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聖女様かと思ったら、パーティーメンバーのお母さん(しかも伝説の魔女)でした ~  作者: さかーん
聖女様かと思ったら、パーティーメンバーのお母さん(しかも伝説の魔女)でした ~
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第53話 持ち帰った戦果と、託される追跡

 古井戸から這い出し、ようやく地上に戻った俺たちは、もはや立っているのもやっと、という状態だった。服は泥と埃にまみれ、顔には煤がつき、全身からは疲労と、そして地下の冷たい匂いがした。空には、いつの間にか月が傾き、東の空が白み始めていた。……一晩中、あの坑道にいたのか。


「……つ、疲れた……」

 リリアが、その場にへたり込む。無理もない。ずっと気を張り詰めていたのだ。

「ええ……わたくしも、少々消耗しましたわね……」

 エレノアさんも、さすがに疲労の色は隠せないようだ。彼女が連続して使ったであろう高度な魔法は、相当な負担だったに違いない。


 そして俺は……もはや、言葉も出ない。ただ、生きていることへの感謝と、全身の倦怠感、そして未だにバクバクと鳴りやまない心臓の音を感じているだけだった。


 俺たちは、ほとんど無言のまま、夜明け前の静かな街を歩き、エレノアさんの店へとたどり着った。

 店に入ると、エレノアさんはすぐに温かい飲み物と、栄養価の高そうなスープを用意してくれた。それが、冷え切って疲れ果てた体に、じんわりと染み渡っていく……。


「……ふぅ。生き返る……」

 ようやく人心地ついた俺は、息をついた。


「さて……」

 少し落ち着いたところで、エレオノラさんが切り出した。

「改めて、今回の成果を整理しましょう」

 彼女の目は、すでに冷静な分析者のそれに戻っている。


 俺たちは、代わる代わる、坑道での出来事を報告した。あの新しい採掘痕、プロの手際、そして……角の向こうで聞いた、黒装束の男たちの会話。

『星屑の砂時計』はサイラスによって『納品』されたこと。彼らが『月の雫』の材料として『月長石』を集めていたこと。そして、彼らがエレノアさん(と、もしかしたら俺たち)の動きを警戒していること……。


「やはり……彼らの目的は、『月の雫』の材料収集でしたか」

 エレオノラさんは、静かに頷く。

「そして、サイラスはすでに砂時計を『納品』し、身を隠している……。坑道にいたのは、おそらく後始末か、残りの材料を回収していた末端の構成員でしょう」


「じゃあ、俺たちが見た時、ちょうどあいつら、帰り支度をしてたってこと?」

 リリアが尋ねる。

「その可能性が高いですわね。我々がもう少し早くあの場所にたどり着いていたら……あるいは、もう少し発見が遅れていたら、鉢合わせしていたかもしれません」

 ……危なかった! 本当に、間一髪だったのかもしれない。


「それにしても、『月の雫』……そして、彼らが我々を警戒していること……。これは、非常に重要な情報ですわ」

 エレオノラさんは、腕を組む。

「特に、我々の存在が彼らに感づかれた以上、これ以上素人が単独で追跡するのは、自殺行為に等しいでしょう」


 その言葉に、俺は内心で「よくぞ言ってくれた!」と快哉を叫ぶ。


「……エレオノラさん、じゃあ……」

 俺が期待を込めて尋ねると、彼女は頷いた。

「ええ。これだけの具体的な証拠……アジトの場所(たとえ今は空だとしても)、サイラスの名、彼らの目的と活動内容……これらをまとめ、改めてギルドと衛兵に提出します。今度こそ、彼らも本格的な捜査に乗り出さざるを得ないはずですわ」


「……!」

 俺とリリアは、顔を見合わせた。ついに、この危険な追跡行から、解放される……!


「よかった……!」

 俺は、心の底からの安堵の声を漏らした。全身の力が、本当に抜けていくようだ。

「……まあ、ちょっと残念だけど……仕方ないか」

 リリアは、少しだけ口を尖らせながらも、納得したようだ。


「わたくしが報告と、今後の連携について話し合ってきます。あなたたちは、今日一日、ゆっくりと休んでください。ここ数日、本当によく頑張ってくれましたわ」

 エレオノラさんは、俺たちの頭を、まるで子供にするかのように、ぽん、ぽんと優しく撫でた。……なんだか、すごく、安心する。


「ただし……」

 エレオノラさんが、付け加える。

「例の『月の雫』については、引き続き個人的に調査を進めます。何か分かったら、また力を貸してもらうかもしれませんから、そのつもりで」

 そう言って、彼女は悪戯っぽく笑った。


 ……まあ、そっちは、危険がない範囲なら……いいか。

 俺は、苦笑しながら頷いた。


 エレオノラさんが、報告のためにギルドへと向かうのを見送り、俺とリリアは、店のソファにどっと体を沈めた。

 窓の外からは、朝の光が差し込み始めている。


(……終わった……。とりあえず、終わったんだ……)


 俺は、瞼の重さに逆らえず、そのまま意識を手放した。

 久しぶりに、悪夢を見ずに眠れそうな気がした。


 もちろん、この平穏が幻想で、俺の異世界ライフがそう簡単に終わるはずがない、ということは……この時の俺は、まだ気づいていなかったのだが。

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