第75話 魔王軍の連携訓練と、世界を分かつ壁
一夜明け、魔王城(仮)では、俺による第二回作戦会議が開かれていた。
「…というわけで、リリアを直接ぶん殴って連れ戻すとか、地下トンネルを掘って潜入するといった脳筋プランは却下だ」
俺は、ザラキアスとゴウガの提案を一蹴した。
「俺たちの目的は、リリアとの対話だ。セラフィーナの洗脳を解き、真実を伝える。そのための作戦を立てる」
俺がそう宣言すると、なぜかザラキアスとゴウガは、互いの目を見つめ、深く頷き合った。
「さすがはカイト殿。我らの物理的な戦闘能力だけでなく、対話という、より高次元の戦術を見据えておられるとは」
「うむ。カイト殿の知略、尊敬する」
「お前らのせいで、俺の胃に穴が開きそうなんだが…」
俺の『調停の権能』による、奇妙な友情はまだ続いているらしい。
「連携が重要になる。まずは、お前らのコンビネーション技を完成させるぞ」
俺は、庭(元・地獄のジオラマ、現・イングリッシュガーデン)に二人を連れ出した。
「いいか、ザラキアスが『闇の渦』で敵の動きを封じ、そこにゴウガが、このデカい岩を投げ込む。完璧な作戦だ」
「おお! 我が混沌と、ゴウガ殿の破壊が融合する…! なんという甘美な響き!」
「任せろ」
そして、訓練は始まった。
ザラキアスが高らかに詠唱し、空間にバスケットボールサイズの黒い渦を生み出す。
「今だ、ゴウガ殿!」
ゴウガが、軽自動車ほどの大きさの岩を、唸りを上げて投げ込む。
…タイミングも、コントロールも、完璧だった。
岩は、見事に『闇の渦』に吸い込まれ―――そして、渦の明後日の方向から、とんでもない勢いで射出され、エレノアが丹精込めて育てていた、巨大なカボチャ畑を完全に更地にした。
「「あ…」」
空気が、凍る。
やがて、家からエレノアがひょっこり顔を出した。
「あら、すごい音。…まあ、カボチャが全部、ペーストになったのね。これで、今夜はポタージュが作れるわ。ありがとう、二人とも」
聖母か、この人は。
ザラキアスとゴウガは、そのあまりの慈悲深さに、感涙しながら抱き合っていた。
そんな、いつも通りのアホな日常が、突如として終わりを告げる。
空が、おかしい。
晴れていたはずの空が、まるで巨大な紫色のガラスに覆われたかのように、急速に色を変えていく。
遥か遠く、地平線の彼方から、天を突くほどの巨大な、光の壁が出現し、ゆっくりと、だが確実に、こちらへ向かって迫ってきていた。
「…これは」
エレノアの表情から、笑みが消える。
「『神離の結界』…。内と外を、因果律レベルで切り離す、古代の封印術。セラフィーナ、いえ、〝神の使い〟は、私たちをこの土地ごと、世界から消し去るつもりだわ」
もはや、戦争ですらない。ただの一方的な、世界の理からの「削除」。
絶望的な光景を前に、誰もが言葉を失う。
だが、その時、俺の内に眠る『調停の権能』が、うずくように反応した。
あの巨大な結界。それは、あまりにも一方的で、調和を欠いた、歪んだ力だ。俺の力は、その「歪み」を、明確に感じ取っていた。
結界そのものを、壊すことはできない。だが、その力の流れに、ほんの少しだけ、干渉できるかもしれない。
「…なあ、お前ら」
俺は、目の前にそびえ立つ、絶望の壁を見上げながら、言った。
「新しい作戦を思いついた。リリアと話すのは、後回しだ」
俺は、決意を固めて、振り返る。
「ちょっと、あの壁と、話し合いをしてくる」




