第42話 潜入、影のアジト、そして聞こえし声
「……覚悟は、よろしいですわね?」
エレノアさんの静かな問いかけに、俺は震える息をなんとか整え、こくりと頷いた。隣のリリアも、固い表情で頷き返す。もう、後戻りはできないのだ。
エレノノラさんが先頭に立ち、俺、リリアの順で、ゆっくりと隠し扉の奥へと足を踏み入れた。
通路の先は、予想していたよりも広い空間になっていた。石造りの部屋で、壁にはいくつかの松明が灯され、奥へと続く別の通路も見えている。遺跡の他の部分と比べて、明らかに人の手が入っており、床も綺麗に掃き清められていた。隅には、いくつかの木箱や、武具の手入れ道具らしきものも置かれている。間違いなく、誰かがここを使用している証拠だ。
(……アジト……なのか?)
だが、部屋の中には誰もいなかった。エレノアさんが言っていた「複数の気配」は、どこに……?
『……静かに。奥からですわ』
エレオノラさんの声が、直接頭の中に響く。テレパシーだ。声を出せないこの状況では、非常にありがたい。
俺たちは、壁際に身を寄せ、音を立てないように奥の通路へと視線を向ける。すると……確かに、通路の奥から、微かにだが人の話し声と、何か金属が擦れるような音が聞こえてくる!
(い、いる……! しかも、複数……!)
俺の心臓が、またドクドクと早鐘を打ち始める! 手に汗が滲み、握りしめた『魔力感知の水晶』が、気のせいか少しだけ熱を帯びているような……いや、これは俺の体温か?
『リリア、あなたはここで待機。いつでも動けるように』
『……うん』
リリアが、少し不満そうだったが、エレオノラさんの指示に頷く。彼女の役目は、万が一の時の戦闘と、俺たちの退路確保だ。
『カイトさん、わたくしについてきて。気配を消しますわよ』
エレノオラさんが、俺に手招きする。彼女が軽く手をかざすと、俺たちの姿が、まるで陽炎のように、周囲の闇に溶け込むような感覚があった。隠蔽魔法か! すごい!
俺たちは、猫のように(俺は内心ドタバタしながらも必死に)足音を忍ばせ、声の聞こえる通路の奥へと近づいていった。
通路は角を曲がっており、その先から、よりはっきりと会話が聞こえてくる。どうやら、角のすぐ先に、別の部屋があるらしい。
俺とエレオノラさんは、壁に張り付くようにして、その会話に耳を澄ませた。
「……で、例の『砂時計』はどうなんだ? 無事に『処理』は済んだのか?」
男の声だ。低く、落ち着いた声。
(砂時計……! やっぱり、こいつらが!)
俺は、息を呑む。
「ああ、問題ない。サイラス様が昨夜、予定通り『納品』された。対価もきっちり受け取ったそうだ」
別の、少し若い男の声が応える。
サイラス! やっぱりそうだ! しかも、もう『納品』済み……!?
「ふん、あの爺(ギルド長ドルマンのことか?)も、ちょろいもんだな。まさか、あの魔女の連れの小僧にあんな『価値』があるとは、思いもしなかっただろうぜ」
最初の男が、嘲るように言う。
(俺の……こと!? やっぱり、あの交渉、裏でこいつらが……!?)
いや、それは考えすぎか? だが、俺の悪評が、何らかの形で彼らの計画に影響を与えた可能性は……?
「それにしても、サイラス様の腕は相変わらず見事だな。あの厳重な警備を、まったく音もなく……」
「ああ。噂によれば、例の『月の雫』を使ったとか……」
「ほう、あれを……。確かに、それならどんな罠も……」
『月の雫』……? 聞き慣れない言葉だ。何か特殊な道具か、魔法薬の名前だろうか?
「次の『仕事』はいつだ?」
「さあな。サイラス様は、しばらく身を隠すとおっしゃっていた。例の魔女……エレノノラが嗅ぎまわっているという情報もあるからな。用心するに越したことはない」
(俺たちのこと、警戒してる……!?)
まずい! 長居は危険だ!
俺がエレオノラさんに目配せしようとした、その瞬間だった。
「……ん? おい、今の……何か物音がしなかったか?」
部屋の中から、鋭い声がした!
(ヤバい!)
俺は、全身の血の気が引くのを感じた!
とっさに隠蔽魔法を強化するエレノノラさん! だが、相手もプロだ。気配を完全に消しきれたか……!?
部屋の中から、複数の足音が、ゆっくりとこちらへ近づいてくるのが分かる……!
俺は、心臓が喉から飛び出しそうなほどの恐怖の中で、固唾をのんで壁に張り付いていた。
見つかる……!? それとも……!?
絶体絶命のピンチ!
俺たちの運命は……!?




