第35話 地下遺跡の巡回と、潜む影の気配?
旧水道遺跡――それは、街の地下深くに広がる、忘れられた古代の遺構だ。入り口は、街の外れにある古井戸の底に隠されるように存在していた。ロープを伝って降りると、ひんやりとした湿った空気と、カビ臭い匂いが俺たちを迎えた。
「うわ……じめじめしてる……」
リリアが、顔をしかめる。松明の明かりが、濡れた石壁と、どこまでも続くかのように見える暗い通路をぼんやりと照らし出していた。
「エレノアさんの指示通り、まずは中央の貯水槽跡を目指すぞ。そこが一番見通しが利くらしいから」
俺は、エレノアさんから渡された簡易的な地図を確認しながら言う。正直、こんな迷路みたいな場所、地図があっても迷いそうだ。
俺たちは、松明の明かりを頼りに、慎重に歩き始めた。自分の足音と、壁から滴り落ちる水の音だけが、不気味に反響している。
「……」
「……」
しばらくは、緊張感からか、二人とも無言だった。俺は、エレノアさんに言われた通り、周囲の気配に意識を集中させる。……が、分かるのは自分の心臓の音と、リリアが時々蹴飛ばす小石の音くらいだ。
(サイラス……本当にこんな所に来るのか……? 罠とか、大丈夫だよな……?)
俺の内心は、不安でいっぱいだ。ヘナチョコ『障壁』じゃ、プロの仕掛けた罠なんて防げるはずもない!
「……ねえカイト、なんかいる!」
突然、リリアが小声で俺の腕を掴んだ!
「えっ!? どこだ!?」
俺は、慌てて棍棒を構える!
リリアが指差す先……暗がりで、何かがカサカサと動いている!
(で、出たーー!?)
俺が身構えた瞬間、それは……チュウ、と鳴きながら、素早く横切っていった。……ただの、大きなネズミだった。
「……な、なんだ、ネズミか……。脅かすなよ……」
俺は、どっと疲れて肩を落とす。
「だ、だって、なんか不気味だったんだもん!」
リリアは、少し顔を赤くして言い訳する。……どうやら、彼女も結構ビビっているらしい。
その後も、俺たちはコウモリの群れに驚かされたり(俺が悲鳴を上げた)、ぬかるみにはまって転びそうになったり(リリアが俺を支えた)、崩れかけた通路を慎重に通り抜けたりしながら、遺跡の奥へと進んでいった。
道中、リリアは最初こそ緊張していたものの、次第に探検気分が勝ってきたのか、「お、こっちに何かありそう!」「この壁画、面白い!」などと、時々注意が散漫になり始めた。そのたびに俺が「こら、今は監視中だぞ!」と注意する、というやり取りが繰り返される。……こいつ、本当に大丈夫か?
「あ、見てカイト! ここ、なんだか妙に綺麗じゃない?」
リリアが、ある通路の入り口で立ち止まった。彼女が指差す先は、他の場所と比べて、明らかに蜘蛛の巣や埃が少なく、床の瓦礫なども片付けられているように見えた。
「……本当だ。誰かが、最近ここを通った……?」
俺たちは、顔を見合わせる。それは、ただの冒険者か、あるいは……。
(……サイラスの可能性も……?)
緊張が走る。俺たちは、より一層慎重に、その通路の先を窺う。
……だが、特に変わった様子はない。人の気配も、罠の気配も(俺の勘では)感じられなかった。
「……ただの掃除好きな冒険者……とか?」
「そんな奴いるかよ……。でも、とりあえず、ここは覚えておこう」
俺たちは、その通路に印をつけ、さらに奥へと進むことにした。
やがて、俺たちは開けた空間に出た。おそらく、ここがエレノアさんの言っていた中央貯水槽の跡地だろう。天井の一部が崩れており、そこから微かに外光が差し込んでいる。中央には、枯れた貯水槽があり、周囲にはいくつかの通路が接続していた。
「……よし、ここで少し様子を見よう。交代で見張りだ」
俺が提案すると、リリアも頷いた。
俺たちは、壁際に身を潜め、息を殺して周囲の気配を探る。
しん……と静まり返った地下空間。時折聞こえる水の滴る音と、自分の心臓の音だけがやけに大きく感じる。
サイラスは、現れるのか?
それとも、これは全くの杞憂なのか?
俺は、松明の揺れる炎を見つめながら、ただひたすら、時間が過ぎるのを待っていた。
エレオノラさんの方は、何か掴んでいるだろうか?
そして、この作戦は、本当にうまくいくのだろうか……?
不安と、ほんの少しの期待。
そして、圧倒的な退屈感。
俺たちの、長く、そして神経をすり減らす監視任務は、まだ始まったばかりだった。