第9話 ものまね子猫と、だだ漏れの心の声?
リリアの強引な「ノーカン宣言」のおかげで、俺たち三人の間の重苦しい空気は、とりあえず霧散した。……まあ、完全に元通りというわけではないけれど。なんというか、お互いに少しだけ、相手の顔色を窺うような、妙な遠慮が生まれた気がする。特にリリアは、以前のようにベタベタとくっついてくることは減った……ような?(それでも物理的な距離は近いが)
そんな微妙な空気感を抱えつつ、俺たちはリリアが(半ばヤケクソで)選んだ依頼に取り掛かることになった。依頼内容は、『貴族のご令嬢が飼っていた『ものまね子猫』の捜索および保護』。
「ものまね子猫……? 聞いたことないな」
「わたくしも名前くらいしか……確か、聞いた音や声を真似るのが得意な、珍しい魔獣だったはずですわ。愛玩用として、一部の貴族の間で人気とか」
エレノアさんが説明してくれる。ふーん、音を真似る猫か。
依頼主である貴族のお嬢様(涙目)によると、その子猫・ミミちゃん(安直!)は、ちょっとした隙に屋敷を抜け出し、近くの『古森』に迷い込んでしまったらしい。古森は、木々が鬱蒼と茂り、迷いやすい上に、ゴブリンなどの低級魔物も出るため、子供だけで入るのは危険な場所だ。
「よし、じゃあ早速探しに行こう!」
リリアがいつもの調子で言う。うん、元気は戻ってきたみたいで何よりだ。
「ええ。わたくしが探索魔法で大まかな位置を探りますわ。カイトさんとリリアは、周囲の警戒をお願いできます?」
「はい!」「了解!」
俺たちは古森へと足を踏み入れた。ひんやりとした空気が肌を刺す。昼間だというのに薄暗く、不気味な静けさが漂っていた。
「……ミミちゃーん! 出ておいでー!」
リリアが声を張り上げるが、返ってくるのは木霊だけ。
「むぅ、どこ行っちゃったんだろ……」
「……静かに。何か聞こえますわ」
エレノアさんが、すっと片手を上げる。俺たちも息を潜めて耳を澄ますと……
「……にゃーん……助けてにゃ……」
か細い猫の声! それも、明らかに助けを求めているような!?
「ミミちゃんか!?」
「あっちだ!」
声のする方へ駆け出す俺たち。茂みをかき分けると、少し開けた場所に出た。そこに……いた! 白くてふわふわした、可愛らしい子猫が、木の枝に引っかかって困っている!
「ミミちゃん! 大丈夫!?」
リリアが駆け寄ろうとした、その時。
「……カイト……好き……」
!?!?!?
俺は、自分の耳を疑った。今、確かに聞こえた。俺の名前と……す、好き……!? しかも、その声は……リリアの声にそっくりだ!
「えっ!? リ、リリア、お前、今……!?」
俺が驚いてリリアを見ると、彼女は顔を真っ赤にしてブンブンと首を横に振っている!
「ち、違う! 私じゃない! きっと、あの猫の仕業だよ!」
そうだ、ものまね子猫! こいつ、聞いた声を真似るんだった!
ということは、今の「好き」って声は、リリアがいつかどこかで言った(あるいは思った?)言葉を……!?
「あらあら……」
エレノアさんが、面白そうに口元に手を当てている。やめてください、その反応が一番心臓に悪いです!
俺が混乱している間に、子猫はさらに器用に声を真似始めた。
「……エレノア様……美しい……」
今度は、俺の声そっくりだ! しかも、俺が日頃、心の奥底で(決して口には出さないように)思っていることが……!
「「…………」」
俺とエレノアさんの間に、沈黙が流れる。エレノアさんは……あれ? いつもの余裕の笑みじゃなく、少しだけ頬を赤らめている……ような?
「……カイトったら、大胆なんだから……私が一番だって、ちゃんと言ってくれないと!」
子猫が、今度はリリアそっくりの声で、拗ねたように言う!
「だーーーっ! だから私じゃないってば!」
リリアが地団駄を踏む!
「カイトさん……ふふ、嬉しいですけれど、困りますわ」「カイトのえっちー!」
子猫は、俺やリリア、エレノアさんの声を次々と真似て、俺たちが内心で思っていそうなこと(あるいは、そうであってほしい願望?)を、めちゃくちゃな順番で垂れ流し始めた! カオス! まさにカオス!
(こ、こいつ……! ただの可愛い魔獣じゃなかったのか!? 心を読む……いや、違う! 周囲の人間の『心の声』に近いものを拾って、面白がって真似してるのか!?)
なんて迷惑な能力なんだ!
「こ、こうなったら……!」
俺はヤケクソ気味に、木の枝に引っかかっている子猫に向かって飛びかかった!
「にゃー!?」
驚いた子猫を、なんとかキャッチ! ふわふわで温かい。……だが、こいつのせいで俺は今、とんでもない羞恥プレイの真っ最中だ!
「よし、捕まえたぞ!」
「やったね、カイト!」
「お手柄ですわ、カイトさん」
ようやく落ち着きを取り戻した母娘が、俺に駆け寄ってくる。その顔は……二人とも、やっぱり少し赤い。
……無事にミミちゃん(仮)を依頼主のお嬢様に届け、報酬を受け取った帰り道。
三人で歩く道は、またしても微妙な空気に包まれていた。
「……あの猫、すごかったね。あんなにそっくりに真似できるなんて」
リリアが、無理やり明るい声で言う。
「ええ……。少々、お行儀が悪いようでしたけれど」
エレノアさんも、咳払いをして応える。
(……俺の心の声(の一部)、確実に聞かれたよな……)
エレノアさんを「美しい」と思ったこと。
リリアを「頼りになる」と思ったこと。
……他にも、なんか色々真似されてた気がするが、思い出したくない!
チラリと二人を見ると、やっぱりどこかぎこちない。
あの花粉騒ぎでリセットされたはずの気まずさが、別の形で再インストールされてしまった気分だ。
(……なんで俺の周りには、こういう厄介事ばっかり起こるんだ……!?)
俺は、空を仰いで、本日何度目か分からないため息をついた。
このドキドキ生活、やっぱり前途多難である。