 慌てて戻ってきた滝瀬にマスターキーを渡した。


 応接室にいる時、リッキーと連絡をスマートフォンで取った。もう少しで船が出せそうだと言っていた。




【医療従事者・白井の証言】


 不可思議な展開の連続で怖かった。


 七雄の死を最初に確認したのは白井。ドアが開いていたため、七雄の部屋に入った。毒殺で間違いないと死体を調べて確信した。


 加羅達が出ていってから、電話で秋野が誰かと話していた。距離があったので内容はわからない。


 加羅達が倉庫に閉じ込められた時は、応接室にいた。やけに秋野が落ち着いていたので、逆に怖かった。応接室からは、刑事を呼びに行ったコック以外は誰も出ていっていない。


 正直、早く帰りたい。




【料理長・権田の証言】


 七雄が死んだ時、部屋にあったサンドイッチとソーダを用意したのは権田。


 滝瀬に運ぶのを任せて、それ以来一度も触っていない。


 毒を盛った罪を擦り付けられているような気分。


 厨房で滝瀬と一緒にいる時間が長かった。


 お互いに怪しい動きはなかったと思う。滝瀬が毒を仕込んでいるなどという場面も見てはいない。しかし、確実かと言われると怪しい。


 応接室にて、怖いながらも待機していた時は、周りに人がいたので多少は安心した。




【料理人・滝瀬の証言】


 権田が調理した軽食を七雄に持っていった。滝瀬一人。


 サンドイッチとソーダには触れていない。トレイを握っていたし、完成した食材に興味も無かった。


 滝瀬が料理を運んでいる間に、滝瀬以外の誰かが、食事に毒を盛れるタイミングは間違いなく無かった。誰にも接近されていない。ただし、七雄が直接サンドイッチとソーダを食べる姿は見ていない。


 加羅達が閉じ込められていた時は、応接室にいた。その時、誰も応接室を出ていっていない。


 権田に命令されたので、加羅達を倉庫に呼びに行った。その時、誰とも遭遇していない。


 犯行の解明を求む。




【ファッションデザイナー・道間の証言】


 妻を殺されたショックが段々と実感を持ってきた。


 犯人を捕まえてほしい。


 応接室にて、待機組だった。加羅達を待つ間、応接室を出ていったのは、刑事を呼びに行ったコックだけ。他には誰も出ていっていない。


 主の秋野は落ち着いて見えた。道間は犯人が出てくれば対峙する覚悟だ。





【刑事・平川冬彦の証言】


 四方木達と組んで、白良島にて事件を起こそうと計画した。事件性があれば、恋人、北央七瀬。いや、神楽七瀬の無念を晴らせる可能性があったから。個人の力で解決するのは無理だと思い、警察を動かそうとした。加羅に招待状を送ったのは、事件を目撃する目撃者を作るため。刀利が付いてくる事は想定外だった。加羅と刀利に申し訳ないと思っている。


倉庫に閉じ込められた時、見た光景は加羅達と同じ。




 以上が、証言である。そして、これまでの情報で真犯人を推理することは可能である。


 事象を照らし合わせ、真犯人を解明していただきたい。





 応接室の隅で、加羅が煙草を吸っていた。ある程度尋問は終えた。役立った情報もある。確実に情報をまとめられるだけの。


 一人で煙草を吸っている加羅に、ぴょんぴょんと刀利が近づいてきた。




「加羅さん、何かわかりましたか?正直、解決困難な事件のように思えます。警察が来るまで何もしないが、ベストでしょうか?うーん、ベストって難しいですね。その時ベストだと思っていても、後になったら後の祭り」




 興味津々の刀利。




「アキラさん次第だな。そう、アキラさん次第だ……」




「どういうことですか?」




「要注意人物が増えた」




「尋問の成果ですか?」




「そうだ。ここに尋問の結果のメモがある。読んでみろ」




 加羅は右手ですっと手帳を刀利に差し出した。刀利はそれを受け取り、目を通し始めた。


 慎重に手帳を読む刀利。険しい表情をしている。真剣だ。




「ふむ……応接室組のアリバイが完璧だということは、わかりました。しかし、要注意人物なんていますか?アキラさんが最重要な危険人物では?」




「殺人が起きたからといって、全ての犯行が一人で行われるわけじゃない。四方木さんが死に、七雄さんが死に、道間夫人が死に、そしてアキラさんには平川から連絡が通じていない。この人物達の中に、まったく関連のない人物が含まれている。計画を知らなかった道間夫人だ。彼女は遊戯室から入り口へと向かう廊下で死んでいた。何故だと思う?」




「アキラさんが道間夫人に目撃されてしまい、それを知られないために、やむなく殺したのでは?」




「そうだ。しかし、そう思わせるために殺したという可能性がある。アキラさんが殺人犯で、館内をうろついていると見せかけるために。もしかするとアキラさんが館内をうろついているなんてのは想像で、実際にはもう動いていないかもしれない」




「動いていないというのは?」




「死んでいるということ」




 その言葉に、刀利は険しい表情を見せた。では誰が、と疑問の表情が浮かんでいる。




「疑問です。アキラさんが犯人でなければ、残るマスターキーの持ち主は、秋野さんと加羅さんだけです。加羅さんは論外として、秋野さんには人を殺せる力なんてないと思います。大人を殺せるとは思いません。立ちはだかる壁ですね。私も考えましたよ。秋野さんが犯人の可能性。だけど、物理で無理なんです。少女では無理があります」




「その通りだな。秋野さんには無理だ。一連の事件のポイント……マスターキーを持っている人物が犯人だ」




「秋野さんと加羅さん以外に、マスターキーを持っている人がいますか?リッキーさんは白良島にいないんですよ?」




「そうだ。リッキーさんは白良島にはいない。しかし、事象が一人の人物がマスターキーを持っている可能性を示している」




「誰ですか?」




 前のめりになる刀利。


 加羅は煙草の煙を吐いた。そして、告げる。




「滝瀬さん」



 加羅は刀利と共に、喫煙スペースを離れた。応接室を見張っている平川と話すためだった。


 二人の接近に平川は気づき、少し俯いた。自責の念に駆られているのかもしれない、そんな表情の平川。




「どうした、加羅?」




「平川、頼みがある。刀利と一緒に滝瀬さんを見張っていてくれ。応接室にいてもらいたい」




「滝瀬さん?……わかった、理由は聞かない。加羅のことだから、何か理由があるんだろう。任せておいてくれ」




「頼む。刀利も大人しくしているんだぞ」




「加羅さんはどうするんですか?」




「寝室を調べに行く。それだけだ」




「危険では?一人で行動しない方がいいのでは?加羅さんのことだから、大丈夫だと思いますけど……加羅さん、早く帰ってきてくださいね」




 不安そうに刀利は加羅を見つめた。加羅はそんな刀利の頭をぽんと叩いてやった。




「無事に帰ってくるさ。なんてことはない。おそらく読みは正しい」




 そう言って、加羅は寝室へのドアへと向かっていったのだった。





 加羅は静かに、寝室へと繋がる廊下への扉を開いた。


 廊下は、物音一つなかった。寝室へのドアも、みんな閉じている。七雄の部屋も、現場保存のため閉じてある。




「さて、どの部屋か」




 呟きながら、廊下を歩く加羅。最初に彼が目指したのは、倉庫に一番近い寝室だった。最初からそれを狙っているかのように。廊下を真っ直ぐ歩いて、数々の寝室を通り過ぎた。加羅は探しものをしているのだ。




 倉庫に一番近い寝室の扉の前までやってきた加羅。躊躇なくドアノブに手をかけ、開けようと試みた。しかし、鍵がかかっている。




「当たりか」




 そう呟いて、マスターキーを取り出した。鍵穴に鍵を入れて、ドアのロックを解除。


 そして、躊躇なく中へ入っていった。加羅は安全だと踏んでいたのだ。推理の正確さを信じている。




 寝室の狭い入り口から部屋の中へ。ベッドが右側に一つ置いてあり、左側にはテレビと鏡、小さな机が置いてあった。人影は見えない。


 加羅は手際よく部屋の中を調べた。何を探しているのか。マスターキーと、スマートフォンを探すためである。


 しかし、マスターキーとスマートフォンは、部屋の中を探しても見つからなかった。




 入り口付近に、寝室のバスルームへ繋がる扉がある。


 加羅は、廊下側を慎重に見てから、バスルームへの扉を開けた。


 バスルームの電気がついている。浴槽の中には、冷水もお湯も入っていなかった。




 既に死亡している謎の人物が、残酷にも浴槽の中に入れられていたからである。




 加羅は動揺することなく、その人物の状態を調べた。


 脈もなく、酷く苦しんだ表情だった。死んでいることは明白。


 首に、目立つ紫のアザがあった。刺されたような外傷はなく、首を締められて殺されたものと思われた。


 容貌は悲惨なものになっていたが、加羅は記憶と照らし合わせて、その人物をアキラだと断定した。管制室での、いわゆるお芝居で見せられた姿と一致する。アキラで間違いない。




 アキラが死んだことに何も感じない加羅ではなかったが、彼はすぐにマスターキーとスマートフォンを探した。バスルームに無ければ、もう、この寝室の中には、その2つは存在しないことになる。


 加羅は死体を調べた。バスルームも調べた。しかし、マスターキーもスマートフォンも発見出来なかった。その事実だけを確認し、部屋を出て鍵を閉めた。





 急ぎ、応接室へと戻った加羅。情報を得た。アキラが死んだという情報。複数の視線が、加羅に絡みつく。当然だろう。一人で勝手に行動していたのだから。


 平川と刀利は、滝瀬と話をしていた。権田も一緒である。


 刀利が加羅の姿に気づき、平川と滝瀬から離れ、早足で近づいていく。平川はまだ滝瀬と話をしている。




「加羅さん!心配でした!何かわかりましたか?ああ、良かったというか、なんといういうか……無茶はダメですよ」




 刀利は安心したように、加羅の手を取った。




「ああ、すまない。しかし、情報は得られた。俺の予想通りだった」




 加羅は窓の外を見た。もう、ほとんど雨が降っていない。救助が来るのも時間の問題と思われた。




「犯人はわかりましたか?」




「ああ。だが、公にするわけにはいかない。犯人が追い詰められたら、何をするかわからないからな。勿論、わからないこともある。動機だ。動機がまったくわからない。だが、とりあえずは救助が来るのを待とう。それが一番の安全策だ。警察が来るのも、もう少しの辛抱だろう。それまで何も起きなければいいが」




「私達に出来ることは、応接室に集まっているだけですよね?ただひたすらに防御を固める。有利になるように」




「そうだな。まあ、勝手に行動した俺が言える義理じゃないが」




「得られた情報で、犯人がわかったとか……?」




「犯人は滝瀬さんだ。廊下の寝室には……アキラさんの遺体があった」




 加羅は言い切った。コック、滝瀬錠時が犯人だと断じたのだ。




「完全に、亡くなっていたのですか!? 滝瀬さんが、全ての犯行を?」




「彼しかいない」




「理由を教えて下さい」




「わかった、話そう。順を追って話す。まず尋問で、応接室から出ていったのは滝瀬さんだけだと判明した。ならば答えはシンプルだ。滝瀬さんが倉庫まで行き、マスターキーで外から鍵をかけて俺たちを閉じ込めるのは不可能だ。倉庫の調査をしようとする俺達の後を追おうとしたならば、流石に俺達も気づく。したがって、滝瀬さん以外の人物が不意打ちで鍵を閉めなければならない。鍵を閉められる人物といえば、倉庫へ向かう廊下、寝室に潜んでいた人間しかいない。応接室組は廊下に出ていないのアから。では、どこに鍵を閉めた犯人がいたのか。それは、倉庫の一番傍の寝室に潜んでいた人間がいたのだろう。応接室組には不可能、滝瀬さんも不可能。したがって、消去法で導かれる人物、唯一の館の中の人物、アキラさんだ。アキラさんが犯人だった場合、どこかの寝室に今も潜んでいるだろう。応接室には出てこれないんだからな。しかし、アキラさんは遺体で発見された。倉庫に鍵をかけた後に、殺された。俺はアキラさんの遺体を調べたが、マスターキーもスマートフォンも発見できなかった」




「……遺体があったとは。ということは、現在のマスターキーの所持状況は、秋野さん、加羅さん、第三者……つまりエックスということですね。続きをお願いします」




「七雄さんが殺された事件を思い出してみよう。厨房には権田さんと滝瀬さんがいた。そこではお互いの目があり、毒を仕込める可能性は低い。しかし、七雄さんにサンドイッチとソーダを一人で持っていったのは滝瀬さんだ。一人で運んでる最中に毒を入れることは十分に可能だ。いや、むしろ毒を仕込めるのは滝瀬さんだけだ。尋問で、運んでいる最中に誰にも接近されていないとも言い切っている。それは事実だろう。滝瀬さんが白なら、近寄ってくる人物に対して、証言しているはずだ。滝瀬さんが、食事を運んでる最中に毒を仕込んだ。それで七雄さんは殺せる。食事から毒が発見されたその瞬間、犯人は滝瀬さんだ。警察が来れば判明することだ。コックが食事に毒を盛った。シンプルだろ?」




「なるほど。では……もう一つ質問をさせてください。道間夫人をどうやって殺したのですか?いえ、その先ですね。どうやって『処理』したのですか?」




「処理とは、なかなか厳しい言い方をするな。そう、道間夫人を殺した、『痕跡』のことだな。犯人は、返り血をどこかで処理しなければならない。寝室でシャワーを使いたいところだが、それには大きな壁が立ちはだかる。『寝室の向かうためにはいずれの道を通るとしても応接室を通らなければならない』という壁だ。これにより、寝室のシャワーを使うのは不可能に近い。そして、応接室という鉄壁の壁だが、一つ抜け道がある。『厨房』だ。厨房のキッチンなら、水で血を洗い流す事ができる。代わりの服を置いておくことも、コックの滝瀬さんなら容易に出来るだろう。権田さんに対して、応接室に少し出てくれ、というような連絡をすれば一人で始末が出来る。もし権田さんが戻ってこようとしたとしても、保険で中から鍵をかけておけば問題ない」




「厨房、ですか。それなら確かに犯行は可能ですね。返り血の問題が頭に引っかかっていたのですけど……腑に落ちました」




「問題点のある推理もある。四方木さんの死だ。あれは、少し不可解だ。あの事件だけ……四方木さんは死を受け入れたのだろうか。そう思える」




「死を受け入れた?」




「四方木さんは、老いているとはいえ、そんな簡単に殺されたりはしないだろう。しかし、反撃しなかったのかもしれない。何かの理由で死を選んだのかもしれない」




 そう言って、加羅は応接室の反対の隅にいる滝瀬をちらりと見た。滝瀬は権田と話をしている。




「アキラさんが亡くなって、加羅さんの推理だと、アキラさんの携帯電話に、滝瀬さんのメールか着信履歴……どちらかが残っているはずですよね。倉庫に私達を閉じ込めた時、滝瀬さんはアキラさんに、『閉じ込めるように』連絡をしたはずですから。しかし、なんで私達を閉じ込めたんでしょうね?閉じ込めている間に応接室で凶行に及ぶならわかりますが、滝瀬さんは何もしなかったですよね。倉庫に閉じ込める行動になんのメリットが……?」




「『隙間の空間』でアキラさんを殺すためだ」




「隙間の空間?」




「そう。想像してみるんだ。倉庫には俺達が閉じ込められて、応接室では皆が待機している。しかし、その応接室と倉庫を繋ぐ廊下と寝室は、まさに隙間の空間なんだ。廊下は危ないが、あの状況では、寝室で何かが起こっていたとしても、誰も気づくことは出来ない。アキラさんを、その隙間の空間を利用して始末したんだ。空白の寝室。その盲点を利用した」




「なるほど」




 刀利は顎に手を当てている。納得したような表情だった。




「いずれもが消去法。そして、動機はわからない。穴のある推理だ。しかし、俺の観察では、滝瀬さんが黒であることに変わりはない。警察はプロだ。彼らの調査が入れば、どこかから、滝瀬さんに不利になる証拠が出てくるだろう。時間の問題だ。俺たちが解決すべき話でも無いだろう。」




「聞いてみたいですね。何故、凶行に及んだのかを……」




「絶対に聞くな。何をしてがすかわからない」




「わかってますとも」




 刀利は頷き、ふっと窓の外を見た。


 晴れている。雲は消え去り、まるで事件が終わったから、晴れたかのように思えた。平和が訪れたように。


 警察の救援もすぐ来る。応接室は静寂に包まれ、これ以上事件は起きそうになかった。ただ、応接室で助けを待てば良い。




 そんな中、応接室でぼんやりしているように見えた滝瀬が、加羅と刀利の元へと近づいてきた。


 緊張する二人。無理もない。歩いてきているのは、殺人犯なのだ。




「加羅さん」




 親しげに加羅に話しかけてくる滝瀬。その表情は、微笑だった。




「滝瀬さん、なにか用事でも?」




「不躾な質問ですが、アンタは、気づいたのか?」




「……気づいた、とは。何に、ですか?」




「俺のこと」




 それきり滝瀬は言葉を切った。加羅の言葉を待っているように、何も喋らない。


 俺のこと。俺が、殺人を犯したこと、という意味だろう。


 加羅はちらりと、応接室にいる平川の方を見た。距離は近い。刀利は加羅より後ろに立っている。刀利に危険はない。慎重になっている加羅。当然だろう。




「気づいていないなら、何かやらせてもらうけど」




 滝瀬が意味深に言った。加羅はその言葉から暴走を感じ、切り出すことを決意した。




「何かを打ち明ける気のようですね。つまり……あなたが、全ての犯行を行ったことですか?」




 加羅は言い切った。殺人犯に対して、渾身の太刀を振り下ろしたのだ。




「……ああ、気づいてたか。やっぱりね。そう、アンタは優秀だ……アンタさえいなければ……、いや、アンタがいてくれて良かったよ」




 滝瀬は両手を上げた。それは、お手上げのポーズのようにも、この両手を縛ってくれ、という意味にも取れた。




「身体を調べさせてもらいます。構いませんね?」




 加羅は刀利を守る構えを見せつつ、身体検査を要求した。




「武器はないよ。ま、調べたらいいよ」




 滝瀬の返事があり、加羅は素早く滝瀬の身体を触ってチェックした。滝瀬の言う通り、彼は武器を所持していなかった。そして、そこまで筋肉質というわけでもない。暴れられても、取り押さえられるだろう。加羅は格闘戦に弱いわけではない。武器が無ければ問題はない。




「滝瀬さん。どうしてこのタイミングで、自白のような真似を?」




 加羅の最も聞きたい所だった。警察の調査が入るとはいえ、滝瀬は逃げられる可能性があったからだ。それなのに、まだ逃げられる可能性があるのに、自白する理由がわからなかった。




「ああ、何故かって顔をしていますね。白状しますよ。道間夫人を殺してしまったから。それだけです」




 滝瀬は悲しげな表情を浮かべていた。今までに見たことのない顔だった。物憂げな。




「道間夫人を殺してしまった……七雄さんと、四方木さんと、アキラさんは?」




「七雄とアキラへは、断罪。四方木さんは……」




「断罪?」




「そう。アイドル、北央七瀬の事件を知っているよな。行方不明の事件。そして、七瀬が誰かと恋仲だったことも」




「勿論です。把握しています」




「俺は、七瀬の事が好きだった。叶わない恋とわかっていてもな。七瀬は、遺産相続の権利を持っていた。北央七瀬が、神楽の血を継ぐ者、つまりは神楽七瀬であるとわかったら、不都合になる人間がいたんだよ。そいつらが、七瀬の抹殺を企んだんだ」




「秋野さん?」




「違う。あの世間知らずのお嬢様は関係ない。問題なのは、お嬢様の取り巻きさ。七瀬が白良島で殺された時、島の人間は、こぞってお互いのアリバイを証明した。その結果、七瀬の事件は事故。一人で勝手に落下して死んだということになった。可哀想にも程がある。あまりにも、報われない」




「滝瀬さんは、その時は島にいなかったのですか?」




「俺?俺さえこの島にいてやれれば!!」




 滝瀬の口調が荒くなった。表情には、感情による怒りというより、後悔のような怒りが浮かんでいた。




「コックは白良島にいなかった。七雄とアキラが組んで、七瀬を崖から落としたんだ。奴等は言っていた。『ナイフで脅したら、慌てて逃げ出すもんだな、人間って』『まあ、結果的に追い詰められて、自分で崖から落ちてくれたからラッキーだな』と。そう言っていた。俺は白良島の屋敷で、その話を聞いてしまった。ふとした隙だったよ。まったく、周りを警戒していないようだった。七雄とアキラは笑ってた。その時に思ったよ。神は俺に、コイツらを殺せと言っていると」




「それが、北央七瀬の死の真相だったのですね。七雄さんとアキラさん……いや、七雄とアキラか。……しかし、四方木さんは?関係がありますか?」




 そう加羅が尋ねると、滝瀬は両手を握った。




「四方木さんは、善でも悪でもない。俺はあの人の仕事ぶりを尊敬してた。でも、四方木さんは、俺と同じく、七瀬の死の真相を知っていたんだ。あの人が犯罪に加担したんじゃあない。ただ、四方木さんは、七雄とアキラに都合の良いように、証言したんだ。それによって、奴等のアリバイは完璧になってしまった」




「何故、四方木さんは嘘の証言を?」




「お嬢様だよ。何も知らないお嬢様、神楽秋野だ……。四方木さんは、奴等に反抗すれば、お嬢様にまで危険が及ぶかも知れないって、そう考えたんだって言ってた。俺は四方木さんを殺すつもりはなかった。だが、四方木さんは言った。許されないことをしたと。滝瀬、私を殺しなさいと。四方木さんのその時の澄んだ瞳は、忘れられない。決意していた。俺が殺すことも、四方木さんが殺されることも、運命だったかのように」




 滝瀬は俯いた。殺人を犯したのだ。そして、その罪を自白した。明確なる、殺人。彼は続ける。




「殺さない選択肢もあった。しかし、その時点では、まだ俺は犯人だとバレるわけにはいかなかった。アキラを殺すまで……。それまでは、捕まるわけにはいかなかった。……いや、言い訳だな。俺は、四方木さんを恨んだ。僅かながらにも。相手の事情も考えず、四方木さんを殺してしまった」




「四方木さんに、抵抗の跡が無かった理由はわかりました。何も言いません。しかし、道間夫人は、何故殺されたのですか?」




「それです。俺は、遊戯室と入り口を繋ぐ通路で、アキラと連絡を取っていた。誰も入ってこないからね。その時点での、今後の立ち回りをアキラと話し合っていたんだ。そして、俺はアキラを殺すつもりだった。奴との連絡の取り方が、通話だった。俺は声を出していたんだ。しかし、通話が終わって、廊下の奥、俺が立っている所からは死角になっていた位置に、道間夫人が立っていたんだ。夫人は口を抑えて、驚いていた。相当ショックを受けていたように見えたよ。俺は即座に判断した。夫人を殺さなければならないと。これが、自白の理由さ。自分の都合で、無関係な人間を殺してしまったんだ」




「突発的犯行であったと。しかし、叫び声のようなものが漏れても、おかしくなさそうなものですが」




「夫人は、完全に動揺していて、叫ぶ余裕も無かった。そして、俺は口は塞いだ。そして、ナイフを……俺は……」




「……人それぞれの正義があるように」




 加羅は滝瀬を見つめた。




「人それぞれの命は、尊いものです。そう、あなたの自白は正しい。道間夫人を殺すのは、許されない。いや、四方木さんも、七雄とアキラでさえも。正しい手段で裁くべきだった。貴方はそれをしなかった。人が人を罰するのは、秩序の元」




「わかってる」




「わかってる?滝瀬さん、貴方はわかっていない。人間は、少しの時間だけでは、何もわかりはしない。刑務所で罪を償ってください。殺人をするというのは、そういうことです。軽々しく、わかるなどと口にしないでください。賢い貴方なら、わかるはずだ」



 滝瀬は平川の手によって拘束された。それに驚いている者もいたし、怯えている者もいた。しかし、拘束は完璧で、滝瀬はもう何も出来ないだろうと思われた。実際に無力化されていた。




「全部、終わったんですね」




 喫煙スペースに、刀利と加羅が並んでいた。平川はいない。滝瀬の傍にいる。


 銀の灰皿に、加羅は煙草を押し付けた。




「……そうだな。悲しい事件だった」




「だとしても、許されません」




「わかっている」




「人間は罪を償えるのでしょうか?人が人を裁くのは難しい。それはわかります。法の力でどうにもならない事があることも。その中で、どうやって生きていけばいいでしょうか?被害者は、耐えるしかないのでしょうか?私はたまに思います。自分の弁護をしてくれる人が、いないかと。解放してくれないかと」




「罪を償えるかどうかは、わからない。定義も曖昧だ。ただ、償おうとする覚悟は必要だ」




 二人共、表情は元気とは言えなかった。暗くなるのも必然か。




「事件は解決したのですけど、私、どうしても気になることがあるんですよね」




「なんだ?」




「ええと、人影ですよ。私達が食事を摂る時、確かに窓の外に、人影が見えたと思うんです。風で何かが吹き飛ばされたと考えるのが自然ですけど……見間違いかなぁ」




 刀利は首を傾げている。加羅は煙草に火をつけようとしている手を止めた。




「まあ、見間違いですね。みんな館の中にいましたし……あの悪天候の中、島に隠れているのは難しかったでしょうから。事件も、滝瀬さんの自白で終わりましたしね。消去法で、滝瀬さんが犯人なのは、加羅さんが証明しましたし。全てのパーツが、私の見間違いだった事を意味しています」




 加羅は黙ってそれを聞いていた。そして、煙草に火をつけ、離れたところにいる神楽秋野の方を見つめた。まだ、少女。




「加羅さん?」




「いや、なんでもない。終わったことだ……もう殺人は起こらない。ただ、窓の外の人影が勘違いだったように、たった一つの情報が、全てを解決することもあるのだと、思っただけだ」





 天候は良くなり、白良島に警察が到着した。白良島で起こった出来事の事情を平川を始め、加羅達も説明し、平川と滝瀬は、警察に連れて行かれることになった。


 平川が警察に連行される時、刀利はずっと平川の方を見ていた。申し訳ない、ごめんなさい、ごめんね、そんな気持ちで。お別れなのだと。


 滝瀬はすんなりと逮捕を受け入れ、罪を自白した。




 加羅と刀利達は、警察の護衛の元、白良島から脱出することが出来た。船に揺られ、本陸へと帰ることになったのだ。その中には、神楽秋野の姿もあった。悲痛そうな表情を浮かべていた彼女。


 リッキーも警察に紛れ、秋野達を迎えに来ていた。彼は事件の事を聞いて、心底驚いたような表情をしたのであった。そして、島にいられなくて申し訳ない、という事を言っていた。




 揺れる船の中で、日差しを浴びながら、加羅と刀利はぼんやりとしていた。事件は終わったのだと。


 その時、ふと加羅は船内にいる秋野の方を見た。


 秋野はパソコンを操作していた。驚くべきは、圧倒的に文字をタイプするスピードが速かったことである。


 彼女はどうやら、プログラミングをしているらしい。


 高速でタイピングを続ける秋野。


 その時だけ、秋野の表情が悪魔のように見えて、加羅は背筋がゾッとした。


 リッキーも船に乗っている。彼は秋野に飲み物を運んでいた。


 その笑顔は曇りなく、秋野はリッキーから笑顔で飲み物を受け取った。




 揺れる海の音と、乾燥したように響くパソコンの音。


 これで、この事件は集結する。終わったのだ。




 人を殺すことが正義なのかと問われると、わからない。


 しかし、少なくとも残酷な事であることは間違いない。


 白良島からの脱出は、ここに終わった。

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