第72話 魔王城の建築会議と、聖女の禁書
魔王城(仮)の改築は、新たな局面を迎えていた。
ドワーフの建築家たちと、我が軍の四天王(二人)との間で、深刻な意見の対立が発生したのだ。
「だから! この玉座の間のシャンデリアは、もっとこう、邪悪で荘厳な、巨大な髑髏をモチーフにしたデザインにすべきだと、俺は言っている!」
「馬鹿者! そんなもん、掃除が大変なだけだろうが! 実用性を考えろ、実用性を! シンプルな魔晶石の照明が一番だ!」
ザラキアスとドワーフの棟梁が、設計図を挟んで一触即発の状態だ。隣ではゴウガが「いっそ、照明などなくとも、俺の心眼ですべて見える」などと意味の分からないことを言っている。
ああ、もう、面倒くさい!
俺は、もはやお馴染みとなった『調停の権能』を発動した。
(お前ら、互いの仕事をリスペクトしろ…!)
すると、二人の雰囲気が、がらりと変わる。
「棟梁殿…! 貴殿のその、機能美を追求する無骨な魂…! まるで、磨き上げられた黒曜石のような輝きだ…!」
「ザラキアス様こそ…! その、装飾に命を懸ける情熱…! 我らドワーフが忘れかけていた、遊び心という名の魂を、思い出させてくれる…!」
彼らは、互いの手を固く握りしめ、涙ぐみ始めた。こうして、玉座の間には「ドワーフの技術の粋を集めて作られた、無駄に装飾過多な髑髏のシャンデリア」という、カオスの塊が設置されることが決定した。俺の力、本当にこれで合ってるのか?
その夜、疲れ果てた俺に、エレノアがそっと寄り添ってくれた。
「大変ね、カイト。あなたは、この家の調停者でもあるのだから」
「全くだ。…でも、変な力だよな。ただ、仲良くさせるだけで、根本的な解決にはなってない」
「そうかしら?」
エレノアは、俺の頭を優しく撫でた。その母性に満ちた仕草に、ドキリとする。
「あなたの力は、争いの『真実』を、見えなくさせているだけかもしれないわ。本当に大事なのは、その奥にある、それぞれの想いなのでしょうから」
その言葉は、俺の心に、小さく、だが確かに響いた。
その頃、リリアは、大神殿の禁書庫で、真実の断片を見つけ出していた。
彼女が手にしていた古文書には、こう記されていた。
『――神子は、光と闇の争いが、天秤の皿より溢れし時に現れる。その権能は、どちらにも与せず、ただ調停し、天秤をあるべき姿に戻すためのもの。神子が立つ時、それは、光にも闇にも属さぬ、〝外なる脅威〟が、世界に干渉している証左なり――』
神子…カイトのことだ。
そして、〝外なる脅威〟とは? 母様が魔王になったことではない。セラフィーナ様が呼び出した、あの〝神の使い〟こそが、世界の理を乱すイレギュラーなのでは?
リリアが、その事実に打ち震えていると、背後に、ふわりと花の香りがした。
セラフィーナだった。彼女は、いつからそこにいたのか、完璧な微笑みを浮かべて立っている。
「熱心ね、リリア。何か、面白い発見でもありましたか?」
「…いえ」リリアは、咄嗟に古文書を背中に隠した。「敵を知るために、魔王に関する伝承を調べていただけです」
初めて、セラフィーナに嘘をついた。心臓が、早鐘のように鳴る。
セラフィーナは、リリアの動揺を見透かしたように、その目を細めた。
「そう。でも、あまり根を詰めすぎないように。…禁じられた知識は、時に、人の心を闇よりも深く蝕むものですから」
その声は優しかったが、リリアには、それが紛れもない警告だと分かった。
セラフィーナが去った後、リリアは一人、禁書庫の暗闇で、固く拳を握りしめていた。
もう、何も信じられない。信じられるのは、自分の目で見た事実と、この禁書に記された、小さな真実だけだ。
彼女の戦いは、今、新たな意味を持ち始めていた。それは、母との戦いではない。この世界に隠された、巨大な嘘との戦いだ。




