第14話 魔女様は風邪(魔法性)をひく?
あの迷惑な客を撃退した後、俺たちはエレノアさんの淹れてくれたお茶を飲みながら、少しだけ穏やかな時間を過ごしていた。俺があの時、咄嗟にリリアの前に立ち、ヘナチョコな『障壁』を展開したこと。それをエレノアさんが「意志の強さを感じた」と評価してくれたこと。リリアも「見直した」と言ってくれたこと。
(……なんか、ちょっとだけ、役に立てた……のかな)
心の声が読まれてるかもしれない、という羞恥心や諦めは変わらない。それでも、二人のために何かできた(かもしれない)という事実は、素直に嬉しかった。諦めの境地も、悪いことばかりじゃないのかもしれないな……なんて、柄にもなくポジティブなことを考えていた、その矢先だった。
「……あらあら」
お茶を飲んでいたエレノアさんが、ふと眉をひそめ、小さく咳き込んだ。……だけなら、よかったのだが。
パチッ!
彼女が咳き込んだ瞬間、その口元から、小さな紫色の火花が散ったのだ!
「「えっ!?」」
俺とリリアは、同時に目を丸くする。
「母さん、今の……!?」
「うふふ……どうやら、少し無理が祟ったようですわね……。昨夜、新しい魔法薬の調合で徹夜してしまったせいかしら……」
エレノアさんは、少し顔を赤らめ、困ったように微笑む。その額には、うっすらと汗が滲んでいるように見えた。
「もしかして……風邪、ですか?」
俺が尋ねると、エレノアさんはこくりと頷いた。
「ええ……まあ、わたくしたち魔女にとっては、たまにあることなのですけれど。『魔法性のかぜ』とでも言いましょうか。マナの循環が一時的に乱れて、微熱が出たり、魔力が不安定になったり……くしゅん!」
エレノアさんが可愛らしくくしゃみをした瞬間、またしてもパチパチッと火花が散り、近くにあったティーカップがカタカタと揺れた! どうやら、軽い念動力まで暴発しているらしい。
「だ、大丈夫なんですか、それ!?」
「ええ、数日安静にしていれば治りますわ。ただ……」
エレノアさんは、少し申し訳なさそうに俺たちを見る。
「今日はお店の仕入れの予定がありましたし、いくつかポーションの納品も……。困りましたわね……」
「だ、大丈夫だよ、母さん!」
リリアが、勢いよく立ち上がった。
「お店のことは、私とカイトでなんとかするから! 母さんはゆっくり休んでて!」
「ええっ!? 俺たちで!?」
「そうよ! 任せなさいって!」
リリアは、自信満々に胸を叩く。……その自信はどこから来るんだ。
「でも……」
エレノアさんは心配そうだが、体調はやはり良くないのだろう。顔色も心なしか青白い。
「……わかりましたわ。では、お言葉に甘えさせていただきましょうか。カイトさん、リリアのこと、よろしくお願いしますね?」
「は、はい! (俺に務まるのか……!?)」
こうして、急遽、俺とリリアの二人で、エレノア魔法具店の店番&雑務をこなすことになったのだ!
まず、エレノアさんを寝室まで送り届ける。熱で少し潤んだ瞳で見上げられると、なんだか妙にドキドキしてしまう。(いかん、病人相手に!)
「必要なものがあれば、すぐに言ってくださいね!」
「ありがとう、カイトさん、リリア……」
次に、お店の開店準備。……なのだが。
「えーっと、この『マンドラゴラの若芽』はどこに置くんだっけ?」
「さあ? 棚の上の方じゃない?」
「リリア! それ、ただの雑草!」
「うげっ!」
掃除をすれば、リリアが箒で魔法薬の瓶を倒しそうになり、俺が慌ててヘナチョコ『障壁』でガード!(成功!……だがバリアは粉々に)
ポーションのラベルを貼れば、上下逆に貼ってしまう。
……前途多難すぎる!
店番中も、客は来る。
「あのー、惚れ薬ってあります?」
「ねーよ! ……じゃなくて、当店では扱っておりません!」(危うくリリアが本音を言うところだった)
「この水晶、本物かね?」
「さ、さあ……?」(俺には鑑定スキルはない)
エレノアさんがいかに普段、スムーズに店を切り盛りしていたかを痛感する。
(うぅ……エレノアさん、早く元気になってくれ……! 俺とリリアだけじゃ、店が潰れる……!)
俺が内心で悲鳴を上げていると、店の奥から弱々しい声がした。
「カイトさん……少し、お水を……」
慌てて水を持って寝室へ行くと、エレノアさんは額に冷却シート(魔法製)を貼り、ぐったりとベッドに横たわっていた。いつもの余裕綽々な姿からは想像もできない、弱々しい姿だ。
「ありがとうございます……。お店、大丈夫かしら……?」
「は、はい! なんとか……!」(なってないけど!)
俺は、彼女を安心させようと笑顔を作る。……引きつっていただろうが。
(……なんか、こうしていると、普通に病人を看病してるみたいだな……相手は伝説の魔女だけど)
俺は、ふとそんなことを思った。思考が読まれているかもしれない、という心配も、今はどこかへ飛んでいた。ただ、目の前の人が早く良くなってほしい、という気持ちだけがあった。
「……カイトさん」
「はい?」
「あなたの……その、真っ直ぐな心配り……嬉しいですわ……」
エレノアさんが、熱で潤んだ瞳で、そう言って微かに微笑んだ。
……ズキュン!
(……や、やばい……今の、反則では……!?)
俺の心臓が、大きく跳ねた。病人の色気、恐るべし……!
「か、カイトー! ちょっと来てー! なんか変な色の煙が出てきたー!」
リビングからリリアの悲鳴が聞こえ、俺は慌てて現実に引き戻される。
伝説の魔女様の看病と、ドタバタ店番。
俺の異世界ライフは、相変わらず予測不能で、胃が痛くて、だけど……。
(……まあ、悪くない、かもな)
エレノアさんの、いつもと違う弱々しい(そして破壊力抜群の)笑顔を思い出しながら、俺はちょっぴりそう思うのだった。




