第67話 魔王軍の作戦会議と、聖女の初陣
大神殿からの最後通牒は、宣戦布告と同義だった。魔王城(仮)の空気は、さすがにピリついている。……と思いきや、
「いいか、これが我が軍の戦力だ」
俺はリビングのテーブルに、手書きの地図を広げた。
「まず、魔王様 。世界最強クラスの魔法使いだが、基本的にキッチンから動きたがらない 。次に、四天王筆頭ザラキアス。派手な魔法で一点を殲滅するのは得意だが、燃費が悪く、すぐに詠唱したがる 。そして、ゴウガ。馬鹿力とタフさだけなら軍隊並みだが、罠を仕掛けると自分もかかる 。以上だ」
俺の絶望的な戦力分析に、ザラキアスとゴウガは自信満々に胸を張った。
「案ずるな、カイト殿! 我が君の栄光の前には、百万の軍勢も塵芥に同じ!」
「一対一なら、負けん」
「戦争は一対一じゃないんだよ!」
俺が頭を抱えていると、エレノアがお盆に山盛りのスコーンを乗せてやってきた。
「みんな、お疲れ様。決戦前の腹ごしらえに、『高カロリー・ハイパーバトルスコーン』を焼いてみたわ」
「おお! 我が君の愛! これで士気は天を突く!」
「うまい…力が、みなぎる…」
もはや、作戦会議ではなく、ただのピクニックだ。だが、エレノアは俺の隣にそっと寄り添うと、小さな声で囁いた。
「ありがとう、カイト。あなたが、みんなを繋いでくれているのね」
その一言だけで、俺の苦労は少しだけ報われる気がした。
その頃、宗教国家連合の連合軍が集結する広大な野営地は、凄まじい熱気に包まれていた。
数万の騎士たちが掲げる、無数の旗、旗、旗。その中心に設けられた演台に、純白の鎧をまとったリリアが立つ。彼女の後ろには、聖母のように微笑むセラフィーナが控えていた。
「――私は、この目で見ました!」
リリアの声が、魔法で増幅されて戦場に響き渡る。
「魔女が、魔王の座に溺れ、世界を闇に染めようとする姿を! 私の母であった者は、もういません! そこにいるのは、世界を蝕む災厄です!」
彼女の悲痛な叫びに、騎士たちは同情と怒りの声を上げる。
「私は、私の全てを懸けて、光のために戦います! 聖女の名において、魔王エレノアを討ち、この地に真の平和を取り戻すことを誓います!」
演説を終えたリリアに、万雷の拍手と歓声が送られる。彼女は、見事に「悲劇の聖女」という偶像を演じきっていた。
セラフィーナは、誰も見ていない角度で、満足げに口の端を吊り上げた。
その日の夜。
エレノアは、一人、家のテラスから遠くの空を眺めていた。その先には、連合軍の野営地から立ち上る、無数の篝火が見える。彼女の表情は、悲しそうにも、そしてどこか誇らしそうにも見えた。
遠く離れた野営地で、リリアもまた、自陣の天幕から、ぽつんと灯る故郷の家の明かりを見ていた。その手は、固く、震えている。
聖女と魔王。
世界が待ち望む神話的な決戦。
だが、その戦場の中心に立つのが、ただの意地っ張りな娘と、不器用な愛情しか知らない母親であることを、一体どれだけの者が知っているだろうか。
俺は、スコーンの最後の一つを口に放り込みながら、胸の奥の鈍い痛みに耐えていた。
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