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聖女様かと思ったら、パーティーメンバーのお母さん(しかも伝説の魔女)でした ~  作者: さかーん
聖女様かと思ったら、パーティーメンバーのお母さん(しかも伝説の魔女)でした ~
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第26話 情報屋との腹の探り合い(そして胃痛)

「……はぁ……」


 俺は、エレノアさんの店の前で、本日何度目か分からない深いため息をついていた。これから向かうのは、街の裏通りにある、あの無愛想な情報屋の店だ。目的は、『月影のギルド』に関する情報収集。エレノアさんの指示通り、「別の依頼で情報を探しに来た」という体で、探りを入れる……。


(……無理だって! 絶対無理だって!)


 俺みたいなヘタレ冒険者に、百戦錬磨たぶんの情報屋相手に、そんな腹の探り合いができるわけがない! しかも、相手はあの『月影のギルド』だぞ!? 下手なこと聞いたら、その場で消されるんじゃないか!?


「カイト、頑張ってね! もし危なくなったら、大声で私の名前を叫ぶんだよ!」

 ギルドへ向かうリリアが、拳を握って俺を励ましてくれる。……いや、君の名前を叫んでも、助けには来れないと思うぞ……。それに、余計に怪しまれる!


「……行ってきます」

 俺は、重すぎる足取りで、街の影の部分へと歩き出した。道行く人々が、俺を見てヒソヒソと噂しているのが分かる。ああ、この悪評(という名の盾?)、今はただただ重荷でしかない!


 情報屋の、古びて薄汚れたドアの前に立つ。……心臓が、バクバクうるさい。

(落ち着け、俺……! エレオノラさんに言われた通り、『堂々と』……いや、無理だ! でも、『怪しまれないように』……自然に、自然に……)


 深呼吸を一つして、俺は意を決してドアを開けた。

 カラン……。煤けたベルが鳴る。

 店内は薄暗く、怪しげな品々(?)が雑然と置かれている。カウンターの奥には、前回と同じ、鋭い目つきをした情報屋の主人が座っていた。


 主人は、俺の顔を見るなり、わずかに目を見開いた。

「……おや。これはこれは……先日の」

 その声には、前回感じたような、妙な丁寧さが含まれている。……やっぱり、俺のこと、エレオノラさんの関係者だって、しっかり認識してるんだな……。


「ど、どうも……。また、ちょっと情報を仕入れに……」

 俺は、必死に平静を装いながら、カウンターに近づく。


「ほう。して、今度はどのような情報を?」

 主人は、値踏みするように俺を見る。笑顔はないが、敵意も感じられない。ただ、探るような視線が痛い。


(ここだ……! エレオノラさんの指示通り……!)

 俺は、ごくりと唾を飲み込み、練習してきた(つもりの)セリフを口にした。

「……実は、少し……『リスクの高い仕事』を探していましてね」

「リスクの高い仕事?」

「ええ。まあ、腕には多少、自信があるので……。それで、この辺りで、そういう……なんというか、『裏の仕事』を扱っているような……景気のいい『組織』について、何かご存じないかと」


 言った! 言ってしまった!

 俺は内心で悲鳴を上げながらも、表面上は(たぶん)不敵な笑みを浮かべている……はずだ! 顔が引きつっていないことを祈る!


 主人は、俺の言葉を聞いて、ピクリと眉を動かした。そして、じろり、と俺の全身を舐めるように見た。

(うわああ! 怪しまれてる!? やっぱり無理だったんだ!)


 だが、主人の口から出たのは、意外な言葉だった。

「……なるほど。エレオノラ様の『協力者』殿は、表の仕事だけでは飽き足らず、ということかな?」

 その声には、どこか納得したような響きがあった。……え? なんで?


 どうやら、俺の「悪評」(魔女の寵愛を受ける謎の男)が、ここでも効果を発揮したらしい。「エレオノラ様ほどの人物と繋がっているなら、裏の仕事に手を出すのも当然か」とでも思ったのだろうか!? 誤解が! 誤解がすごい方向に進んでる!


「まあ、そういう『組織』は、いくつか心当たりがあるが……。どれも、関わればタダでは済まない連中ばかりだ。特に……『月』の名を冠するギルドは、な」

 主人は、声を潜めて言った。『月』……間違いない、『月影のギルド』のことだ!


「……その『月』について、もう少し詳しく……」

 俺が、さらに食い下がろうとすると、主人は首を横に振った。

「いや、それ以上は言えん。わしも命は惜しい。それに……あんたほどの『お方』なら、これ以上聞かずとも、察しがつくだろう?」

 ……は? お方? 俺が?


「……ただ、一つだけ……ヒントをやろう」

 主人は、カウンターの下から、一枚の古いコインを取り出した。そこには、欠けた月の紋様が刻まれている。

「……もし、あんたが本気で『そっち』の世界に足を踏み入れたいなら……。港地区にある酒場『嘆きのセイレーン』へ行ってみるがいい。カウンターの隅で、いつも黒ビールを飲んでいる『片目のジャック』という男がいる。……そいつに、このコインを見せな」

「これは……?」

「ただの符丁だ。話が通じるか、それとも叩き出されるか……それは、あんた次第だ」

 主人は、それだけ言うと、コインを俺に押し付け、ふい、と顔を背けてしまった。これ以上話す気はない、ということだろう。


 俺は、礼を言って(声が震えていたかもしれない)、コインを握りしめ、情報屋の店を後にした。


(……『嘆きのセイレーン』……『片目のジャック』……欠けた月のコイン……)


 手がかりは得られた。だが、それはあまりにも危険な香りがする手がかりだった。

 港地区の、いかにもな名前の酒場。片目の、いかにもな雰囲気の男。そして、裏組織に繋がるかもしれない、コイン。


(……俺、本当にこんなこと、続けられるのか……?)


 エレオノラさんに報告しなければ。そして、また、あの人の手のひらの上で、俺は踊らされるのだろうか。

 俺の胃は、もはや限界を超えて、悲鳴すら上げなくなっていた。


 ただ、ひたすらに、重い。

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