第71話 神子の力の使い道と、聖女の探求
すっかり体調が戻った俺は、自分の身に起きた変化…この『調停の権能』とかいう、大層な名前の力を理解しようと試みていた。
だが、どうやって? 戦争を止めるための力を、平時に試す方法なんてあるわけない。
…いや、あった。
この家には、局地的な紛争が、常に勃発している。
「いいか、ザラキアス! カイト殿の寝室の警護は、屈強なる俺が担当すべきだ!」
「笑止! カイト殿に必要なのは、物理的な壁ではない! 邪な夢魔を退ける、俺の結界魔術だ!」
リビングで、俺の警護任務の担当を巡って、ザラキアスとゴウガがまた胸ぐらを掴み合っていた。
これだ。
俺は、あの戦場の中心に立った時の感覚…「やめてほしい」と強く願った、あの感覚を思い出しながら、二人に意識を集中する。
(やめろ、お前ら。仲良くしろ…)
すると、俺の手のひらが、ふわりと金色に発光した。
次の瞬間、驚くべきことが起こる。
「…むっ!?」
「なっ…!?」
掴み合っていた二人が、まるで感電したかのように、ビクッと体を離した。
そして、互いを指さし、なぜか顔を赤らめながら、震える声で叫んだ。
「ゴウガ殿! いつも思っていたが、貴殿のその大胸筋こそ、真の芸術だ…! 守られたい…!」
「ザラキアス殿こそ、その流れるような銀髪には、月の女神の魂が宿っているかのようだ…! 美しい…!」
「「…………はっ!?」」
二人は、自分の口から飛び出した言葉に、心底ゾッとしたという顔で固まっている。どうやら、俺の力は、対象の敵対心を、強制的に「友愛」とか「尊敬」の念に変換してしまうらしい。とんでもない力だ。主に、使い道が。
「…カイトの力、本当に不思議ね」
一部始終を見ていたエレノアが、感心したように呟く。
「それは、力でねじ伏せる魔法じゃない。物事の『あるべき姿』へと、優しく導く力なのね。あなたらしい、とても素敵な力だわ」
「素敵か…? 俺は今、うちの四天王たちの新たな扉を開いてしまった気がするんだが…」
その頃、リリアは一人、大神殿の薄暗い禁書庫にいた。
セラフィーナの言葉に拭えない疑念を抱いた彼女は、真実を求めて、自ら行動を始めていたのだ。
聖女候補の権限を使い、彼女は「魔王」「聖女」、そして「神の使い」に関する、最も古い文献を探し出す。
羊皮紙の束をめくるうち、彼女は、ある記述に目を留めた。
『――世界は、光と闇の均衡の上に成り立つ。聖女が光の極ならば、魔王は闇の極。どちらかが欠ければ、世界は緩やかに崩壊へと向かう。故に、神は時に、理を乱す者ではなく、理を正す者として、魔王を立てる――』
リリアは、息をのんだ。
セラフィーナの教えと、全く違う。魔王は、世界に必要な存在?
では、母は? カイトは? そして、自分は、一体何と戦っているというの…?
同じ頃、セラフィーナは連合軍の司令官たちを前に、巧みな演説を繰り広げていた。
「突如現れた『調停者』は、神が我らに与えたもうた試練! 我らの信仰が、真に固いものであるかを試しておられるのです! 我らこそが正義であると、今こそ、団結して証明する時です!」
彼女は、カイトというイレギュラーさえも、自らの物語に取り込み、軍の士気を巧みに再掌握していた。
夜、俺は、ぎこちない距離感で互いを褒め殺し合うようになったザラキアスとゴウガの姿に、頭を抱えていた。
この力は、戦争を終わらせるためのものだと思っていた。
だが、今のところ、この家のカオスを加速させているだけだ。
俺の戦いは、まだ始まったばかりらしい。




