第6話 始まるって言っただろ?):朝食と、恋の妖精(迷惑)と
「……えーっと、とりあえず、お二人とも、ありがとうございます……?」
俺は、部屋のドアの前で火花を散らす(ように見える)美人母娘を前に、引きつった笑顔を浮かべるしかなかった。
右手にリリアの差し出すほかほかパン(と、期待に満ちたキラキラ瞳)。
左手にエレノアさんの差し出す高級そうなティーカップ(と、優雅だが有無を言わさぬ微笑み)。
どちらを取る? いや、どちらかだけ取るなんて選択肢は、俺には許されていない気がする……!
「あ、あの、せっかくだから、お二人とも、一緒にどうですか……? 俺の部屋、狭いですけど……」
俺がしどろもどろに提案すると、母娘はピタリと動きを止め、顔を見合わせた。
「「……ふふっ」」
え、なんで笑うの!?
「まあ、カイトさんがそう言うなら、仕方ありませんわね?」
「しょーがないなー、カイトのお願いなら!」
結局、俺の狭い安宿の一室で、とんでもなく場違いな(そして豪華な)朝食会が開催されることになった。右隣にリリア(パンをもぐもぐ)、左隣にエレノアさん(優雅にお茶をすする)。俺は真ん中で、生きた心地がしないまま、パンとお茶を交互に口に運ぶ。……味が、よくわからない。
そんなカオスな朝食を終え、俺たちが(なぜか三人で)冒険者ギルドに向かうと、掲示板に新しい依頼が張り出されていた。
『緊急依頼:妖精の森に出没する『恋戯れの妖精』の捕獲。被害:森林内の旅行者や商人に対し、一時的な混乱(主に色恋沙汰)を引き起こす花粉を散布。危険度:C(ただし精神的ダメージ大)。報酬:金貨10枚。備考:繊細な捕獲作業が求められるため、腕の良い魔法使い、または手先の器用な冒険者推奨』
「へー、恋の妖精? なんだか面白そうじゃん! ね、カイト、これ受けようよ!」
リリアが目を輝かせて依頼書を指差す。
「いや、精神的ダメージ大って書いてあるぞ……」
「大丈夫だって! 私の火魔法でパーッと……」
「だから、パーッはダメなんだって! 繊細な捕獲作業って書いてあるだろ!」
俺たちがいつものように漫才(?)を繰り広げていると、背後から穏やかな声がかかった。
「まあ、『恋戯れの妖精』ですって? 懐かしいですわね」
振り向くと、やはりエレノアさん。……もはやストーカーでは? いや、偶然、偶然のはずだ。
「母さん、知ってるの?」
「ええ、昔少し研究したことがありますの。あの子たちの花粉は、吸い込むと一時的に理性が飛んで、近くにいる相手に強い好意……というか、まあ、恋心のようなものを抱いてしまうのですよ。効果は数時間で切れますけれど、なかなか厄介ですわ」
「へー……」
(……なんか、ものすごく嫌な予感がするんですけど……!)
俺の第六感が、けたたましく警鐘を鳴らしている!
「報酬も悪くありませんし、カイトさんとリリアだけでは少し心配ですわね。よろしければ、わたくしもご一緒しましょうか? 監督役として」
監督役、という名の保護者(?)。いや、どう考えても事態をややこしくする役にしかならない気が……!
「えー!? 母さんも来るの? 別に私とカイトだけで大丈夫だって!」
リリアが不満げに口を尖らせる。だが、エレノアさんの「あらあら、心配ですわ」という微笑みには逆らえず、結局、この厄介そうな依頼に、俺たち三人で挑むことになってしまった。……ああ、神様。
――数時間後。俺たちは『妖精の森』と呼ばれる場所にいた。
その名の通り、深い霧が立ち込め、幻想的な……悪く言えば、方向感覚を失いやすい森だ。
「うわー、なんかすごい霧……」
「気を付けてくださいまし。こういう場所は、妖精たちの格好の遊び場ですわ」
エレノアさんが注意を促す。
俺たちは慎重に森の奥へと進んでいく。例の妖精は、キラキラした光を放ちながら、気まぐれに姿を現すらしい。
「あ! いた! あそこ!」
リリアが指差す先に、小さな光が数点、飛び交っているのが見えた。手のひらサイズの、可愛らしい妖精だ。だが、その手には……キラキラと輝く粉が入った小さな袋を持っている! あれが例の花粉か!
「よし、捕獲ネットで……!」
俺が特殊なネットを構えた瞬間、妖精たちは素早く散開し、ふわりと例の花粉を撒き散らした!
「「うわっ!?」」
俺は咄嗟に口元を覆ったが、隣にいたリリアとエレノアさんは、避けきれずにキラキラ光る花粉を吸い込んでしまったようだ!
「ゲホッ……! な、なにこれ……?」
リリアが目をしばたかせる。
「あらあら……ふふ、吸ってしまいましたわね……」
エレノアさんは、なぜか少し楽しそうだ。……え?
そして、次の瞬間。
母娘の様子が、明らかにおかしくなった。
「……あれ? カイト……なんだか、すっごく……カッコよく見える……!」
リリアが、頬をピンク色に染め、潤んだ瞳で俺をじーっと見つめてくる。え、なにこの乙女モード!? いつものリリアと違う!
「まあ……! 本当ですわ……カイトさん……今日のあなたは、一段と……素敵……。その困ったお顔も……愛らしいですわ……」
エレノアさんも、普段の余裕のある微笑みではなく、どこか熱っぽい、とろんとした表情で俺を見つめ、ふらふらと近づいてくる。
「「カイト(さん)……!」」
……え? えええええええええええ!?!?
両サイドから、普段とは明らかに違う、熱烈な好意(薬のせい)を向けられ、俺は完全に硬直した!
これが……これが「精神的ダメージ大」の意味かーー!!
「カイト、こっち来て!」
「カイトさん、わたくしのそばに……!」
母と娘、二人の美女(ただし理性蒸発中)が、同時に俺の腕を掴もうと迫ってくる!
背後からは、いたずらっぽく笑う妖精たちの気配!
(だ、誰か……助けてぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!)
俺の悲鳴は、深い霧の中に虚しく響き渡った。
果たして俺は、この恋の(迷惑な)花粉が舞う森から、無事に生還できるのだろうか!?
そして、俺の理性と貞操(?)は守られるのか!?
カイトの受難は、本当に、本当に、終わりが見えない……!