第15話 看病奮闘記と、魔女様の(ちょっとだけ)素顔
「だから! この『カエルのお腹の粘液』と『妖精の涙(乾燥)』を混ぜちゃダメだって言ってるだろ!」
「えー? だって、どっちも緑色でプルプルしてるし、似たようなもんじゃない?」
「全然違うわ! あっ、こら! 火加減!」
エレノア魔法具店のバックヤードは、もはや戦場と化していた。俺とリリアは、エレノアさんに頼まれたポーションの簡単な調合(あくまで簡単なはずだった)に挑戦していたのだが……結果は惨憺たるものだった。怪しげな色の煙が立ち込め、床には謎の液体が飛び散り、棚の薬瓶は微妙に数を減らしている(リリアがいくつか割った)。
店番の方も、相変わらずだ。俺の乏しい知識と、リリアの接客スキル(ほぼゼロ)では、まともな商売になるはずもなく。幸い(?)今日は変な客は来なかったが、売り上げは……聞かないでほしい。
「うぅ……カイト……なんか、クラクラする……」
「ポーションの煙、吸いすぎだ、馬鹿……。少し休んでろ」
そんなドタバタ劇を繰り広げていると、寝室からエレノアさんの弱々しい声がかかった。
「カイトさん……リリア……少し、よろしいかしら……?」
慌てて寝室へ向かうと、エレノアさんはまだベッドに横になっていたが、顔色は昨日より少しマシになっているように見えた。
「あの……お店の倉庫の一番奥……天井近くの棚に、『月雫草』という乾燥させた薬草があるはずなのですけれど……それを煎じて飲めば、もう少し早く回復できると思うのですが……わたくしの今の状態では、取りに行くのが少々……」
そう言って、エレノアさんは申し訳なさそうに眉を下げる。
「月雫草! わかった、取ってくるよ!」
リリアが即座に反応する。
「天井近くの棚、だな! 任せて!」
俺たち二人は、勢い込んで店の奥にある倉庫へと向かった。……そこは、エレノアさんのプライベートな研究材料や、過去の遺物(ガラクタ?)が山積みになった、まさに魔窟だった。
「うわ……ホコリっぽい……。天井近くって……あそこか!」
リリアが指差したのは、部屋の隅にある、天井まで届くような巨大な棚。その最上段に、古びた木箱がいくつか見える。
「よっ……と!」
リリアが棚に足をかけ、軽々と登り始める。
「お、おい、危ないぞ!」
「大丈夫だって! これくらい……わっ!?」
リリアが手をかけた棚板が、ぐらりと傾いた! 棚の上の薬瓶や怪しげな箱が、ガラガラと崩れ落ちてくる!
「うわあああ!」
「リリア!」
俺は咄嗟に、ヘナチョコ『障壁』を最大展開! (それでも半透明で頼りない!)
なんとかリリアの頭上に降り注ぐ落下物をガードする! バリアはミシミシと音を立て、衝撃でヒビが入るが……持ちこたえた!
「……ふぅ、助かった……ありがと、カイト!」
「……お前、本当に危なっかしいな……」
俺は、プルプル震える腕を下ろしながら、息をついた。
結局、俺がリリアを肩車する形で(リリアが軽いからできた)、なんとか目的の『月雫草』が入った木箱を回収することに成功した。……倉庫の中は、さらに悲惨な状態になったが、今は見ないフリだ。
バックヤードに戻り、今度は慎重に(主に俺が主導して)月雫草を煎じる。ふわりと、心を落ち着かせるような優しい香りが漂った。
「エレノアさん、お持ちしました」
俺は、湯気の立つカップを手に、再び寝室へ。エレノアさんを起こし、ゆっくりと飲ませてあげる。
「……ふぅ……。ありがとうございます、カイトさん、リリア。……とても、温まりますわ……」
薬草茶を飲み干したエレノアさんは、ほっと息をつき、穏やかな表情で俺たちを見た。その顔色は、明らかにさっきよりも良くなっている。
「あなたたちのおかげで、助かりましたわ。お店のこと……大変だったでしょうに」
「い、いえ! これくらい!」
「母さんが元気になってくれるのが一番だよ!」
俺たちがそう言うと、エレノアさんは、ふふ、と小さく笑った。それは、いつもの悪戯っぽい笑みではなく、心からの、とても優しい笑顔だった。
「……本当に、ありがとう」
その素直な感謝の言葉に、俺とリリアは顔を見合わせ、なんだか照れくさくなってしまった。
数時間後。
月雫草の効果はてきめんだったようで、エレノアさんはすっかり回復し、いつものように優雅に(そして若干の呆れ顔で)俺たちが散らかした店とバックヤードを片付け始めた。……本当にすみません。
「まったく……あなたたちに店番を任せると、こういうことになるのは予想していましたけれど……」
言いながらも、その口調はどこか楽しそうだ。
俺とリリアは、ヘトヘトに疲れ果てていたが、エレノアさんが元気になったことに、心から安堵していた。
大変だったけど、二人で協力して(主に俺がフォローに回って)なんとか乗り切った。そして、いつもと違うエレノアさんの姿や、素直な感謝の言葉に触れて……なんだか、俺たち三人の間の空気が、また少しだけ変わったような気がした。
(……まあ、たまには、こういうのも悪くない、か)
ドタバタで、ハラハラして、胃が痛くて。
だけど、最後にはちょっとだけ温かい気持ちになれる。
それが、俺の異世界での「日常」なのかもしれない。
「さ、お二人とも、本当にご苦労様でした。今夜はわたくしが、腕によりをかけて夕食をご馳走しますわ♪」
回復した魔女様が、にっこりと微笑む。
その笑顔に、俺はまた新たな胃痛(喜びと緊張の混じったやつ)の予感を感じながらも、素直に頷くのだった。




