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聖女様かと思ったら、パーティーメンバーのお母さん(しかも伝説の魔女)でした ~  作者: さかーん
聖女様かと思ったら、パーティーメンバーのお母さん(しかも伝説の魔女)でした ~
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第29話 嘆きの酒場と、片目の男

 夕暮れ時。

 俺、カイトは、エレノアさんと二人、活気と……同時に、どこか荒んだ空気が漂う港地区を歩いていた。潮の香りに混じって、魚の匂いや、酒の匂い、そして得体のしれない何かの匂いが漂ってくる。すれ違うのは、屈強な船乗りや、目つきの悪い荷役人夫、そして明らかにカタギではなさそうな風体の男女。誰もが、俺たち……特に、場違いなほど優雅なエレノアさんに、好奇や警戒、あるいは下世話な視線を向けてくる。


(……やだ、この空気……。早く用事を済ませて帰りたい……)


 俺は、エレノアさんから渡された上着の襟を立て、なるべく目立たないように(無駄な努力だろうが)歩く。隣のエレノアさんは、そんな周囲の視線など意にも介さず、涼しい顔で前を見据えている。……肝の据わり方が違いすぎる。


「……見えてきましたわ。あれが『嘆きのセイレーン』です」

 エレノアさんが指差したのは、港の一番奥まった場所にある、古びた木造の建物だった。看板には、すすけた文字で酒場の名前と、涙を流す人魚セイレーンの絵が描かれている。入り口からは、喧騒と、濁った酒の匂いが漏れ出てきていた。


 ゴクリ……。俺は、ポケットの中の『欠けた月のコイン』と、エレノアさんから預かった『霧隠れ草』の包みを握りしめる。手汗がひどい。


「カイトさん」

 店に入る直前、エレノアさんが俺に声をかけた。

「はい!?」

「大丈夫ですわ。あなたは、わたくしの『代理人』。堂々としていなさい。余計なことは話さず、まずはコインと……『手土産』を見せるのです。あとは、わたくしに任せなさい」

 その声は、いつもより少しだけ真剣で、俺を落ち着かせようとしてくれているのが分かった。……まあ、落ち着かないんだけど!


 俺たちは、意を決して酒場のドアを押した。

 ギィィ……という、重い音と共に、むわっとした熱気と騒音が俺たちを包む。

 店内は、外観通りの薄暗さだった。木のテーブルや椅子は使い込まれ、床には酒か何かのシミがこびりついている。客層は、予想通り、荒くれ者の船乗りや傭兵、怪しげな商人といった風体の者たちばかりだ。


 俺たちが入ってきた瞬間、店内の喧騒が一瞬だけ静まり、ほぼ全ての視線がこちらに突き刺さった。特に、明らかに場違いなエレノアさんの美貌には、驚きと、下卑た好奇の色が見て取れる。


(うわあああ……! 視線が痛い! 早くジャックって奴を見つけないと!)


 俺は、エレノアさんに促されるまま、店内を見回す。情報屋の説明通り……カウンターの隅で、一人静かに黒ビールを飲んでいる男がいた。

 年の頃は……40代か50代か。顔には深い傷跡があり、片方の目は黒い眼帯で覆われている。鋭い隻眼が、店全体を油断なく観察しているようだ。間違いない、あれが『片目のジャック』だ。


(……い、行くしかない……!)


 俺は、エレノアさんに目配せし、覚悟を決めてジャックの座るカウンターへと歩き出した。心臓が、ドクドクと警鐘を鳴らしている。周囲の視線が背中に突き刺さる。足が、鉛のように重い。


 カウンターの前に立ち、俺は震える手を抑えながら、ポケットから例のコインを取り出し、ジャックの前に……そっと置いた。続けて、懐から『霧隠れ草』の包みを取り出し、これもカウンターに滑らせる。


 ジャックは、ゆっくりと顔を上げた。その隻眼が、俺を射抜く。冷たく、全てを見透かすような、鋭い視線だ。ひっ……!


 彼は、まず『霧隠れ草』の包みに鼻を近づけ、くん、と香りを確かめた。そして、コインを拾い上げ、指先で弾く。カラン、と軽い音がした。

 しばしの沈黙。俺の心臓の音だけが、やけに大きく聞こえる。


「……ふん。どこで、これを?」

 ジャックが、低い、嗄れた声で尋ねた。

「……ある方から。あなたなら、話が分かると……」

 俺は、エレノアさんに指示された通り、できるだけ簡潔に、そして(必死に)落ち着いた声で答える。


 ジャックは、俺の答えを聞いても表情を変えず、再び俺をじっと見た。そして、俺の後ろ……少し離れた場所に立つエレノアさんに、ちらりと視線を送った。

 エレノアさんは、静かに、しかし堂々と、その視線を受け止めている。


 ジャックは、ふぅ、と煙草(霧隠れ草ではない、安物だ)の煙を吐き出した。

「……用件は?」

「……『月影のギルド』について、知っていることを教えていただきたい」

 俺は、覚悟を決めて、本題を切り出した。


 その名を聞いた瞬間、ジャックの纏う空気が、わずかに変わった気がした。隻眼の奥に、鋭い光が宿る。

 周囲の客たちも、聞き耳を立てているのが分かる。まずい、この場で話すのは危険すぎる!


「……なるほどな」

 ジャックは、それだけ言うと、黒ビールをぐいっと飲み干した。

「……話は、ここで聞くような内容じゃねぇな」

 彼は、カウンターに数枚のコインを置くと、すっくと立ち上がった。思ったより、背が高い。

「……ついてきな」


 そう言うと、ジャックは店の奥へと続く扉に向かって歩き出した。


(……よ、よかった……! とりあえず、話は聞いてくれるみたいだ……!)


 俺は、安堵と、これから始まるであろう本格的な駆け引きへの恐怖で、足が震えるのを必死に堪えた。

 エレノアさんと視線を交わし、小さく頷き合う。


 俺たちは、ざわめきが戻り始めた酒場の喧騒を背に、片目のジャックの後を追って、薄暗い店の奥へと足を踏み入れた。


 この先に何が待っているのか。

 俺たちの求める情報は得られるのか。

 そして、俺は無事に、この酒場から生きて帰れるのか……?


 不安は尽きないが、もう、後戻りはできない。

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