第1話 女神様は、拾い物にご注意がお好き?
「……どこだ、ここ?」
俺、カイト(享年17、死因:おそらく異世界転生トラック。南無)は、見知らぬ街のど真ん中で途方に暮れていた。
昨日まで、俺の視界を埋め尽くしていたのはモニターの光と積みゲーの山だったはずだ。それがどうだ? 今は石畳の道、行き交う獣耳のねーちゃん、空飛ぶトカゲ(ドラゴン? マジ?)、そして鼻をつく未知のスパイスと……なんだこれ、下水? の匂い! ファンタジー世界の解像度、無駄に高すぎんか?
チート能力? なにそれ美味しいの? 女神様からの手厚いサポート? ごめん、そんな高待遇プランは契約してない。俺に与えられたのは、この妙に動きにくい初期装備(麻の服と棍棒)と、「まあ、頑張ってくれたまえよ、少年?」的な、非常にアバウトな神様(自称・美少女)からの応援(念話)だけだった。ハードモード異世界へようこそ! ってやかましいわ!
「はぁ……とりあえず、今日の寝床と飯代を稼がないと……」
財布の中身は、召喚時にポケットに入っていた500円玉が異世界通貨(銅貨5枚)に奇跡のコンバートを遂げたものだけ。これじゃ宿代にもならん。
俺はトボトボと、一番活気がありそうな市場へと足を向けた。活気があれば、日雇いの仕事くらいあるかもしれない。淡い期待を胸に……。
市場は、まさにカオスだった。
「獲れたてゴブリンの干物だよー!」「呪い解除ポーション、今ならおまけ付き!」「エルフ印の美白クリーム、試してみないかい、お兄さん?」
……いや、美白は間に合ってますんで。
そんな喧騒の中、俺の目はある一点に釘付けになった。
人混みから少し離れた、高級そうな魔法具店の軒先。そこに、とんでもないオーラを放つ女性が立ち往生していたのだ。
(うおっ……!?)
歳の頃は……20代後半? いや、もっと上か? でも、肌は信じられないくらいピチピチで、陽光を浴びてキラキラ輝く長い金髪は、まるで溶かした金のよう。
そして何より……その、なんだ、こう……神々しさを感じるレベルの豊満な……うん、まあ、アレだ。男なら見てしまうだろう、不可抗力だ。服装も、いかにも高位の魔術師か貴族といった感じの上品かつ、その……体のラインを美しく見せるデザイン。正直、目のやり場に困る。
だがしかし! そんな完璧超人ビューティーが、なぜか顔を真っ赤にして、地面の一点を凝視しながらワナワナと震えているのだ。
「ど、どうしましょう……あんなものを、衆人環視の中で……!」
小声で呟いているが、俺の席(立ち見)までしっかり聞こえている。視線の先には……あー……なんか、刺繍の入ったシルクっぽい小袋が落ちている。中身が少しだけ見えていて……なんだあれ? 『竜の情熱の根』? 『妖精の吐息の粉』? ……え、ナニソレ怖い。どう考えてもヤバいブツです、本当にありがとうございました。
彼女は、しゃがんで拾おうとするのだが、人通りが多くてタイミングが掴めない。かといって、魔法でサッと回収しようにも、下手に魔力を使えば余計に注目を集めてしまうのだろう。その絶世の美貌と裏腹な、あたふたとした様子が……正直、ちょっと可愛いと思ってしまった俺は悪くないはずだ。
さあ、どうする、俺?
見て見ぬふりか? いや、でも困ってる美女は助けるのがお約束だろう、異世界モノの!
……よし!(死亡フラグ建築の音)
俺は意を決すると、わざとらしく近くにあった露店のガラクタ(ゴブリン製の怪しい壺、一個銅貨一枚)の山にドーン!とぶつかった。
ガラガラガッシャーン!!
「うわっ! なにすんだ、にいちゃん!」
「あー! 俺の秘蔵コレクションが!」
一瞬、市場の注目が俺と崩れた壺の山に集まる。よし、今だ!
俺はその隙に、光の速さ(当社比)で件の小袋をサッと拾い上げ、何食わぬ顔で彼女の前にスッと差し出した。
「あの……落とされましたよ」
「え……あ……!」
彼女は鳩が豆鉄砲を食らったような顔で俺を見つめ、次いで小袋に視線を落とし、そして……ふわり、と花が咲くように微笑んだ。
(……破壊力、高すぎんか、この笑顔)
「まあ……! ありがとうございます、見知らぬ旅の方。本当に、助かりましたわ……うふふ」
彼女は優雅な仕草で小袋を受け取ると、俺の顔をじっと見つめてきた。なんだろう、値踏みされているような……いや、もっと温かいような、不思議な視線。
「あなた……面白い方ですわね。もしよろしければ、お名前を伺っても?」
「あ、俺はカイト、です。こっちに来たばかりで……」
「カイトさん。ふふ、素敵な響き。わたくしはエレノア、と申します」
エレノアさん、か。名前まで美しい。
「このご恩は、いつか必ず。……ええ、きっとすぐに。それでは、カイトさん」
彼女はそう言うと、名残惜しそうに(そう見えたのは俺の願望か?)もう一度微笑みかけ、
「またお会いできると嬉しいですわ」
と、香水のような甘い香りを残して、人混みの中へと優雅に消えていった。
「…………」
嵐のような一瞬。
俺はしばらく呆然とその場に立ち尽くしていた。手には、なぜか彼女が落とした小袋からこぼれたらしい、キラキラ光る粉が少しだけ付着している。……これ、大丈夫なやつか?
(……まあ、いっか)
とりあえず、だ。
日雇いの仕事を探さないと。
それにしても……あの人、一体何者だったんだろう。
その時の俺は、まだ知らない。
この小さな「拾い物」が、俺の異世界ライフを、予想の斜め上を行くドキドキ(と冷や汗)まみれの方向へと導いていくことになるなんて。
もちろん、あのエレノアさんと「すぐに」再会することになるなんて、夢にも思っていなかったのである。
……いやホント、女神様のご都合主義、仕事早すぎだって!