第99話 神々の茶番と、家族の連携
大階段の踊り場は、奇妙な静けさに包まれていた。 俺たちの足元には、ザラキアスの謎魔法とゴウガの怪力によって無力化された、哀れな近衛騎士たちが(ブーツも兜もなく)折り重なっている。そして、その頂点に。俺たち五人は、ついにこの異変の元凶、白の聖女セラフィーナと、その美しい顔に醜い憎悪を浮かべた〝何か〟と、直接対峙した。
「…セラフィーナ」 俺は、一歩前に出て、あえて彼女の名を呼んだ。 「もう、終わりにしよう。あんたがやっていることは、救済でも、調和でもない。ただの、独りよがりな破壊だ。王都の人々を、元に戻せ」
俺の言葉に、セラフィーナは、喉の奥でくつくつと笑った。その音は、もはや彼女のものではない、複数の声が混じり合ったような、異質な響きを帯びていた。 「…終わりに、ですって? 愚かなる『調停者』。物語は、今、始まったばかりだというのに」
「物語…だと?」 「そう。〝神〟が紡ぐ、新たなる創世の物語よ」 彼女は、まるで詩を詠うかのように、両手を広げた。 「迷い、苦しむ、不完全な人間を淘汰し、絶対の『秩序』と『調和』に満ちた、完璧なる世界を創造する。その輝かしい瞬間のために、わたくしは…いいえ、我らは存在するのです」
「…迷惑な話だな」俺は、棍棒を握り直した。「あんたのその完璧な世界ってのは、どうせ、誰も笑わない、誰も泣かない、人形だらけのつまらない世界なんだろ。悪いが、俺は、今のごちゃごちゃした世界の方が、よっぽど好きなんでね」
「ならば、消えなさい」 セラフィーナの瞳が、白銀に輝く。先日の戦いとは比べ物にならない、圧倒的な神気が、彼女の体から奔流のように溢れ出した! 大理石の床が、その力に耐えきれず、ミシミシと悲鳴を上げる!
「カイト殿! 我が究極奥義にて、あの女の化けの皮を剥いでくれる!」 ザラキアスが、俺の前に飛び出した。 「待て、ザラキアス! あれは…!」 「喰らえ! 神をも恐れぬ不届き者よ! 我が美の裁きを! 『無慈悲なる老化の呪い(アンチ・エイジング・ゼロ)!』」 「だから、なんで美容系なんだよ!」
ザラキアスが放った禍々しい紫色の光は、しかし、セラフィーナに届く前に、彼女を包む神聖なオーラによって、美容液のように蒸発して消えた。 「…無駄だ」 ゴウガが、いつの間にか引っこ抜いてきた、近くにあった巨大な女神像(たぶん、かなり高価)を、セラフィーナに向かって投げつけようと構えている。 「お前もやめろ! それ以上、王城を壊すな!」
「…二人とも、下がりなさい!」 エレノアの、凛とした声が響く。彼女とリリアが、俺たちの前に並び立った。 「相手は、もうセラフィーナではないわ。この世界の外側から来た、『理』そのものよ」 「母様…!」 「リリア、力を貸して。あの力を、この城ごと吹き飛ばす気だわ!」
セラフィーナ(それ)が掲げた手の中に、王都全体を飲み込むほどの、凝縮された『影』と『光』が渦巻く、小さな太陽が生まれ始めていた! 「さようなら、不協和音たち」
「「――『二重聖域』!!」」 エレノアの古代魔法による絶対防御の魔法陣と、リリアの聖なる力を宿した光の結界が、寸分違わぬタイミングで重なり合う! 母と娘の、初めての共同作業。二つの異なる力が、完璧に調和し、俺たちの前に、眩いばかりの守りの壁を築き上げた!
ズウウウウウウウウウン!!!
セラフィーナが放った「太陽」が、二人の結界に激突する。凄まじい衝撃波がホール全体を揺らし、天井からシャンデリアが(ザラキアスのせいで髑髏モチーフになりかけたやつが)ガラガラと落下していく!
「くっ…!」 エレノアの顔が、苦痛に歪む。 「母様!」 「大丈夫…! でも、長くは持たない…!」 二人の結界が、徐々にひび割れていく!
俺は、その光景を、歯を食いしばって見ていた。 エレノアとリリアが、時間を稼いでくれている。ザラキアスとゴウガが、俺を守るように左右を固めている。 俺が、やるべきことは、一つだ。
(…あいつを、セラフィーナを、止めなきゃならない) (でも、どうやって? あの神の力を、どうやって『調停』する?) (違う…俺が『調停』すべきは、あの力じゃない)
俺は、気づいた。 セラフィーナ(それ)が、あれだけの力を振るえるのは、彼女の肉体と精神を「器」にしているからだ。ならば、その「器」との繋がりを、断ち切ればいい。
(俺が『調停』すべきは…セラフィーナ本人と、あの〝神の使い〟との、歪んだ『契約』そのものだ!)
俺は、目を閉じた。 意識を、金色の光へと集中させる。 俺の力が、戦闘のためではなく、誰かを救うため、繋ぐための力だというのなら…!
「…カイト!?」 エレノアの驚く声が聞こえる。 俺は、二人が張ってくれている結界を、真正面からすり抜け、無防備なまま、力の奔流の中心にいるセラフィーナに向かって、まっすぐに歩き出していた。
「カイト! 何を!?」 「馬鹿者! 戻れ!」
仲間たちの絶叫が、背後で聞こえる。 だが、俺は止まらなかった。 「セラフィーナ!」 俺は、力の嵐の中で、彼女の名前を叫んだ。 「あんたが、どんな理由でそいつを受け入れたのかは知らねえ! けどな、もういいだろ! あんたがやりたかったのは、こんなことじゃないはずだ!」
俺は、金色の光を放つ手のひらを、彼女…セラフィーナの額に向かって、伸ばしていた。 世界を終わらせるほどの力の奔流が、俺の体を焼き尽くそうと、すぐそこまで迫っていた。




