第16話 沈黙の神殿と、言葉を超えた(?)連携
エレノアさんの『魔法性のかぜ』が治ってから数日。エレノア魔法具店には、いつもの日常が戻っていた。……いや、完全に元通り、というわけでもないか。
エレノアさんは、甲斐甲斐しく(?)看病してくれた俺たちへの感謝の印なのか、以前にも増して美味しいお茶やお菓子を振る舞ってくれるようになった。からかいの言葉は健在だが、その裏にほんのりと温かさが滲んでいる……ような気がする。(俺の希望的観測かもしれないが)
リリアは、相変わらず元気いっぱいだが、俺に対する態度が少しだけ変わった。無茶な突撃が減り、訓練中も「カイト、援護頼む!」と声をかけてくるようになったのだ。あのヘナチョコバリアが役に立った(と思っている)のが嬉しいのかもしれない。……うん、可愛いところあるじゃん。(心の声:おっと、また考えてしまった!)
そして俺は……諦めの境地により、以前より幾分か肝が据わった……気がする。二人の前で内心ドキドキしたり、ツッコミを入れたりするのは変わらないが、「まあ、バレても仕方ないか」という謎の開き直りが、精神安定に一役買っているようだ。
そんなある日、俺たちはギルドで少し変わった依頼を受けることになった。
街の郊外にある小さな『沈黙の神殿』と呼ばれる遺跡の調査依頼だ。最近、そこに入った冒険者が、皆一様に「中の様子が思い出せない」「奇妙な感覚に襲われた」と報告しているらしい。
「沈黙の神殿……? 聞いたことないな」
「古い遺跡ですわね。確か、内部では音がほとんど伝わらない特殊な魔力場が発生しているとか……。古代の魔法使いが、瞑想か何かを行うために作ったのかもしれません」
エレノアさんが解説してくれる。音が伝わらない? それはまた、厄介そうだ。
「面白そうじゃん! 行ってみようよ、カイト!」
リリアは、困難そうな依頼ほど燃えるタイプらしい。
「まあ、危険度はそれほど高くないようですし、原因を突き止めておくのも良いかもしれませんわね。行きましょうか、カイトさん、リリア」
結局、またしても三人でこの奇妙な遺跡に挑むことになった。
神殿は、森の奥深くにひっそりと佇んでいた。苔むした石造りの、古びた建物だ。入り口に足を踏み入れた瞬間……ふっ、と周囲の音が消えた。
自分の足音も、隣を歩くリリアやエレノアさんの衣擦れの音も、森のざわめきも、何も聞こえない。本当に、音が「死んで」いるような、奇妙な感覚だ。
「「…………」」
俺たちは顔を見合わせる。声を出しても、口がパクパク動くだけで、まったく音が響かない。これは……想像以上にやりにくいぞ!
エレノアさんが、俺たちに「落ち着いて。周囲を警戒しながら進みましょう」と目で合図し、ゆっくりと神殿の内部へと進んでいく。俺とリリアも、それに続く。
内部は薄暗く、ひんやりとしている。壁には古代の文字らしきものが刻まれているが、意味は分からない。
しばらく進むと、最初の広間に出た。そこには、床に複雑な模様が描かれており、いくつかの石像が置かれている。
(……なんだか、嫌な予感がするな……)
俺がそう思った瞬間、エレノアさんが俺を見て、小さく頷いた。……やっぱり、俺の不安、伝わってる? それとも、彼女も同じことを感じたのか?
エレノアさんが、石像の一つを指差し、次に床の特定の模様を指差す。何かを解け、ということらしい。リリアは首を傾げている。俺もさっぱり分からない。
(えーっと……あの石像のポーズと、床の模様……なんか関係あるのか? 星座……? いや、違うな……)
俺が内心であれこれ考えていると、エレノアさんが俺の思考を読んだかのように、ふっと微笑み、首を横に振った。そして、自分の胸を指し、次に石像を指差した。……心臓? いや、感情……?
リリアが、はっとした顔で何かを指差す。それは、怒った顔をした石像だった。そして、床の模様の中から、剣が交差したような模様を指差した。
エレノアさんが、にっこりと頷く。正解らしい!
どうやら、石像の「感情」と、床の「シンボル」を対応させるパズルだったようだ。言葉が通じない状況で、よくリリアは分かったな……。
(すごいな、リリア。意外と勘が鋭い……。やるじゃん)
俺がそう思っていると、リリアがこっちを向いて、えへん!と得意げに胸を張った。……やっぱり、伝わってる!?
その後も、俺たちは奇妙な連携(?)で神殿を進んでいった。
音の出ないトラップ(回避はエレノアさんの魔法頼み)。
ジェスチャーで解く仕掛け(リリアの勘と、俺の必死の推理)。
そして、俺の内心のツッコミや不安が、なぜかエレノアさんやリリアに伝わっている(らしい)という、不可思議なコミュニケーション。
言葉が通じないはずなのに、なぜか普段よりスムーズに連携が取れているような……? いや、気のせいか?
最深部で、俺たちはこの神殿の「沈黙」の原因らしきものを見つけた。それは、中央に安置された、奇妙な音叉のような形をした魔道具だった。これが微弱な魔力を放ち、周囲の音を吸収・中和していたらしい。冒険者が感じた「奇妙な感覚」も、この魔力場の影響だろう。
エレノアさんが、その魔道具にそっと触れ、機能を停止させる。
すると、ふわりと、今まで閉ざされていた「音」が世界に戻ってきた。
「――あー! やっと声が出せる! 疲れたー!」
リリアが、解放されたように大声を上げる。
「ふふ、お疲れ様でした、二人とも」
エレノアさんも、穏やかに微笑む。
神殿の外に出ると、森の喧騒が心地よく感じられた。
「それにしても、言葉が通じないって、不便だけど……なんだか、変な感じだったな」
俺が言うと、リリアが頷く。
「うん。でも、カイトが内心でパニクってるの、なんとなく分かったよ!」
「なっ……!?」
「あらあら。わたくしにも、カイトさんの心の声(悲鳴?)は、よく聞こえていましたわよ?」
エレノアさんが、悪戯っぽく笑う。
……やっぱり、俺の思考は、この二人には筒抜けらしい。沈黙の神殿だろうが関係ないのか!
もう、諦めを通り越して、悟りを開きそうだ……。
「ま、まあ、無事に依頼達成できたし、いっか!」
リリアが、あっけらかんと言う。
「そうですわね。これもまた、良い経験でしたわ」
エレノアさんも頷く。
俺は、なんだかんだで息の合った(?)連携を見せた美人母娘を見ながら、苦笑するしかなかった。
言葉があってもなくても、この二人に振り回される俺の運命は、どうやら変わらないらしい。
(……でも、まあ……悪くない、かな)
沈黙の中で感じた、奇妙な一体感。
それは、この不思議な関係が生んだ、新しい感覚なのかもしれない。
俺は、少しだけ温かい気持ちになりながら、二人と共にギルドへの帰路につくのだった。




