第5話 選択の行方と、終わらない日常
右手にリリア。左手にエレノアさん。
『恋人たちのダンス』への強制参加か、それとも『星空の下での密談』か。
祭り囃子がやけに遠くに聞こえる。周囲の喧騒も、まるで別世界の出来事のようだ。俺の額からは、滝のような冷や汗が流れていた。
(だ、だめだ……選べない……! どっちを選んでも、もう片方から後が怖い……! いや、それ以前に、俺自身の気持ちが……!)
頭の中は真っ白。口はパクパクと金魚のように動くだけで、意味のある言葉が出てこない。
リリアの期待に満ちた瞳と、エレノアさんの挑戦的な(それでいて魅力的な)微笑みが、俺に迫る! ああ、もう、誰か……!
その時だった。
ドォォォォン!! バチバチバチッ!!!
広場の少し離れた場所で、突如として巨大な火柱と、紫色の激しいスパークが上がった!
「「「きゃあああ!?」」」
「な、なんだ!?」
祭りの参加者たちが一斉にそちらを向き、悲鳴と怒号が上がる。どうやら、酔っ払った魔法使いが、禁じられていた高位の攻撃魔法(花火代わり?)をぶっ放してしまったらしい。……迷惑な! だがしかし!
(……助かったぁぁぁぁぁ!!)
この、まさに「ご都合主義的」としか言いようのないハプニングのおかげで、俺に向けられていた二人の視線は、一瞬だけ騒ぎの起きた方へと逸れた。
「あらあら、困った方たちですわね」
エレノアさんがやれやれといった感じで肩をすくめる。
「もー! せっかくいいところだったのに!」
リリアは頬を膨らませているが、その目は騒ぎの方に釘付けだ。
俺は、この千載一遇のチャンスを逃さなかった!
「わ、わわわ、大変だ! 怪我人がいるかもしれない! ちょっと見てきます!」
お決まりのセリフ(心の中でセルフツッコミ)を叫び、俺は母娘の手(と視線)から逃れるように、騒ぎの中心へと駆け出した! もちろん、怪我人の心配なんてこれっぽっちも……いや、少しはしたけど、今はそれどころじゃない! 生存本能が叫んでいたのだ!『逃げろ!』と!
……結局、その夜、俺はダンスを踊ることも、星空の下で密談することもなく、騒ぎの後始末(野次馬とも言う)に紛れて、なんとかその場をやり過ごしたのだった。
翌日。
俺は安宿のベッドで目覚め、昨夜の出来事を思い出しては深いため息をついた。
(……結局、何も解決してないよな……)
選択を迫られる場面は回避できたが、根本的な問題――俺と、エレノアさん、リリアとの関係――は、まったく進展していない。むしろ、昨日の出来事で、さらに複雑になったような気さえする。
重い体を引きずって部屋のドアを開けると――
「あ、カイト、おはよー! 朝ごはん、持ってきたよ!」
「あら、おはようございます、カイトさん。ちょうどわたくしも、お茶をお持ちしたところですわ」
そこには、なぜかニコニコ笑顔のリリアと、優雅に微笑むエレノアさんの姿が! しかも二人とも、俺の部屋のドアの前で鉢合わせしたらしい。
「え……な、なんでお二人がここに……?」
「だってカイト、昨日疲れてたみたいだったから、差し入れ!」
「わたくしも、少し心配になりまして。それに、昨夜のお話の続きも……ね?」
リリアが持つバスケットからは、ほかほかのパンのいい匂い。
エレノアさんが持つポットからは、高級そうな茶葉の香り。
そして、二人の間には……見えない火花がバチバチと散っているような……?
「まあリリア、気が利きますのね。でも、朝はパンより、温かいお茶の方が胃に優しいかもしれませんわよ?」
「むっ! 母さんこそ、朝からそんなお茶、カイトは落ち着かないって!」
「あらあら」「むー!」
……デジャヴ? いや、これ、確実に昨日より状況悪化してないか?
俺は、部屋のドアの前で言い争い(?)を始めた美人母娘を前に、ただただ立ち尽くすしかなかった。
エレノアさんは、相変わらず俺をからかうように微笑んでいる。
リリアは、真っ直ぐに俺を見つめてくる。
そして俺は……やっぱり、選べそうにない。
「……まあ、カイトさんを困らせるのも、なかなか楽しいものですわ」
ふと、エレノアさんがそう言って、悪戯っぽく笑った。
「もー!カイトは優柔不定なんだから! でも、まあ……そこがカイト、だし……ね?」
リリアも、呆れたように言いながらも、まんざらでもない顔をしている。
どうやら、この奇妙な三角関係(?)は、まだ当分続くらしい。
俺の胃と心臓の負担も、まだまだ続くということだ。
(……神様、俺、この世界で、本当に幸せになれるんでしょうか……?)
答えは、やっぱり返ってこない。
ただ、目の前には、相変わらず賑やかで、ちょっと(いや、かなり)刺激的な日常が広がっている。
カイトの受難(役得?)の日々は、まだまだ、まだまだ、続く――!
(……とりあえず、朝ごはん、どっちを食べれば……?)
新たな悩みに、俺はそっと天を仰いだ。