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聖女様かと思ったら、パーティーメンバーのお母さん(しかも伝説の魔女)でした ~  作者: さかーん
聖女様かと思ったら、パーティーメンバーのお母さん(しかも伝説の魔女)でした ~
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第45話 託された捜査と、図書館の静寂

 エレノアさんが冒険者ギルドと街の衛兵に正式な報告を提出してから、数日が経過した。

 街の空気は、表面的には何も変わらないように見えたが、注意深く観察すれば、衛兵の巡回が増えたり、ギルドのベテラン冒険者たちが何やら秘密裏に動き回っている気配が感じられた。事件は、確実に俺たちの手を離れ、公の組織によって引き継がれたのだ。


 そして、俺、カイトの心には……ここ数週間で感じたことのないレベルの、深い安堵感が満ちていた。


(……終わった……。いや、終わってはないけど、とりあえず、俺が直接、暗殺者と対峙するような事態は……なくなった……はず!)


 もう、あの息が詰まるような地下遺跡に行く必要もない。裏社会の顔役にビクビクすることもない。夜も、ここ最近では一番ぐっすり眠れた気がする。ああ、平穏って素晴らしい!


「カイト、なんかニヤニヤしてて気持ち悪いんだけど」

「なっ!? してない!」

 エレノアさんの店で、リリアにジトっとした目で見られて、俺は慌てて表情を引き締める。いかんいかん、安心しすぎて気が緩んでいた。


「あらあら、カイトさんもようやく肩の荷が下りたようですわね」

 工房から出てきたエレノアさんが、微笑ましそうに言う。

「ギルドや衛兵も、本格的に捜査を開始したようですわ。これで、サイラスや『月影のギルド』も、そう簡単には動けなくなるでしょう」


「よかった……!」

 俺は、心の底から安堵の息をつく。


「ですが……」

 エレノアさんが、言葉を続ける。……やっぱり、何かあるのか!

「例の『月の雫』については、依然として謎のままですわ。あれが何なのか……サイラスがどのように犯行に利用したのか……。わたくし、どうしても気になりますの」

 彼女の瞳には、知的な探求心の色が浮かんでいる。

「というわけで、約束通り、この『月の雫』について、少し調査を続けたいと思います。もちろん、『危険のない範囲』で、ね?」

 エレノアさんは、俺とリリアににっこり笑いかける。


「うん! 任せてよ母さん!」

 リリアは、なんだかんだでこういう謎解きには興味があるらしく、元気よく頷く。

「……は、はい。俺にできることなら……」

 俺も、今回は本当に危険がないことを祈りつつ、頷いた。


「では、早速ですが……市立図書館へ行きましょうか」

「図書館?」

「ええ。『月の雫』という言葉……古い文献や、あるいは民間伝承などに、何か記述が残っているかもしれませんわ。ギルドの記録庫よりも、幅広い分野の資料がありますから」


 市立図書館は、ギルドの記録庫とは比べ物にならないほど、明るく、広く、そして整然としていた。高い天井、ずらりと並んだ書架、静かに本を読む人々……。ここなら、さすがに暗殺者に襲われる心配はないだろう!(たぶん!)


「さて、手分けして探しましょうか」

 エレノアさんの指示で、俺たちは錬金術、魔法薬学、古代史、民間伝承といった分野の書物を、片っ端から調べていくことになった。


「うーん……『月の女神の涙』っていう宝石はあるけど……『雫』はないなぁ……」

 リリアは、最初こそ真面目に探していたが、すぐに飽きてしまったのか、関係なさそうな絵本を読み始めている。……まあ、想定内だ。


 俺は、エレノアさんに教わった通り、関連しそうなキーワードで索引を引いたり、古い時代の文献を丹念に読んだりしていく。地味で、根気のいる作業だ。

(……でも、地下遺跡で命の心配をするよりは、百万倍マシだ……!)

 俺は、埃っぽい書物のページをめくりながら、しみじみとそう思うのだった。


 数時間後。

 俺たちの調査は、残念ながら、あまり大きな成果を上げることはできなかった。『月の雫』という直接的な記述は、ほとんど見つからない。


「ダメだー、全然わかんない!」

 リリアが、テーブルに突っ伏してギブアップ宣言。

「そう簡単には見つかりませんわね……。あるいは、もっと隠語的な使われ方をしているのかも……」

 エレオノラさんも、少し考え込んでいる。


 その時だった。

 俺が、半分諦めながら手に取った、一冊の古びた詩集。そこに、偶然、気になる一節を見つけたのだ。


『……銀の夜、影歩む者の手を取りて、”月の雫”は闇に溶ける……』


「……これって……」

 俺がその一節を指差すと、エレオノラさんが興味深そうに覗き込んできた。

「『影歩む者』……そして『闇に溶ける』……。詩的な表現ですが、もしかしたら、隠密行動や、姿をくらます魔法に関連する何かを示唆しているのかもしれませんわね……。『月の雫』が、『月の光』を利用した、何らかの……」

 エレオノラさんの目が、知的な探求の色に輝く。


 決定的な情報ではない。だが、間違いなく一つの手掛かりだ。

 隠密……闇……月の光……。サイラスの得意技とも、どこか繋がるような気がする。


「ふふ、お手柄ですわ、カイトさん。あなたのその『妙な勘』……いえ、粘り強さが役に立ちましたわね」

 エレノノラさんに褒められ、俺は少しだけ照れてしまう。


 結局、その日の調査は、この詩集の一節を見つけただけで終わった。

 だが、俺の心は、地下遺跡から戻った時よりも、ずっと軽かった。

 危険な最前線からは、一歩引いた。事件の解決は専門家に託した。そして、俺たちは、安全な場所で、知的な謎解きに挑んでいる。


(……こういうのなら、悪くないかもしれないな)


 もちろん、根本的な問題が解決したわけではない。サイラスも月影のギルドも、まだ捕まっていない。

 それでも、今は、この束の間の平穏と、知的好奇心をくすぐる謎解きを、少しだけ楽しんでもいいのかもしれない。


 俺は、図書館の窓から見える、穏やかな午後の日差しを浴びながら、そんなことを考えていた。

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