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聖女様かと思ったら、パーティーメンバーのお母さん(しかも伝説の魔女)でした ~  作者: さかーん
聖女の娘は最強魔女!? そして母は…魔王になった件について
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第56話 魔王の最初の仕事は、家具選びと娘の説得

「……いや、無理がある! 絶対に無理があるだろう!」


 世界会議の会場から自宅へ戻る馬車の中、俺は頭を抱えて叫んだ。静かな車内に俺の声だけが虚しく響く。


「エレノアが魔王だなんて、誰が納得するんだ。人違いでした、で押し通せないか? 今からでも……」

「カイト」


 俺の情けない提案を遮ったのは、向かいの席に座るエレノアだった。当の彼女は、まるでデパートのカタログでもめくるかのように、会議で押し付けられた資料をパラパラと見ている。その表情は真剣そのものだ。


「玉座のデザインも色々あるのね。黒曜石を削り出した重厚なものも素敵だけれど、こちらの浮遊鉱石を使ったモダンなデザインも捨てがたいわ。あなたの意見も聞かせてくださる?」

「聞いてる!? 俺の話を聞いてるかエレノア! 玉座を選んでる場合じゃないだろ!」

「魔王としての威厳は、まず居城の設えから。そう書いてありますわ」


 ダメだこの人、完全に魔王やる気モードに入ってる……!

 前作でもそうだったが、エレノアは一度覚悟を決めると、とことんやり抜く人だ 。その実直さが彼女の美点であり、今は最大の頭痛の種だった。




 俺は助けを求めるように、隣に座るリリアに視線を送った。

「なあ、リリアも何か言ってくれよ。母さんが魔王になるなんて、おかしいって……」

「……」


 リリアは、窓の外を流れる景色を見つめたまま、何も答えなかった。その横顔は、まるで美しい石膏像のように感情が抜け落ちて見える。

 まずい。これは、一番まずいパターンだ。


 リリアは、母親であるエレノアを誰よりも尊敬し、目標にしてきた。その母が、人々を守る「聖女」ではなく、世界を恐怖で支配する「魔王」になる。その事実を、彼女が素直に受け入れられるはずがなかった。

 俺たちの家は、いつからかすれ違い始めていた。エレノアが「伝説の魔女」として再び脚光を浴び始めてから、リリアの心には少しずつ影が落ちていたのかもしれない 。


 重苦しい沈黙が支配する中、馬車は我が家に到着した。

 そして俺たちは、玄関先で待ち構えていた珍客の姿に、さらに頭を抱えることになる。


「お待ちしておりました、エレノア魔王様! 並びに、魔王様の伴侶たるカイト様!」


 やけに甲高い声で叫んだのは、山高帽をかぶった小男だった。世界会議の役人だろうか。その手には、羊皮紙の巻物が大量に抱えられている。


「こちらは『新魔王様スターターキット』になります! まずは魔王軍の中核を担う『四天王』の選定名簿と申請用紙! それから魔王城の改築にあたっての補助金申請書類一式! さらに魔界通信の契約申込書と、魔王様専用ローブの採寸日程確認書でございます!」



 矢継ぎ早に説明する役人の言葉が、右から左へ抜けていく。

 何なんだ「スターターキット」って。ゲームの初回特典か何かか?


「まあ、ご丁寧にどうも」

 エレノアが優雅にそれを受け取ると、役人は感極まったように声を震わせた。

「おお……! なんという威厳、なんという落ち着き! これぞまさしく、世界を統べる魔王の器! 私、生涯お仕えいたします!」

「婿扱いはやめろと言ったはずだぞ……」

 俺のツッコミは、すっかり興奮した役人には届かなかった。


 その時だった。

 今まで黙っていたリリアが、静かに口を開いたのは。


「……私は、部屋に戻ります」


 それだけを冷たく言い放つと、彼女は俺たちの横をすり抜け、一人で家の中へ消えていった。その背中は、かつてないほど頑なに俺たちを拒絶しているように見えた。


「リリア……」

 俺が呼び止める間もなかった。パタン、と閉められた扉の音が、やけに大きくリビングに響く。

 手元には、エレノアが受け取った『四天王募集要項』。そこには「忠誠心厚く、魔王様に全てを捧げる覚悟のある者」などと書かれている。


 全てを捧げる、か。

 俺は、目の前でゆっくりと閉ざされていく、娘の心の扉を思った。

 魔王になることで世界は救えるのかもしれない。だが、その代償に、俺たちはたった一つの、かけがえのない家族の絆を失おうとしているんじゃないだろうか 。


 新魔王の初仕事は、玉座選びでも四天王選びでもない。

 どうやら、家出してしまいそうな娘の説得から始めなければならないようだ。途方もなく、難易度の高いクエストだった。

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