第59話 魔王城の改築案と、白亜の聖女
俺たちの家の裏庭は、なんというか、その…芸術的なことになっていた。
魔将軍ザラキアスは、エレノアに命じられた「草むしり」という試練を、彼なりの解釈で完遂したらしい。
「見たか、我が君! 我が魔力によって雑草の根を焼き払い、土壌そのものを浄化しておいたぞ! これぞ『焦土魔園』!」
そこにあったのは、雑草一本残さず、黒く滑らかに耕された畑だった。ところどころ、まだ魔力の残滓が青い炎となって揺らめいている。あの元気すぎたマンドラゴラたちは、なぜかザラキアスの周りに集まり、うっとりとした表情で賛美歌のようなものをハミングしていた。完全に懐柔されている。
「まあ、きれいになりましたわ。合格です」
エレノアがにっこり微笑むと、ザラキアスは「うおおお!」と感涙にむせび、その場で「四天王筆頭」を自称し始めた。こうして、魔王軍(構成員2名)に、面倒くさい部下が一人加わった。
落ち着く間もなく、今度は例の役人が建築家を引き連れてやってきた。
「魔王様! 魔王城の改築案、いくつかお持ちしましたぞ!」
建築家が広げた設計図には、天を突く黒い尖塔、溶岩が流れる堀、巨大な骸骨を模したゲートなどが描かれていた。どれもこれも、悪趣味の一言に尽きる。
「却下ですわ」
エレノアは、きっぱりと言い放った。
「まず、日当たりが悪すぎます。南向きにもっと大きな窓を。それから、キッチンはアイランド式にして、オーブンは最新の魔導式を三台。あと、図書室には暖炉と、体を包み込んでくれるようなソファが欲しいですわね」
建築家たちの顔から、サーッと血の気が引いていく。
「ま、魔王様…? それは、どちらかというと、湖畔の別荘の…」
「何か問題でも?」
エレノアの穏やかな威圧に、建築家たちは青い顔で首をぶんぶんと横に振る。俺は慌てて間に入った。
「つまりだな! 威厳と居住性の両立だ! 魔王様は『恐怖による支配』ではなく『幸福による支配』を目指しておられるのだ! たぶん!」
俺の苦し紛れの説明に、なぜか建築家たちは「おお…! なんという革新的な統治形態…!」と感銘を受け、魔王城は「民に開かれた憩いの魔王城」という謎のコンセプトで改築されることが決まった。もうどうにでもなれ。
その頃、リリアは大神殿での新しい生活を始めていた。
早朝の祈り、魔法史と古代言語の講義、午後からは聖属性魔法の実践訓練。全てが規律と静寂に支配された、かつての日常とは真逆の世界。
だが、そこには確かな「役割」があった。彼女の持つ聖なる魔力は、ここでは誰もが称賛し、必要としてくれる。
その日の夕方、彼女はついに大神殿の主と謁見する機会を得た。
純白の神官服に身を包み、後光が差しているかと見まごうばかりの女性。この国の聖職者の頂点に立つ存在――「白の聖女」セラフィーナだった 。
「ようこそ、リリア。迷える子羊よ」
セラフィーナの声は、まるで清らかな鈴の音のようだった。
「あなたのことは聞いています。邪悪なる魔女の元を離れ、光を求めてきた、勇気ある乙女。ここが、あなたの新しい家です」
その慈愛に満ちた微笑みに、リリアの心の強張りが、ふっと解けていくのを感じた。
「聖女様……」
「セラフィーナ、とお呼びなさい」
セラフィーナは優しくリリアの手を取った。「辛かったでしょう。母親が魔王の称号を受け入れたなどと…。彼女は偉大な魔法使いでしたが、その強大すぎる力が、彼女を闇へと堕としてしまった」
その言葉に、リリアは強く頷いた。そうだ、母は道を間違えたのだ。
セラフィーナは、まるでリリアの心をすべて見透かしたかのように、言葉を続ける。
「あなたのそばには、かの有名な英雄カイトもいたとか 。彼もまた、魔女の毒に惑わされているのでしょうか。…ああ、お可哀想に」
その言葉に、リリアは胸を突かれた。
カイトは、惑わされている? 自分と同じように、母のせいで苦しんでいる?
セラフィーナの瞳には、深い同情と憐れみの色が浮かんでいた。
リリアは、この白く清らかな聖女こそが、自分の唯一の理解者だと、その時、確信した。
彼女は知らない。その完璧な慈愛の仮面の下に、計算高い知性と、底知れない野心が隠されていることを。
リリアがようやく見つけた光は、彼女を新たな運命へと導く、あまりにも眩しすぎる光だった。




