第11話 慣れとは恐ろしきもの(心の壁崩壊編)
あの「思考だだ漏れ? もうどうにでもなーれ!」宣言から数日。
俺、カイトは、ある種の悟りを開いていた。……かもしれない。
いや、正確には「諦めの境地」に至った、というべきか。
もう、エレノアさんやリリアの前で、いちいち自分の思考を検閲するのはやめた。無駄だ! どうせこの二人には、俺の考えていることなんて、まるっとお見通し……とまではいかなくても、雰囲気でバレているのだ。ならば、抗うだけエネルギーの無駄遣いである。
その結果、どうなったか。
例えば、訓練場でリリアが新しい剣技を披露した時。
(お、今の動き、キレがあったな。ちゃんと練習してるんだな……)
そう思った瞬間、リリアがチラッとこっちを見て、顔を赤らめながら「べ、別に、これくらい普通だし!」と、いつもより若干トーンダウンしたツンデレ(?)を発動する。……うん、やっぱりバレてるっぽい。
またある時は、エレノアさんが古代魔法陣の解説をしてくれた時。
(へぇー、なるほど、そういう理論だったのか。エレノアさんの説明、分かりやすいな……)
そう感じ入っていると、エレノアさんがふわりと微笑んで、「カイトさんの理解が早いようで、わたくしも嬉しいですわ」と、まるで俺の思考を読んだかのようなタイミングで言う。……確定だ。バレてる。
だが、不思議と以前のようなパニックにはならなかった。むしろ、「ああ、やっぱりね」という妙な納得感と、一周回って清々しさすら感じる始末。慣れとは、かくも恐ろしきものである。
そんなある日、俺の使っていた胸当て(ギルド支給の安物)がいよいよ限界を迎えたため、三人で街の武具店へ新しいものを探しに行くことになった。
「うわー! いっぱいあるなー!」
店内に並ぶ様々な鎧や武器を見て、リリアが目を輝かせる。
「カイト、これ見て! 黒曜石のプレートアーマー! めっちゃ強そうじゃない!?」
リリアが指差したのは、禍々しいトゲがいくつも付いた、見るからに重そうな黒い鎧。
(うげっ……強そうだけど、動きにくそうだし、トゲが自分に刺さりそうだ……)
俺が内心で引いていると、
「まあ、リリア。見た目も大事ですが、実用性も考えませんと。……カイトさん、こちらなどいかがかしら? 『風読みの革鎧』。軽量で動きやすく、魔法による防御付与もされていますわ」
エレノアさんが、しなやかな革で作られた、シンプルなデザインの鎧を勧めてくる。見た目は地味だが、確かに良さそうだ。
(お、こっちは軽そうでいいな。デザインも悪くないし……でも、革鎧か。防御力、大丈夫かな……)
「ふふ、防御力ならご心配なく。わたくしが更に強化魔法をかけて差し上げますわ」
エレノアさんが、またしても俺の思考を読んだかのように微笑む。……もう驚かないぞ。
「えー、でも母さん、そっちの鎧、なんか地味じゃない? やっぱり男の子は、黒くてゴツいのがカッコいいって!」
リリアが、まだ黒曜石アーマーを推してくる。
(いや、リリアのセンスはちょっと……でも、まあ、俺のことを思って選んでくれてるのは……ありがたい、かな……?)
すると、リリアが「えへへ」と少し照れたように笑った。……思考、拾われた!
結局、俺はいくつかの鎧を試着してみることになった。
リリアおすすめの黒曜石アーマーは、予想通り重くて動きにくかった。(内心:だと思った!)
エレノアさんおすすめの革鎧は、軽くて体にフィットする。動きやすいのはいいが、体のラインが出るのが少し恥ずかしい。(内心:うわ、これ、なんかスースーする!)
「あらあら、カイトさん、そちらの革鎧、とてもお似合いですわよ? スタイルが良く見えますし」
エレノアさんが、楽しそうに言う。
「そ、そうですか……?」
(スタイルって……なんか、エレノアさんに言われると、妙にドキドキするな……! いかんいかん!)
「……母さんばっかりずるい! こっちのミスリルチェインも試してみてよ、カイト!」
リリアが、別の鎧を持ってきて俺に押し付ける。
そんなこんなで、試着室(のようなカーテンで仕切られたスペース)を出たり入ったり。そのたびに、母娘からの遠慮のない(そして俺の内心を的確に突いてくる)コメントが飛んでくる。
もう、羞恥心とか、そういう次元の話ではない。一種の公開処刑に近い。だが、俺は耐える。なぜなら、諦めたから!
最終的に、俺はエレノアさんが最初に勧めてくれた『風読みの革鎧』に、リリアが「これならカッコよさもプラス!」と見つけてきたミスリル製の肩当てを追加でつける、という折衷案に落ち着いた。予算は……エレノアさんが「わたくしからのプレゼントですわ♪」と言って、なぜか出してくれた。……いいんだろうか。
「うんうん! なかなか似合うじゃん、カイト!」
「ええ、とても。これなら動きやすさと防御力も両立できますわね」
満足そうな母娘。俺は、新しい鎧のフィット感(と、値段分の性能への期待)を感じながら、複雑な心境で頷くしかなかった。
店を出て、夕暮れの道を歩く。
隣にはリリア。少し前にはエレノアさん。いつもの光景だ。
だが、俺の心持ちは、以前とは確実に違っていた。
(心の声、ダダ漏れかもしれないけど……まあ、いっか)
この、ちょっと(いや、かなり)変わった美人母娘との関係が、今の俺の日常なのだ。
諦めたら、なんだか少しだけ、楽になったような気もする。……気がするだけかもしれないが。
「あら、カイトさん。随分とすっきりしたお顔をされていますわね? やはり、新しい鎧がよほどお気に召したのかしら? それとも……諦めたから?」
エレノアさんが、振り返って悪戯っぽく笑う。
……やっぱり、全部お見通しか!
俺は、天を仰いで、もう何度目かわからないため息をつく。
この諦めの境地が、吉と出るか、凶と出るか。
それは、神のみぞ知る、である。




