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聖女様かと思ったら、パーティーメンバーのお母さん(しかも伝説の魔女)でした ~  作者: さかーん
聖女の娘は最強魔女!? そして母は…魔王になった件について
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第55話 魔王、爆誕す

「つまり、だ。この世界には今、魔王がいない。これが問題なのだ」


 重々しく響いた声に、俺、カイトは思わずこめかみを押さえた。

 円卓を囲むのは、各種族や国家の代表者たち。ドワーフの王は樽のような豪腕を組み、エルフの長は彫像のごとき美貌を気難しげに曇らせ、獣人連合の代表は大きな耳をピクピクと揺らしている。

 前作で、俺たちはとんでもない冒険の末に一つの大きな厄災を退けた。その結果、世界は平和になった……かと思いきや、新たな問題が浮上していた。


 前魔王の消滅により、世界の魔素バランスが極端に崩れ始めているらしい。魔物が凶暴化したり、未知のダンジョンが暴走したり。それを抑えるには、強大な力で魔素を統べる「新しい魔王」という“蓋”が必要不可欠なのだという。

 なんとも皮肉な話だ。平和のために、新たな魔王を擁立するなんて。


「だからと言って、誰がなるのだ! 我がドワーフは鍛冶と酒があればよい! 魔王などという面倒な役職、ご免こうむる!」

「森の静寂を乱すなど論外です。我らエルフがそのような野蛮な称号を名乗るとお思いで?」


 始まった、いつもの押し付け合いだ。俺の隣では、この会議に「伝説の魔女」として参考人招致されたエレノアが、優雅に紅茶を一口飲んでいる。相変わらず、どこにいても彼女の周りだけ時間がゆっくり流れているようだ。

 そして、そのさらに隣。彼女の娘であり、俺のパーティーメンバーであるリリアは、どこか居心地が悪そうに椅子に浅く腰掛けていた。


「そもそも、魔王の資質とは何だ? それを定義せねばなるまい」

 獣人代表のプラグマティックな意見に、会議はようやく建設的な方向へ進むかと思われた。


「一つ、世界を揺るがすほどの圧倒的な魔力を持つ者 」

 議長がそう言うと、全員の視線がチラリとエレノアに向いた。まあ、そうなるよな。彼女の魔力量は文字通り伝説級だ。



「二つ、その威光に惹かれ、付き従う強力な配下を持つ者」

 再び、視線が集中する。今度は俺とリリアにも向けられた。「伝説の魔女の婿殿」「その娘」……そんなヒソヒソ声が聞こえてきて、俺は咳払いをする 。配下というか、まあ家族なんだが。



「三つ、魔王の居城たる、威圧的な城や砦を拠点としていること!」

 その瞬間、俺は「勝った」と思った。俺たちの家は、湖畔に佇む小綺麗で大きな館ではあるが、断じて魔王城ではない。さあ、これでエレノア候補説は消え……。


「お待ちください」エルフの長がスッと手を挙げた。「先日の調査で、かの“湖畔の館”の地下に、古代魔法文明の超巨大な遺構が眠っていることが確認されました。その規模、前魔王の城塞を遥かに凌駕します」


 ……マジかよ。

 初耳だぞ。埃っぽい記録庫にそんなものまであったのか。


 エレノアが小首を傾げる。「あら、そういえば家の地下に、開かずの間がありましたわね」

 のんきな母の言葉に、リリアの唇が、わずかに引き結ばれる。その手に握られたフォークが、カチリと音を立てた。誰も気づかない、ほんの些細な仕草。だが、隣にいた俺だけが、その一瞬の翳りを見逃さなかった。


 エレノアが注目されるたび、賞賛されるたび、リリアの存在が「偉大な母の付属品」として扱われている。この会議でもそうだ。誰も「聖女の候補」としてのリリアの意見を求めはしない。ただ、「エレノアの娘」としてそこにいるだけ 。



「では、決まりではないか!」ドワーフ王が、待ってましたとばかりに叫んだ。「新魔王は、伝説の魔女エレノア殿しかおるまい!」

「賛成ですな」「異議なし」


 待て待て待て!

「ご冗談でしょう!?」俺は思わず立ち上がった。「エレノアは聖女とまで呼ばれた女性だ! それが魔王なんて、あまりにも……」


 俺の抗議は、エレノア自身の穏やかな一言によって遮られた。


「……世界がそれを望むのでしたら」


 彼女は、困ったように微笑んだだけだった 。その表情は、まるで「夕食の献立でも決めるかのように」落ち着いていた。

 ギャグみたいな展開のはずなのに、俺の背筋を冷たい汗が伝う 。




 世界は、こうして一人の穏やかな母親を「魔王」に仕立て上げた。

 そして、その決定が、俺たちの家族という小さな世界に、取り返しのつかない亀裂を入れることになるのを、まだ誰も知らなかった。


 俺はただ、固まったままのリリアの横顔を見つめることしかできなかった。その瞳の奥に宿る光が、尊敬や思慕とは違う、別の強い色に変わり始めていることに気づきながら 。

 世界を救うための選択が、最も身近な絆を壊し始める。

 なんとも最悪な、物語の幕開けだった。

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