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第93話 影に向かう行軍と、それぞれの決意

 連合軍と魔王軍(という名の我が家族+α)による、王都への合同進軍が始まった。それは、歴史上、そしておそらく未来永劫、最も奇妙で、最も統率の取れていないであろう軍隊の行進だった。  先頭を行くのは、老将軍率いる精鋭騎士団。彼らは、ついさっきまで敵だった魔女とその配下(俺たち)がすぐ後ろにいるという事実に、背筋を緊張させながらも、規律正しく前進している。  その後ろが、俺たち魔王軍だ。これが、ひどかった。


「おい、ザラキアス! 貴様のその禍々しいオーラ、少しは抑えんか! 騎士団の馬が怯えているだろうが!」 「むん! 我が内なる魔力の奔流を抑えろと!? それは太陽に昇るなと言うに等しい所業! だが、カイト殿の勅命とあらば、やむを得まい…ふんぬっ!」  ザラキアスが気合を入れると、彼の周りに漂っていた紫色のオーラが、一瞬だけ、無理やり体内に押し込められたように見えた。…が、すぐにプシューッと効果音でも付きそうな勢いで漏れ出してくる。馬、余計に怯えてるぞ!


「ゴウガ! お前はもう少し静かに歩けんのか! 一歩ごとに地響きがするんだよ!」 「うむ。これが、俺の歩き方だ」  ゴウガは、悪びれもせず、その巨大な足でドシン、ドシンと大地を踏みしめながら進む。時折、彼が蹴飛ばした小石が、前を行く騎士の兜にカツンと当たる音が聞こえた。…頼むから、揉め事を起こさないでくれ…。


 俺は、この個性…いや、問題児すぎる四天王(二人)の手綱を握りながら、隣を歩くエレノアに囁いた。 「…なあ、エレノア。本当にこいつら連れてきて大丈夫だったのか? 王都に着く前に、味方に後ろから刺されそうだぞ」 「あら、大丈夫よ」エレノアは、くすくすと笑う。「彼らなりに、状況は理解しているわ。それに…ああ見えて、いざとなれば頼りになるのだから」  その言葉通り、時折、斥候が報告する街道脇の魔物の気配に対し、ゴウガが牽制の唸り声を上げ、ザラキアスが目に見えない結界を張ることで、戦闘を回避できている場面もあった。…まあ、役に立っては、いるのか…?


 俺たちの少し後ろを、リリアが黙ってついてきていた。彼女は、先ほどのティーパーティーでの感情の爆発が嘘のように、今は静かに、しかし強い意志を宿した目で、前を見据えている。俺が声をかけようか迷っていると、彼女の方から、ぽつりと呟いた。


「…カイト。私…戦えるかな」 「え?」 「王都を守るために…ううん、セラフィーナ様の嘘を止めるために。私、母様やあなたみたいに、強くないかもしれないけど…」  その声は、まだ少し震えていた。聖女としての力はあっても、それを自分の意志で、信じるもののために振るう覚悟が、まだ定まっていないのだろう。


「リリア」俺は、歩みを止めずに、彼女に言った。「強さってのは、魔法の威力や剣の腕だけじゃない。迷いながらでも、自分の足で前に進もうとすること。それだって、立派な強さだ。お前は、ちゃんと自分で考えて、ここまで来たんだろ? なら、大丈夫だよ」 「……」 「それに、お前は一人じゃない。俺も、エレノアも、…まあ、あのアホ二人も、いる」  俺が後ろの二人を指差すと、リリアの口元に、ほんの少しだけ、笑みが浮かんだ。 「…うん。ありがとう、カイト」


 行軍は続き、やがて地平線の向こうに、王都のシルエットが見えてきた。  だが、それは俺たちが知っている壮麗な都の姿ではなかった。  高い城壁の一部が、まるで黒いインクをぶちまけたかのように、不気味な『影』に覆われている。その『影』は、生き物のように、ゆっくりと、しかし確実に、脈動し、城壁を侵食しているように見えた。空には、不吉な暗雲が渦巻き、時折、影の中から、この世のものとは思えない、甲高い悲鳴のような音が響いてくる。


「…ひどい…」  リリアが息を呑む。 「あれが…『影』…」  老将軍も、その異様な光景に顔を歪ませている。


「…なるほど。これは、単なる幻影や魔力による攻撃ではありませんわね」  エレノアが、目を細めて分析する。 「世界の『境界』そのものを侵食し、こちらの次元を『無』へと引きずり込もうとする力…。セラフィーナに宿ったもの…あれは、我々の世界の理の外側から来た、本物の『侵略者』と見るべきですわ」


 侵略者…。その言葉の重みが、俺たちの胸にずしりとのしかかる。  俺たちが立ち向かおうとしているのは、ただの魔法使いや軍隊ではない。世界そのものを脅かす、未知の脅威なのだ。


「…カイト殿」ザラキアスが、いつになく真剣な声で俺に問いかけた。「あれは…我が究極魔法でも、祓える類のものか…?」 「…さあな」俺は、王都を覆う巨大な『影』を見据えながら、答えた。「だが、やるしかないだろ。あの中に、まだ助けを待ってる人たちがいるんだから」


 俺の言葉に、ザラキアスも、ゴウガも、そしてリリアも、静かに頷いた。  エレノアが、俺の手をそっと握る。その手は、いつも通り温かかった。


 連合軍と魔王軍。奇妙な共同戦線は、ついに決戦の地、王都の門前へとたどり着いた。  門は…存在しなかった。ただ、巨大な『影』が、黒い口を開けて、俺たちを待っているだけだった。


「…行くぞ」  俺は、短く告げた。

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