第13話 迷惑なお客様と、以心伝心(一方通行?)
エレノアさん直々の魔法訓練(という名の思考読まれ体験)を経て、俺は『光球』と『障壁』という、二つの基礎魔法を習得した。
まあ、威力は推して知るべし、だ。光球は豆電球レベルだし、障壁は……頑張っても、リリアのデコピン一発で砕け散る自信がある。だが、それでもゼロよりはマシだ! ……たぶん。
そして何より、俺は「諦めの境地」を手に入れた。エレノアさんやリリアの前で、いちいち思考を隠そうとするのはやめたのだ。その結果……不思議なことに、以前より少しだけ、コミュニケーションが円滑になった気がする。いや、円滑というか、俺が内心で思ったことに、二人が(主にエレノアさんが)絶妙なタイミングで反応してくる、という奇妙な連携(?)が生まれているというか……。
そんなある日の午後。俺とリリアは、エレノアさんのお店の店番を手伝っていた。エレノアさん自身は、奥の工房でなにやら難しい魔法薬の調合に取り組んでいるらしい。
カランコロン、とドアベルが鳴り、一人の男性客が入ってきた。恰幅がよく、派手な装飾のついた服を着ている。いかにも「俺は金持ちだぞ」オーラを放つ、ちょっとイヤミな感じの男だ。
「おい、主はいるか!」
男は、尊大な態度で店内を見回す。
「いらっしゃいませ。店主はただいま取り込み中ですが、ご用件でしたら私が……」
俺がカウンターから応じると、男は俺を値踏みするようにジロリと見た。
「ふん、小僧か。まあいい。先日、ここに入荷したという『グリフォンの涙』を出してもらおうか。代金は……これでどうだ?」
男は、カウンターに金貨数枚を投げ置いた。だが、その額は、希少な魔法素材である『グリフォンの涙』の相場には、明らかに足りていない。
「申し訳ありませんが、お客様。そちらの品は、現在取り扱っておりません。それに、仮にあったとしても、そのお値段では……」
俺が丁寧に断ると、男はカッと目を見開いた。
「なんだと!? この俺を誰だと思っている! ちょっと名の知れた商家の主だぞ! 少し勉強しろと言っているんだ!」
男は、カウンターをドン!と叩き、声を荒らげた。
(うわー……めんどくさい客が来たな……。こういう手合い、エレノアさん、どうやってあしらってるんだろ……?)
俺が内心でげんなりしていると、店の奥から、ひょっこりリリアが顔を出した。
「なんか騒がしいけど、どうしたの……って、うわ、感じわるー」
リリアは、男を見てあからさまに顔をしかめる。
(こらリリア! 声に出てる!)
「なんだ小娘! 今、この小僧と大事な話をしているのだ!」
男がリリアに矛先を向ける。まずい。リリアは短気だ。特に、こういう偉そうな手合いには容赦がない。
(ヤバい、リリアがキレる……! なんとか止めないと!)
俺が二人の間に割って入ろうとした、その時。
「あらあら、お客様。少々お待ちくださいませ」
凛とした声と共に、店の奥からエレノアさん本人が現れた。その登場の仕方、あまりにも完璧なタイミング。……もしかして、俺の心の悲鳴、聞こえてました?
「おお、店主か! 話が早い! さあ、『グリフォンの涙』を……」
男が、エレノアさんの美貌に一瞬目を奪われつつも、すぐに要求を再開する。
「申し訳ありませんが、お客様。先ほど、うちの者が申し上げた通り、現在その品は扱っておりませんの」
エレノアさんは、にこりともせずに、しかし丁寧な口調で答える。
「な、なんだと!? では、いつ入荷するのだ! 予約はできるのか!?」
「さあ、それはわたくしにも分かりかねますわ。縁があれば、いつか」
「ふざけるな! この俺を待たせると言うのか!?」
男の語気が強くなる。リリアの拳が、わなわなと震え始めた。俺は、とっさにリリアの前に立ち、男との間に壁を作る。……物理的な壁、そして、覚えたてのヘナチョコ『障壁』も、意識下に展開する!(気休め!)
(うっとうしい客だな……。エレノアさん、こんな奴、魔法で一発で黙らせられるだろうに、なんで丁寧に相手してるんだ……?)
俺がそんな不謹慎なことを考えていると、エレノアさんがチラリと俺に視線を向け、その瞳で「まあ、見ていなさいな」と語りかけてきた……ような気がした。気のせい? いや、たぶん気のせいじゃない!
「お客様」
エレノアさんの声のトーンが、わずかに低くなる。
「わたくしどもの店は、品物と、それに見合う対価、そして何より『縁』を大切にしております。残念ながら、お客様と『グリフォンの涙』の間には、今は縁がなかった……それだけのことですわ」
その言葉には、有無を言わせぬ静かな圧力がこもっていた。男は、エレノアさんの迫力に気圧されたのか、一瞬言葉を失う。
「……もし、他にご入用なものがなければ、本日はお引き取りいただけますでしょうか? わたくしどもも、少々立て込んでおりますので」
それは、非常に丁寧な退去勧告だった。
男は、顔を真っ赤にして何か言い返そうとしたが、エレノアさんの静かな(しかし絶対零度の)視線に射すくめられ、結局「お、覚えていろ!」という捨て台詞を残して、足早に店を出て行った。
カランコロン……。ドアベルの音が、やけに大きく響く。
「……ちぇっ、行っちゃった。一発殴りたかったのに」
リリアが、残念そうに拳を握りしめている。
「こら、リリア」
俺は、ホッと胸をなでおろす。
「……カイトさん」
エレノアさんが、俺に向き直る。
「先ほどは、わたくしたちの前に立ってくださって……ありがとうございます。あの『障壁』、か細いながらも、あなたの意志の強さを感じましたわ」
「えっ!? あ、いえ、その、気休めみたいなものですけど……」
まさか、あのヘナチョコバリアに気づかれていたとは……! しかも、意志の強さ? いや、ただのパニックだ!
「ふふ、それでも、嬉しかったですわよ。ねえ、リリア?」
「え? あ、うん! カイト、ちょっと見直した!」
リリアも、素直に頷く。
(……なんか、思考が読まれてる(かもしれない)って状況にも、ちょっと慣れてきた、かも……?)
エレノアさんには相変わらずからかわれるし、リリアは暴走気味だけど、それでも、こういう瞬間があると、なんだか不思議な連帯感のようなものを感じる。
諦めの境地も、悪いことばかりじゃない……のかもしれない。
「さ、気を取り直して、お茶にしましょうか。カイトさん、リリアも、お疲れ様」
エレノアさんが、いつもの穏やかな笑顔で、店の奥へと俺たちを促す。
今日の胃痛は、いつもより少しだけ、マシかもしれない。
俺は、そんなことを思いながら、二人の後に続くのだった。




