表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
聖女様かと思ったら、パーティーメンバーのお母さん(しかも伝説の魔女)でした ~  作者: さかーん
聖女様かと思ったら、パーティーメンバーのお母さん(しかも伝説の魔女)でした ~
46/86

第46話 詩が導く謎と、魔女の書庫

『……銀の夜、影歩む者の手を取りて、”月の雫”は闇に溶ける……』


 エレノアさんの店に戻った俺たちは、例の詩集の、その一節を改めて読み返していた。たった一行の、抽象的な言葉。だが、これが今の俺たちにとって、最も重要な手掛かりだった。


「『銀の夜』……これは、満月の夜、あるいは単に月明かりの夜を指すのかしら……」

 エレオノラさんが、顎に手を当てて思案する。

「『影歩む者』は、間違いなくサイラスのような隠密行動を得意とする者……月影のギルドそのものを指している可能性もありますわね」


「『手を取りて』ってのは? 協力するってこと?」

 リリアが首を傾げる。

「あるいは、その『月の雫』という『物』を手に取る、という意味かもしれませんわ。そして、『闇に溶ける』……これは、姿を消す、つまり隠密性や不可視性を示唆しているように思えます」

 エレオノラさんの分析は、鋭い。詩的な表現の裏に隠された、具体的な意味を探り当てようとしている。


 隠密性……不可視性……月の光……。キーワードはいくつか出てきたが、まだ『月の雫』そのものが何なのかは分からない。


「市立図書館の一般的な資料では、これが限界のようですわね……」

 エレオノラさんは、ふぅ、と息をつくと、立ち上がった。

「こうなれば、わたくしの『個人的な書庫』を当たるしかありませんわ」

 そう言って、彼女は工房の奥にある、重々しい扉へと向かった。


 エレオノラさんの個人的な書庫……。それは、店の裏にある工房の、さらに奥に隠された部屋だった。普段は厳重に施錠されており、俺はもちろん、リリアですら滅多に入ることが許されない場所だという。

 扉が開かれると、古い羊皮紙と、乾燥したハーブ、そして未知の魔力が混じり合ったような、独特の匂いが漂ってきた。中は、壁一面が天井までの本棚で埋め尽くされており、そのどれもが、いかにも曰く付きといった雰囲気を醸し出している。


「うわ……なんか、すごい……」

 リリアも、さすがに少し気圧されているようだ。

「ここに収められているのは、表の図書館には置けないような、少々……いえ、かなり専門的で、危険な知識も含まれる書物ばかりですわ。取り扱いには、くれぐれも注意してちょうだい」

 エレオノラさんは、俺たちに釘を刺す。


 俺たちは、エレオノラさんの指示に従い、『月光』『影』『隠密』『錬金術』『幻術』といったキーワードで、書庫の本を調べていくことになった。


「うげっ! この本、なんかヌルヌルする……!」

「リリア、それは『粘液生物大全』だから……。こっちの『月光下の錬金術秘本』を探してくれ」

「えー、なんか難しそう……。あ、見てカイト! この本の挿絵、変な生き物がいっぱい!」

「遊ぶな!」


 相変わらずのリリアと、そんな彼女を宥めつつ、慣れない手つきで古文書をめくる俺。そして、膨大な知識の中から的確に必要な情報を探し出そうと、驚異的な集中力で書物を読み解いていくエレオノラさん。……いつもの構図だが、場所が場所だけに、妙な緊張感が漂う。


 どれくらいの時間が経っただろうか。俺が、埃っぽい錬金術の古書をパラパラとめくっていた時、ある記述に目が留まった。


『……月長石の粉末と、夜陰草の露を、満月の光のみで三夜熟成させし時、それは”月光の涙”となる。一滴、地に落ちれば、たちまち周囲の光を歪め、その姿を闇夜に融かす幻惑の秘薬なり。古より、”影”に属する者ども、これを”月の雫”と呼びて、密かに用いたり……』


「……! エレオノラさん、これ……!」

 俺は、興奮してそのページをエレオノラさんに見せる。


「……これは……!」

 エレオノラさんも、その記述を読むと、目を見開いた。

「『月光の涙』……またの名を『月の雫』。錬金術によって作られる、強力な光学迷彩、あるいは一時的な不可視化の効果を持つ秘薬……! まさに、詩の記述とも一致しますわ!」


 ついに見つけた! 『月の雫』の正体! それは、特殊な材料と製法で作られる、高度な隠密行動を可能にする錬金術の秘薬だったのだ!

 サイラスが痕跡も残さず、厳重な罠を突破できた理由の一端が、これだったのかもしれない!


「やったー! 見つけた!」

 リリアも、思わず声を上げる。


「ですが……」

 エレオノラさんは、新たな疑問に思い至ったように、再び表情を引き締める。

「この『月の雫』、材料もさることながら、その製法は非常に難しく、扱える錬金術師はごく少数のはず……。サイラスは、これをどこで手に入れたのかしら? ギルドが独自に製造しているのか、それとも、外部の協力者が……?」


 謎は解明されたと同時に、新たな疑問を生んでいた。

 だが、大きな一歩であることは間違いない。


「ふふ、またしてもお手柄ですわね、カイトさん」

 エレオノラさんが、俺を見て微笑む。

「いえ、俺は偶然見つけただけで……」

「その偶然を引き寄せるのも、あなたの才能の一つかもしれませんわよ?」

 そう言って、彼女は楽しそうに笑った。


『月の雫』――その存在が明らかになったことで、俺たちの捜査は、また新たな局面を迎えることになる。

 この秘薬を手掛かりに、サイラス、そして『月影のギルド』の核心に迫ることができるのだろうか?


 俺は、エレオノラさんの書庫に満ちる、古い知識の匂いの中で、次なる展開への予感(と、少しばかりの達成感)を感じていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ