第20話 悪評は便利な盾?(ただし本人の意思とは無関係)
あのギルドホールでの一件以来、俺、カイトは街で「時の人」となっていた。もちろん、悪い意味で。
『美人魔女エレノア様とその愛娘リリアを同時に手玉に取る、恐るべき色男(?)』
『実は没落した王族で、魔女親子に密かに守られている貴種』
『エレノア様の秘密の実験体兼愛人』
……などなど、聞くに堪えない(そしてあまりにも現実離れした)噂が、まことしやかに囁かれているらしい。もう、訂正する気力も失せた。俺はただ、できるだけ目立たぬよう、息を潜めて日々を過ごす……はずだった。
だが、世の中ままならない。というか、俺の異世界ライフは、常に予想の斜め上を行く。
ここ数日、奇妙な出来事が立て続けに起こっていたのだ。
ある日の夕暮れ時。依頼を終えて一人で宿へ帰る途中、いかにも柄の悪そうなチンピラ風の男たち数人に絡まれた。
「おい、兄ちゃん、ちょっとツラ貸せや」
「ヒヒ、金目のモンでも持ってんだろ?」
うわ、最悪だ……! 俺は身構えるが、相手は複数。どう切り抜け……!?
と、思った瞬間。
チンピラの一人が、俺の顔をまじまじと見て、目を見開いた。
「……ん? おい、こいつ……もしかして……」
「あ? ……げっ! エレオノラ様の……!」
「やべっ! ずらかれ!」
男たちは、顔面蒼白になると、蜘蛛の子を散らすように逃げて行ったのだ。残された俺は、ただただ呆然。……エレオノラ様の? 俺のことか?
またある時は、情報収集のために、少し治安の悪い裏路地にある情報屋を訪ねた時のこと。そこの主人は、無愛想で金に汚いことで有名だった。
俺がカウンターの前に立つと、主人はいつものようにふてぶてしい顔で俺を見た……が、すぐに「おや?」という顔になり、急に態度を軟化させた。
「……ああ、これはこれは。あなたが例の……。いやはや、お噂はかねがね。どうぞ、こちらへ」
普段なら高額な情報料をふっかけてくるはずの主人が、なぜか妙に丁寧に応対し、相場よりかなり安い値段で情報を提供してくれたのだ。「エレオノラ様には、いつもお世話になっておりますので」とか言いながら。……エレノアさん、裏社会にも顔が利くのか!?
これらの出来事を、俺はエレノアさんとリリアに話してみた。
「へー! あのチンピラども、ビビって逃げたんだ! やるじゃん、カイト!」
リリアは、なぜか自分の手柄のように喜んでいる。違う、俺の手柄じゃない。
「……それで、情報屋が安くしてくれた、と?」
エレノアさんは、ふむ、と顎に手を当てて考える。そして、にやりと微笑んだ。
「うふふ、ですから言いましたでしょう? カイトさん。悪いことばかりではない、と」
「え……?」
「あなたのその『悪評』……いえ、『評判』と言うべきかしら? それが、あなたを守る盾になっているのですわ」
「盾……ですか?」
「ええ。わたくしやリリアと親しいあなたに、下手に手を出せばどうなるか……少し考えれば分かることですもの。チンピラや、裏社会の者たちほど、そういう力関係には敏感ですから」
……なるほど。
俺が「エレノア様とその娘に寵愛される謎の男」という(不本意極まりない)レッテルを貼られた結果、その虎の威(?)を借りる形で、面倒な連中が勝手に俺を避けるようになった、というわけか……。
「……なんだか、複雑な気分です……」
嬉しいような、情けないような。自分の力じゃないところで状況が動いているのが、どうにもむず痒い。
「あらあら、贅沢な悩みですわね? その『盾』、存分に活用なさればよろしいのに」
エレノアさんは、楽しそうに言う。
「そうだよカイト! もっと威張って歩けばいいんだよ!」
リリアも無責任に煽ってくる。
(威張るって……柄じゃないし……)
俺は、ため息をつく。
確かに、チンピラに絡まれなくなったのはありがたい。情報が手に入りやすくなったのも……まあ、助かる。
だが、その代償として、街を歩けば好奇の視線に晒され、あらぬ噂を立てられ、時々変な奴に弟子入り志願されるのだ。……割に合わない気がする!
「ふふ、その困り顔も、あなたの魅力の一つですわよ、カイトさん」
エレノアさんが、追い打ちをかけるように言う。
ああ、やっぱりこの人には敵わない。
俺の評判がどうなろうと、この魔女様の手のひらで転がされていることに変わりはないのだ。
「……もう、好きにしてください……」
俺は、再び深い諦念と共に、そう呟くしかなかった。
俺の悪評(?)は、果たして今後、吉と出るのか、それとも更なる凶事を呼び込むのか。
……まあ、どうせロクなことにはならないんだろうな、という予感だけは、しっかりとあった。
トホホ……(本日二度目)。




