第19話 評判ガタ落ち英雄(?)と、楽しそうな魔女様
ギルドホールを後にした俺は、もはや魂が半分抜け殻のようになっていた。
公衆の面前で「ふしだら」「破廉恥」「母娘を誑かす男」呼ばわりされ、とどめにはエレノアさんの「彼は特別なのですわ♪」発言による、誤解の上塗りコンボ。……もう、お嫁に行けない(意味不明)。
「……ひどい……ひどすぎる……」
俺は、力なく呟きながら、とぼとぼと歩く。
「まったくよ! あの鎧バカ、なんなの!? カイトはそんなんじゃないってのに!」
隣では、リリアがまだぷんすか怒っている。その怒りが俺に向いていないことだけが、唯一の救いだ。
「まあまあ、リリア。落ち着きなさいな」
一方、この状況を作り出した張本人(の一人)であるエレノアさんは、涼しい顔で、むしろどこか楽しそうだ。
「エレノアさん! あなたのせいでもあるんですよ!? あの『特別』ってなんですか! ますます怪しいじゃないですか!」
俺が涙目で抗議すると、エレノアさんは優雅に微笑んだ。
「あら、事実ではありませんか? カイトさんは、わたくしたちにとって『特別』でしょう? ね?」
悪びれる様子、ゼロ! この人、やっぱり確信犯だ!
その日から、俺の街での生活は、微妙に、しかし確実に変化した。
まず、パン屋の陽気なオヤジ。
「よぉ、兄ちゃん! 今日も頑張ってるな! ほら、これはサービスだ! 美人の母娘さんにも、よろしくな!」
そう言って、なぜかおまけのパンをくれる。……そのニヤニヤ顔が、全てを物語っていた。
次に、武器屋の寡黙な親父。
俺が顔を出すと、無言で頷き、カウンターの下からゴソゴソと……妙に艶めかしいデザインの短剣(明らかに女性用?)を見せてきた。……なんでだよ!?
そして、ギルドホール。
俺が通りかかると、冒険者たちがヒソヒソと囁き合い、生暖かい視線を送ってくる。中には、「カイトさん……いや、師匠! その人心掌握術、俺にも教えてください!」と、目を輝かせて(アホな)弟子入り志願してくる奴までいる始末! 違う! 俺はそんなんじゃない!
「……もう、外歩きたくない……」
俺は、エレノアさんのお店のバックヤードで、蹲って膝を抱えていた。完全に人間不信モードだ。
「あらあら、カイトさん。そんなに落ち込まないでくださいまし」
エレノアさんが、お茶を淹れて持ってきてくれた。その表情は、やっぱり面白がっているようにしか見えない。
「あなたがそれだけ、わたくしたち母娘と親しい、ということの証明ではありませんか」
「そういう問題じゃありません!」
「そうだよカイト! あんな奴らの言うこと、気にすることないって!」
リリアが、俺の隣に座って励ましてくれる。……のだが。
「もし、カイトのこと悪く言う奴がいたら、私がぶっ飛ばしてやるから!」
物騒なことを言いながら、拳をブンブン振り回している。……うん、君は通常運転で何よりです。
極めつけは、俺たちが三人で街を歩いていた時に聞こえてきた、噂話だ。
「なあ、聞いたか? あの冒険者のカイトって奴、実は没落した王族の隠し子で、伝説の魔女エレノア様とその娘が、影ながら彼を守り育てているらしいぜ?」
「へぇー! だからいつも一緒にいるのか! しかも、エレノア様とは夜な夜な……」
「おい、それ以上は……」
……誰だよ、そんなトンデモ設定考えた奴は!?
俺は貴族でも王子でもないし! エレオノアさんとは断じてそういう関係では……!
「……ぷっ……くくく……」
隣で、エレノアさんが肩を震わせている。笑いを堪えているのがバレバレだ!
「もー! 母さん! 笑ってないで、ちゃんと否定してよ!」
リリアが怒るが、エレノアさんは「あら、面白い噂ではありませんか?」と、どこ吹く風だ。
ああ、もうダメだ。俺の評判は地に落ちた。
いや、ある意味、ものすごく「有名」にはなったのかもしれないが、方向性が完全に間違っている。
(……まあ、いっか……)
諦めの境地に達したはずの俺の心が、再び深い諦念に包まれていく。
もはや、何を言っても無駄なのだ。この街で、俺は「美人魔女とその娘に寵愛される、謎多き(そして多分ふしだらな)男」として生きていくしかないのかもしれない。
「元気をお出しなさいな、カイトさん」
エレノアさんが、俺の肩をポンと叩く。
「その……ある意味で『注目』されているというのは、悪いことばかりでもありませんのよ? うふふ」
その意味深な言葉に、俺は新たな胃痛の予感しか感じなかった。
この人の「役に立つ」は、だいたい俺にとってロクなことにならないのだ!
俺は、またしても天を仰ぐ。
降りかかる火の粉(主に誤解)を払い続けるのが、俺の異世界での宿命らしい。
トホホ……。
 




