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第81話 魔王の勅令と、家族の覚悟

 聖なる光の矢が突き立ったテーブルは、まるで宣戦布告の掲示板のように、不吉な輝きを放ち続けていた。甘いスコーンの香りと、張り詰めた魔力の匂いが混じり合い、庭の空気は一変していた。


 エレノアに抱きしめられたまま、リリアは呆然と矢を見つめている。彼女の帰郷が、最悪の形で引き金となってしまった。その事実が、ようやく取り戻しかけた温もりを、再び冷たい罪悪感で凍らせていく。


「…私の、せい…」  か細い声が、リリアの唇から漏れた。 「私が…帰ってきたり、したから…っ」


「違う」  その声を遮ったのは、俺だった。俺はリリアの震える肩に手を置き、まっすぐに彼女の瞳を見つめた。 「これはお前のせいじゃない。最初から、セラフィーナの狙いはこれだったんだ。お前を『悲劇の聖女』に仕立て上げ、俺たちを『娘を囚える悪』に仕立て上げる。お前が帰ってこなくても、いずれ別の口実を見つけて、同じことをしたさ。あいつにとって、お前はただの駒なんだよ」


「駒…ですって?」  エレノアが、静かに顔を上げた。彼女はリリアを抱きしめていた腕をそっと解くと、ゆっくりと立ち上がる。その瞳から、先ほどまでの母親の優しさは消え、絶対零度の光が宿っていた。 「いいえ、カイト。リリアは駒ではないわ。彼女は…セラフィーナが失った、唯一の『大義名分』よ」


 エレノアは、光の矢を指先でつまむと、まるで汚れたものでも払うかのように、音もなく塵に変えた。 「『聖女を救出する』。それが、彼らが掲げた唯一の正義。でも、その聖女が、自らの意志でここにいる。…さて、世界はどちらの言葉を信じるかしら?」


 その言葉に、リリアはハッとして顔を上げた。そうだ、私は囚われたのではない。自分の足で、帰ってきたのだ。


「我が君! 今こそ、反撃の狼煙を上げる時です!」  黙って控えていたザラキアスが、マントを翻して進み出た。 「我が究極魔法『終末の鎮魂歌エンド・レクイエム』にて、あの不敬なる者どもの陣営を、地図の上から消し去る許可を!」 「待て」ゴウガが、その前に立ちはだかる。「俺が行く。一撃で、終わらせる」 「貴様ら、話を聞いていたか!?」俺は思わず叫んだ。「これは戦争じゃない! プロパガンダ合戦だっつってんだよ!」


 俺が頭を抱えていると、エレノアはパン、と一度だけ手を叩いた。  その小さな音に、ザラキアスもゴウガも、ピタリと動きを止めて跪く。庭の空気が、凛と引き締まった。魔王の、最初の本当の勅令が下される。


「ザラキアス、ゴウガ」 「「はっ!」」 「あなたたちには、この城の『賓客』をお守りする、最も重要な任務を与えます」  エレノアは、目を丸くしているリリアに、穏やかな視線を向けた。 「リリアを、絶対に守りなさい。髪の一筋たりとも、傷つけさせてはなりません」


 それは、四天王への命令であり、同時に、娘への「あなたはもう戦わなくていい」という、母からのメッセージでもあった。 「御意のままに!」 「命に代えても」  二人は、初めて与えられた明確な役割に、獰猛な闘志と忠誠をその目に宿らせた。


「そして、カイト」  エレノアが、俺に向き直る。 「あなたには、わたくしと共に来てほしい場所があります」 「場所…? どこへ行く気だ?」 「決まっているでしょう?」  エレノアは、悪戯っぽく、しかし絶対的な自信を持って微笑んだ。 「お茶会の、やり直しよ。今度は、こちらから出向いてあげましょう。…世界中の観客の、目の前でね」


 彼女の言葉の意味を理解した瞬間、俺の背筋にゾクゾクとした武者震いが走った。  セラフィーナが作った「聖女救出」という舞台。その主役を奪い取り、全く別の物語に書き換えてしまう。それこそが、エレノアの描く反撃の筋書きだった。


「…リリア」  俺は、まだ呆然としているリリアに向き直った。 「お前は、ここにいろ。お前がここにいて、無事でいることが、俺たちの最強の武器になる」 「カイト…母様…」 「大丈夫よ」エレノアが、リリアの頭を優しく撫でる。「少しだけ、お母様が、悪い魔法使いを懲らしめに行くだけだから」


 その顔は、もう魔王ではなかった。娘に言い聞かせる、強く、そして優しい、母親の顔に戻っていた。  リリアは、こくりと、しかし力強く頷いた。


 こうして、俺たちの役割は決まった。  リリアと四天王は、この城で世界の理不尽に対する「生ける証人」となる。  そして俺とエレノアは、たった二人で、数万の軍勢が待つ敵陣の真ん中へ、史上最も危険なティーパーティーを開きに行くのだ。


「さて、と」  俺は、大きく息を吸い込んだ。 「エレノア、とっておきの茶葉、持ったか?」 「ええ、もちろん。最高のダージリンをね」  俺たちは、顔を見合わせて、不敵に笑った。

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