第7話 花粉注意報、その後始末は……?
「カイト(さん)……!」
右から迫る、普段より120%増しで乙女チック&積極的なリリア!
左から迫る、普段の余裕はどこへやら、熱っぽい視線でこちらに手を伸ばすエレノアさん!
背後では、この惨状(?)を作り出した張本人である恋戯れの妖精たちが、ケラケラと楽しそうに飛び回っている!
(詰んだ……! 人生(異世界ライフ)詰んだ……!!)
俺の脳内は、完全にレッドアラート状態! 理性が焼き切れそうだ!
このままでは、俺は……俺は……美人母娘(理性蒸発バージョン)に、お、美味しくいただかれてしまう……!?(意味深)
「い、いやあああああああ!!」
その瞬間、俺の生存本能が、理性を凌駕した!
考えるより先に、体が動いていた。
ダッ!!
俺は、迫りくる二人の美女の手を(ギリギリで)すり抜け、一目散に森の奥へと駆け出した!
「あ! カイト、待ってー!」
「まあ! カイトさん、いけませんわ、そちらは……!」
背後から、必死な(そしてどこか甘い響きを伴った)声が追いかけてくる!
振り向く余裕なんてない! ただひたすら、霧の中を、木の根や茂みを避けながら走る!
(なんで俺がこんな目にぃぃぃ!? これも全部、あのクソ妖精どものせいだ!)
涙目になりながら爆走する俺。背後からは、確実に二人の足音が迫ってきている。しかも、薬のせいか、普段より動きが俊敏になっている気がする!
(だ、だめだ、追いつかれる……!)
焦りから足元がおろそかになった瞬間、俺は派手に木の根に躓き、前のめりに転倒した!
「ぐえっ!?」
地面に顔面からダイブ! ……したかと思いきや、そこは柔らかい草むらと、ふわりと甘い香りのする白い花々が咲き乱れる場所だった。
「い、痛てて……。なんだ、この花……?」
顔を上げると、目の前には月光のような淡い光を放つ、美しい白い花が一面に咲いていた。その花の放つ、清涼感のある甘い香りが、さっき吸い込んだ妖精の花粉とは違う、心を落ち着かせるような……。
「カイト、大丈夫!?」
「カイトさん、お怪我は!?」
追いついてきたリリアとエレノアさんが、俺に駆け寄ってくる。その表情は、まだ先ほどの熱っぽい光を宿している……! やばい!
「ち、近寄らないでくださ……!」
俺が叫ぼうとした、その時。
白い花の香りを吸い込んだ二人の動きが、ピタリと止まった。
「……あれ?」
リリアが、自分の手や顔を見回し、きょとんとしている。
「……まあ。わたくし、一体……?」
エレノアさんも、眉をひそめ、先ほどまでの様子が嘘のように冷静な表情に戻っていた。
(……もしかして、この花の香り、あの花粉の効果を打ち消す……!?)
まさに、ご都合主義的展開! だが、今はありがたい!
「だ、大丈夫ですか、二人とも!?」
俺が恐る恐る尋ねると、二人は顔を見合わせ、そして……みるみるうちに顔を赤らめた。
「……わ、私、さっき、カイトになんて言ってた……っけ?」
リリアが、顔を伏せて小声で呟く。
「……わたくしも……少々、取り乱していたようですわね……。お見苦しいところを……」
エレノアさんも、珍しく気まずそうに視線を逸らしている。
どうやら、花粉の効果が切れた後も、その間の記憶はうっすらと残っているらしい。……気まずい! めちゃくちゃ気まずい!
「い、いや! 気にしないでください! あれは、その、妖精のせいですから!」
俺は必死にフォローするが、気まずい空気はなかなか消えない。
「……と、とにかく! 妖精を捕まえないと!」
リリアが、空気を変えるように叫んだ。そうだ、依頼の途中だった!
幸い(?)、俺たちが転がり込んだこの白い花畑の香りは、妖精たちにも効果があったらしく、さっきまでケラケラ笑っていた妖精たちが、ふらふらと酔ったように地面に落ちてきていた。
「あらあら、これは好都合ですわね」
冷静さを取り戻したエレノアさんが、指先から放った魔力の糸で、動けなくなった妖精たちを次々と捕獲していく。その手際の良さは、さすが伝説の魔女だ。
こうして、俺たちはなんとか『恋戯れの妖精』の捕獲依頼を完了することができた。
……まあ、依頼達成までの道のりは、筆舌に尽くしがたいものがあったわけだが。
帰り道。
森の中を歩く三人。しかし、そこにはいつものような賑やかさも、からかいの言葉もなかった。
リリアは、時折チラチラと俺の顔を見ては、すぐに俯いてしまう。
エレノアさんも、どこか遠くを見つめるように、静かに歩いている。
そして俺は……さっきの出来事を思い出しては、顔が熱くなるのを感じていた。
(……あの時の二人、めちゃくちゃ可愛かったな……。いやいやいや! 何考えてるんだ俺は!)
気まずい! とにかく気まずい!
普段の、やかましいくらいの日常が、今は少しだけ恋しい……なんて思ってしまうほどだ。
ギルドへの報告を終え、報酬の金貨を受け取る。ずっしりとした重みが、今日の(主に精神的な)苦労を物語っているようだった。
「じゃ、じゃあ、俺、宿に戻るから……」
俺は、逃げるように母娘に背を向けた。
「あ……うん。また明日ね、カイト」
リリアが、小さな声で言った。
「……ええ。お気をつけて、カイトさん」
エレノアさんも、静かに頷いた。
……なんだか、いつもと違う二人の様子に、俺は戸惑いを隠せない。
あの花粉騒ぎは、俺たち三人の関係に、何か新しい変化をもたらしたのだろうか?
(……ま、また胃が痛くなってきた……)
俺は、夕暮れの街を歩きながら、新たな心労の種を抱え、深いため息をつくのだった。
このドキドキ(主に悪い意味で)生活、本当にいつになったら落ち着くんだ……?