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第96話 守るべき者たちと、調停の矛先

「撃つな! 相手は王都の民だぞ!」 「しかし、隊長! このままでは…ぐわっ!」


 大通りは、瞬く間に地獄絵図と化した。  『影』に操られた市民たちが、虚ろな瞳のまま、しかし俊敏な動きで連合軍の兵士たちに襲いかかる。彼らは武器こそ持たないが、その爪や素手には『影』の力がまとわりつき、触れた者の生命力を容赦なく奪っていく。兵士たちは、相手が市民であるという事実に加え、目の前の家族や友人が異形の存在と化した恐怖に、まともな反撃ができない。防戦一方となり、陣形はみるみるうちに崩れていった。


「くそっ…! これが、あんたの言う『救済』かよ!」  俺は、老婆の姿をした『影』の腕を棍棒で受け止めながら、悪態をつく。手応えがない。まるで、黒い粘土を受け止めているかのような、不快な感触だけが残る。


「カイト殿! 援護する!」  ザラキアスが、俺の隣に躍り出た。彼の手には、いつもの禍々しい魔力ではなく、不思議な銀色の光が宿っている。 「これぞ、我が君への忠誠の証! 我が魔力を反転させし、無害なる束縛魔法! 眠れ、哀れなる者よ! 『優しき夜の抱擁テンダーナイト・ハグ』!」  彼が指を鳴らすと、襲いかかってきた市民の足元から、影がリボンのように伸び、その体を優しく、しかし強固に拘束した!…ネーミングセンスは相変わらず最悪だが、確かに傷つけてはいない!


「ゴウガ! お前も続け!」 「うむ…!」  ゴウガは、襲い来る市民たちを、その巨体で真正面から受け止める。そして、まるで壊れ物を扱うかのように、一人、また一人と抱きかかえると、近くの半壊した商店の中へと、そっと「収納」し始めた。 「すまぬ。しばし、眠れ」  その姿は、もはや四天王というより、巨大なベビーシッターだった。


「リリア! あなたの光で、彼らの動きそのものを鈍らせなさい!」  エレノアの声が飛ぶ。彼女自身も、風の魔法で市民たちを柔らかく吹き飛ばし、拘束魔法で次々と無力化していく。 「は、はいっ!」  リリアは、まだ迷いを振り切れない顔をしていたが、それでも杖を構えた。 「聖なる光よ、彼の者らの苦しみを鎮めたまえ! 『聖域サンクチュアリ』!」  彼女を中心に、眩い光のドームが広がる。その光に触れた『影』の市民たちの動きが、明らかに鈍くなった!『影』そのものを祓うことはできなくとも、その支配を弱めることはできるらしい!


「よし、これで…!」  俺が安堵しかけた、その時だった。 「――無駄ですわ」  王城のバルコニーから、セラフィーナの冷たい声が響き渡る。 「あなた方がどれだけ足掻こうと、この『影』は、この星の『淀み』そのもの。人が迷い、苦しむ限り、無限に湧き出てくるのです」


 その言葉を裏付けるかのように、俺たちが無力化したはずの市民たちの背後から、路地裏やマンホールから、新たな『影』そのものが、黒い泥のように溢れ出し、次々と新たな市民に憑依していく! キリがない!


「くそっ…! これじゃ、ジリ貧だ!」  ザラキアスの額にも、焦りの汗が浮かぶ。 「カイト殿! 我が魔力も、無限ではないぞ!」


 このままでは、俺たちが消耗しきるのが先だ。王城にいるセラフィーナ本人を叩かなければ、この悪夢は終わらない。  俺は、棍棒を強く握りしめた。どうする。どうすれば、この市民たちを傷つけずに、あのバルコニーまでたどり着ける…?


(敵は、市民じゃない。やつらを操る『影』そのものだ…) (あの『影』は、セラフィーナから供給されている…) (なら、俺が止めるべきは…!)


 俺は、覚悟を決めた。 「エレノア! リリア! 兵士たちを頼む! 俺が、あいつの『支配』を止める!」 「カイト!? 何を…?」  俺は、エレノアの制止を振り切り、あえて『影』の軍勢のまっただ中へと一歩踏み出した。周囲から、無数の『影』の手が俺に向かって伸びてくる!


 俺は、棍棒を捨て、目を閉じた。  意識を集中させる。兵士たちの恐怖。リリアの迷い。ザラキアスたちの焦り。そして、市民たちを縛り付ける、冷たく、無機質な『影』の意思。その全てが、一つの不協和音となって俺の頭に響く。


(うるさい…!)  俺は、心の底から叫んだ。 (あんたの歪んだ『調和』なんて、まっぴらだ! 俺たちの世界を、俺たちの日常を、勝手に『救った』つもりになるんじゃねえ!)


 金色の光が、俺の体から爆発した。  それは、聖なる光でも、邪悪な魔力でもない。ただ、「在るべき姿に戻れ」と願う、強烈な『調停』の意志。  俺の力は、周囲の兵士たちの恐怖を鎮めるだけには留まらなかった。王都全体に張り巡らされた、セラフィーナの『影』のネットワークそのものに、直接干渉を試みる!


「――っ!?」  王城のバルコニーで、セラフィーナが、初めて苦悶の表情を浮かべて後ずさった。彼女から伸びる『影』の糸が、俺の金色の光に触れ、激しく火花を散らしている!


 その瞬間、王都を覆っていた『影』の市民たちの動きが、ピタリ、と。  一斉に、止まった。


「…今だ!」  俺は、目を見開いて叫んだ。 「エレノア! リリア! ザラキアス、ゴウガ! 王城へ突入するぞ! あの女を、引きずり下ろす!」


 俺たちは、時間が止まったかのような『影』の軍勢の間を抜け、王城へと続く大通りを、一気に駆け抜けた!  俺の『調停』が、いつまで持つかは分からない。  だが、俺たちは、ついに敵の懐へと飛び込む、最初の一歩を踏み出したのだ。

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