第97話 王城(キャッスル)への五人
静寂は、長くは続かなかった。 俺の『調停の権能』によって、王都全体を縛り付けていた『影』の支配が、一瞬だけ麻痺した。その千載一遇の好機を、俺たちは逃さなかった。
「行くぞ!」 俺の叫びを合図に、五人は同時に大地を蹴った。 S 先頭はゴウガ。彼の巨大な体躯が、まるで重戦車のように空気を切り裂き、道を塞ぐ『影』の市民たちを傷つけないよう、巧みにかき分けていく。 「道を開けろ! 邪魔だ!」 その両脇を、ザラキアスとリリアが固める。
「ふはは! 我が君の御前である! 道を開けぬ愚か者には、再び『優しき夜の抱擁』をくれてやるぞ!」 ザラキアスが詠唱すると、再起動しかけた市民たちの足元から、またしても銀色のリボンが伸び、彼らを優しく電柱や街灯に縛り付けていく。…役に立つな、それ!
「聖なる光よ、壁となりて、弱き者を守りたまえ!」 リリアは、俺たち五人が駆け抜ける軌道上に、光の壁を展開。左右から迫ろうとする『影』の市民たちが、その聖なる輝きに触れ、怯んだように動きを止める。彼女はもう迷っていなかった。守るべきものを守るために、その力を振るっている。
そして、最後尾。俺とエレノアだ。 「カイト、息が上がっているわよ! まだ力を使い続けているの!?」 エレノアが、俺の背中を支えるようにしながら叫ぶ。 「当たり前だろ! あれを見ろ!」
俺が指差す先、遥か高みのバルコニーで、セラフィーナがゆっくりと手を上げていた。 「――無駄な足掻きを」 その冷たい声と共に、王城の城壁そのものから、巨大な『影』の触手が、まるで生き物のようにうねり出て、俺たちに向かって叩きつけられようとしていた!
「くそっ…! 『調停』する…!」 「ダメよ、カイト!」エレノアが俺の前に躍り出る。「あなたの力は、彼女本人にこそ使うべき! あんな、ただの力の奔流にぶつけたら、あなたの精神が持たないわ!」 「じゃあ、どうするんだよ!」 「わたくしが、道を開きます」
エレノアは、立ち止まると、その影の触手に向かって、静かに両手を広げた。その姿は、あまりにも無防備で、俺は息を呑んだ。 「エレノア!? 危ない!」 「――『万象よ、古き理に還れ』」
彼女が紡いだのは、詠唱というより、世界に対する命令だった。 エレノアの足元から、複雑な古代ルーン文字が描かれた巨大な魔法陣が、瞬時に展開される。それは、リリアの聖なる光とも、ザラキアスの闇とも違う、ただ純粋な、圧倒的な『理』の力だった。 迫り来る『影』の触手は、その魔法陣に触れた瞬間、まるでビデオを逆再生するかのように、その形を失い、ただの魔力の粒子となって霧散していく!
「…すげえ…」 俺も、ザラキアスも、ゴウガも、思わず足を止めてその光景に見入ってしまった。 「母様…これが、本当の…」リリアも、呆然と呟いている。 「…感心している場合ではありませんわよ!」エレノアの額には、さすがに大粒の汗が浮かんでいた。「今の魔法で、あのバルコニーまで道ができました! 行くわよ!」
見上げると、王城の門からバルコニーへと続く大階段に巣食っていた『影』が、エレノアの魔法の余波で、綺麗に吹き払われている!
「「「御意!!」」」 俺たちは、再び駆け出した。 王城の巨大な門をくぐり抜け、エントランスホールへと飛び込む。目の前には、バルコニーへと続く、赤絨毯の敷かれた壮麗な大階段。
そして、その階段の踊り場に、彼女は立っていた。 セラフィーナが、逃げることもなく、ただ冷たい微笑みを浮かべて、俺たちを待ち構えていた。 「…よく、ここまでたどり着きました。褒めて差し上げましょう、魔女と、その哀れな眷属たち」
だが、彼女の隣には、新たな護衛がいた。 それは、王城の近衛騎士団だった。彼らもまた、王都の民と同じように、『影』にその身を囚われ、虚ろな瞳で、しかし完璧な陣形で、俺たちの前に立ちはだかっている。
「…リリア」セラフィーナは、楽しそうにリリアを見つめた。「あなたが光の道を捨てた今、彼ら聖なる騎士たちも、迷える子羊となってしまいました。…ですが、大丈夫。今度は、わたくしの『影』が、彼らに絶対の『秩序』を与えて差し上げましたから」
「…もう、あなたの言葉は聞かない」 リリアが、杖を構え直す。 「私たちは、あなたを止めに来た。ううん…あなたに囚われている『何か』を、止めに来た!」
「止める?」セラフィーナは、心の底から可笑しそうに笑った。「それは、嵐を止めようとする蟻の独り言かしら?」
「どうかな!」 俺は、一歩前に出た。 「あんたのその歪んだ『秩序』とやらも、俺の『調停』の前で、どこまで持つか…試してみようぜ!」
王城の広間。 聖女の仮面を脱ぎ捨てた『影』の支配者と、魔王の家族(+α)の、最後の戦いの火蓋が、今、切って落とされようとしていた。




