第33話 繋がる過去と、動き出す影
埃まみれの俺とリリアがエレノアさんの店に戻ると、彼女は工房から出てきて、淹れたてのハーブティーを用意して待っていてくれた。その表情は落ち着いているが、どこか遠くを見ているような……彼女もまた、独自の調査で何かを掴んだのかもしれない。
「おかえりなさい、二人とも。……何か分かりましたか?」
エレノアさんが尋ねる。
「うん! 見てよ母さん、これ!」
リリアが、興奮気味に記録庫で見つけた古い事件記録の写しをテーブルに広げる。俺も隣で、発見に至った経緯を説明した。
『大商人ヨハンセン邸 地下宝物庫への侵入窃盗事件』――数十年前の未解決事件。厳重な罠の突破、痕跡なし、そして盗まれたのは『時の砂時計』(星屑とは別の古代遺物)。
エレノアさんは、羊皮紙に書かれた内容を、鋭い目でじっくりと読んだ。そして、深く息をついた。
「……やはり、そうですか」
その声には、確信と、わずかな険しさが含まれている。
「この手口……そして、盗まれた品……。間違いありませんわ。今回の『星屑の砂時計』の窃盗と、同一犯……あるいは、同じ組織による犯行でしょう」
「やっぱり……! じゃあ、あの『サイラス』って奴、何十年も前からこの辺りで……!?」
リリアが、驚きと怒りの入り混じった声を上げる。
「可能性は高いですわね。記録によれば、ヨハンセン邸の宝物庫には、当時最新鋭の『魔力格子』や『自動迎撃ゴーレム』まで配備されていたとか……。それを単独(あるいは少数)で突破するなど、並大抵の腕ではありません。サイラスの『罠解除の達人』という評判とも一致します」
エレオノラさんは、腕を組んで分析する。
「ちなみに、わたくしの方でも、少しだけ情報が得られましたわ」
彼女は、そう言って一枚のメモを取り出した。
「わたくしの古い知人に確認したところ、『サイラス』という名の腕利きは、確かに裏の世界では有名で……特に、古代文明の遺物や、時空に関わる魔道具の『回収』を専門にしている、とのことです」
古代遺物、時空魔道具……。今回の『星屑の砂時計』も、過去の『時の砂時計』も、まさにそれだ! 点と点が、線で繋がった瞬間だった。
「……ってことは、サイラスって奴、ただの泥棒じゃなくて、そういうヤバいブツ専門の……トレジャーハンターみたいな?」
リリアが言う。
「トレジャーハンター、というには、少々やり方が汚すぎますけれどね……。ですが、彼の目的が特定の種類のアーティファクトにあることは、ほぼ間違いないでしょう」
「じゃあ、あいつ、また何か狙ってるかもしれないってことか……!?」
俺は、背筋に冷たいものが走るのを感じた。今回の砂時計を盗んだのも、何らかの目的のため……そして、それはまだ終わっていないのかもしれない。
「その可能性は、十分に考えられますわね」
エレオノラさんは、厳しい表情で頷く。
「これまでの情報を統合すると……『月影のギルド』に所属するサイラスという男が、数十年前から、この地域で時空関連のアーティファクトを狙って暗躍している。そして、最近『星屑の砂時計』を盗み出した……」
彼女は、テーブルの上に広げられた街の地図を指差す。
「問題は、彼が『次』に何を狙うか、ですわ」
「次のターゲット……?」
「ええ。この街、あるいは近郊には、まだ彼らの食指を動かすような『お宝』が眠っているかもしれません。例えば……市立博物館の地下収蔵庫、有力貴族の個人コレクション、あるいは忘れられた古代遺跡……」
エレノアさんの言葉に、俺たちは息を呑む。もし、サイラスがまだこの街に潜んでいて、次の犯行を計画しているとしたら……?
「……方針を変更しますわ」
エレオノラさんは、きっぱりと言った。
「サイラス本人を直接追うのは、現状では難しい。ですが、彼が次に狙いそうな場所を予測し、先回りすることはできるかもしれません」
「先回り……って、待ち伏せするってこと!?」
リリアが、目を輝かせる。
「待ち伏せ、というよりは『監視』、そして可能であれば『妨害』ですわね。うまくいけば、そこでサイラス本人か、あるいは少なくともギルドの尻尾を掴むことができるかもしれない」
エレオノラさんの瞳に、鋭い光が宿る。
(……なんか、とんでもなく大事になってきたぞ……)
俺は、もはや逃げ出すことも忘れ、この危険な作戦の行方に、ただただ不安と、ほんの少しの好奇心を感じていた。
「まずは、この街にある、サイラスが狙いそうな『候補地』をリストアップしましょう。博物館、貴族の屋敷、遺跡……心当たりを洗い出すのです」
エレオノラさんの指示で、俺たちは再び顔を突き合わせる。
魔法窃盗事件の捜査は、過去の解明から、未来の阻止へとシフトした。
影に潜む暗殺ギルドの専門家を相手に、俺たちは果たして太刀打ちできるのだろうか?
俺は、これから始まるであろう、更に危険な探索に備え、無意識のうちに、新調したばかりの革鎧の胸元をぎゅっと握りしめていた。
 




